scene6.5
「いや、悪い。つか、じゃなくて。治ってないってどういう……」
詳しく聞きたい気持ちを抑えこみ、勇太はかおるの言葉を待った。
かおるは「んー」と唸ったあと、
「いやー。演技イップスが治ったことを証明するために、マネージャーの前で演技してみたんだけどさ、なんていうか……その」
かおるは言い淀んでいたが、しばらくすると観念したかのように口を開いた。
「やっぱり時々セリフで詰まるっているか、身体が強張るっていうか。もちろん、勇太に会ったときよりかは全然いい状態なんだけどね。でも、やっぱまだ完全に治ってるわけじゃないみたい」
「……そりゃ、なんだ。残念だな」
勇太はギュッとハンドルを握り、ブレーキをかける。減速した自転車でカーブを曲がってゆく。それにともない、遠心力で首からぶら下げたカメラが揺れた。
「……ところでかおる。おかげであの映画予告コンテスト、佳作が取れたぞ」
「おお、凄いじゃん。頑張ったね」
「んで、カメラを手にすることもできた」
「へぇ。よかったね。あ、今度さ私の写真を――」
「それでだ……」
急に話を遮ったのを不思議がったのか、かおるは顔を覗き込んでくる。勇太はキュッと唇を引き結び、肩越しにかおるを見た。
「新しいカメラの練習をしたい。だからかおる、モデルやってくれねぇか。もちろん礼はする。演技イップスが完全に治るまで、今回みたいな映像作品を撮ってやるよ」
「……へぇ、いいね。でもさ、モデルなら誰でもよくない? 私じゃなくてもさ」
「……てめぇ、そこまでして言わせたいのかよ」
試すように笑うかおるに、勇太は首を横に振った。
「俺は朝霧薫って女優に心底惚れ込んでる。だから、お前じゃなきゃダメだ」
そう言ってから、自分の顔が熱くなるのを感じた。だが、かおるからの返事がない。おかしなことでも言ったのだろうかとかおるを見てみれば、かおるは顔を真っ赤にして俯いている。
……どうにも、予想以上の反撃にあって自滅してしまったらしい。
いい気味だ。てか、そうでもなってくれないと、こっちが恥ずかしさで死んでしまいそうだ。しかしこのまま終わってくれればよかったものの、かおるは「はい」と小さく呟き、
「お願いします」
と頭を下げる。いや、だからもうやめてくれ。
そんな考えを振り切りように、平たんな道に差し掛かった瞬間、ペダルを強く漕いだ。
遠く浮かぶ陽炎に、天高く沸き起こる入道雲。セミの大合唱に、夏草の香り。いよいよ夏休みがやってくる。
そうだ、この夏は写真を撮りに行こう。
海でいいし、観光地でもいいし、山でも……いや、山の中に住んでるしそれは却下。とにかく写真を撮って、どんどんコンテストに応募しよう。
それから進路についても本格的に考えよう。ちょっと遅いかもしれないけど、オープンキャンパスに行くのもいい。写真を本格的に学ぶなら美大か、それとも芸大か。あるいは専門学校か。なんにせよ、やりたいことは見つかった。
勇太は力強くペダルを漕ぐ。
愚かだろうか。彼女と出会って、影響されて、憧れて、その夢の続きを見たくて、彼女の夢の中に飛び込もうとするのは。
ペダルを漕ぐ。
無様だろうか。挫折したとき、心折れたとき、夢破れたとき。そのとき自分を受け入れられるだろうか。
ペダルを漕ぐ。
誓えるだろうか。情熱を注ぎ、信念を持ち、それが自分の存在意義なのだと胸を張って言えるようになるだろうか。鏡川勇太はこの道で生きていくのだと言えるだろうか。
「ま、やってやるさ」
ふと顔を上げてみれば、一本の飛行機雲が空に描かれていた。いつだかおると見た、あの流れ星を思い出す。
どうか祝福を。夢を追う彼女に。
どうか賞賛を。夢の中で生きる彼女に。
そうしてどうか……。
どうか乾杯を。夢見る愚か者に。
了
夢見る愚か者に乾杯を @Yamaki_Tsukumo
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