scene6.4

 駐輪場の外へ出ると、照り付ける太陽が肌を焦がし、生ぬるい風が頬を撫でてゆく。

 首からぶら下げたカメラが、自転車を漕ぐたびにフラフラと揺れた。

 ……さて。このカメラでどんな写真を撮ろう。練習のために被写体を探したいが、いままで散々下校路で写真を撮りすぎて、目新しい被写体なんてない。それに、ずっと欲しかったカメラだ。最初に撮る写真はなんとなく特別なものがいい。そう、例えば……女の子が棚田を見下ろしているような構図で、その女の子はとても可愛らしくて、つい見惚れてしまうような美しい眼をしていて……

「……アホか」

 ふと頭をよぎった女の子の顔を、振り払うように首を振った。いったい、いつまで引きずっているつもりなのだろう。とっとと思い出にしてしまうべきだ。

「まあ。なんだかんだ言って楽しかった…………あ?」

 と、勇太が視線を前に向けると、人影を見つけた。

 こちらに背を向けて道路ぼ端に立ち、階段のように連なる棚田を眺めていた。

 麦わら帽子に、白のワンピース。裾から覗く足は、美しい脚線美を描いている。くしゃ毛の黒い髪を肩まで伸ばした女の子だ。

 勇太が自転車から降りると、首からぶら下げたカメラに手が伸びた。そのすべての動きが無意識だった。それくらい、彼女の後姿は絵になっていた。

 シャッターを半押しすれば、ピピッと音が鳴って自動的にフォーカスが合う。そしてシャッターを押そうとしたとき、彼女は振り返った。

 その瞬間、見惚れてしまった。ファインダー越しに映る彼女から眼が離せなかった。ずっと眺めていたくなる。そんな神秘的な輝きを彼女はその眼に宿していた。

 ――カシャ。シャッターが切られ、勇太はカメラを下げた。

「ねぇ……勇太は好き?」

 その人懐っこい声を聴いて、思わず笑みが零れてしまった。彼女もまた、悪戯っぽい笑みを返してくる。

「ああ、好きなんだよ。写真撮るの」

「そっか。……えーっと。その……じ、実は……」

 彼女は照れ隠しのように笑っていたが、恥ずかしそうに勇太を見上げた。

「で、なんでこんなとこにいるんだよ……かおる」

 切り出しにくそうにしていた彼女の名前を勇太は呼んだ。すると、かおるは小さく肩を落とし「ねぇ、聞いてよ」と唇を尖らせる。

「なんかね、事務所と復帰の相談してみたんだけど、いま直ぐには無理っぽいの」

「ほう」

「それに、転校の手続きとか考えると、やっぱ時間がかかるらしいの」

「だろうな」

「でさ、早くても来年くらいなんだって。復帰も転校も」

「それで、仕方なく帰ってきたってわけか」

「そうなの。で、バスで帰ってきたのはいいけど……」

 かおるは視線を地面に落とす。勇太が視線を辿ると、そこには小さなトランクケースが置かれていた。

「家までの足もないし、荷物を運ぶの疲れたしここで休憩ってか。んで、ついでに道に迷ってたんだろ。どうせ」

「そう。私、迷子なの。だからさ……」

「……いいよ。なら、乗せてやる」

 勇太は首を動かし、自転車の荷台を示した。

「今回は見捨てないんだ」

「そこまで鬼じゃねぇ。ちゃんとつかまってろ」

 トランク片手に荷台に乗ったかおるに注意を払いつつ、勇太はペダルを漕ぎだした。だが、ここから先は道は下り坂。放っておいても自転車は前に進んでゆく。

 腰のあたりにかおるの手が巻き付き、抱き着かれるような態勢。背中に感じる柔らかな感触に心臓の鼓動が早くなると言いたいが、どうにも暑苦しくて、夏場の自転車二人乗りは不快感のほうが強い。

 そんなことを勇太が考えていると、何気ない口調でかおるが口走った。

「あ、そういえば。演技イップス、治ってないみたい」

「はぁ?!」

 グラッと自転車が傾き、バランスを崩しかけた。どうにか持ち直し振り返ってみれば、かおるは顔を青くしいていた。

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