夜の街を駆ける 後編

 私の人生の歯車が狂ってしまったのはきっと、あの日からだった。

 私は当時、仲の良かった何人かの連れとよく遊んでいた。連れの一人、鷹斗たかとのことが今思えば好きになっていたのだ。


 高校3年生の文化祭で、クラスで女装喫茶をやった。私は色白で女顔だったから女子達にメイクをさせられて、結構いい線いっていた。私はみんなから褒められるのが嬉しかった。今まで特質すべき点がなく平凡、ちょっと顔は整っているけど、それはかっこいいではなくかわいいの方だった。私はその日からかわいいに取りかれた。

 ネットで調べて女装の仕方、服に化粧、全然知らない知識ばかりだったけど自分がおしゃれに、かわいくなっていくのはとても楽しかった。

 最初の頃は隠れて自室でだけだったけど、次第にエスカレートしていった。夜中や休日に出かけるようになった。ツイッターでも裏垢で載せたりして、みんながもっと多くの人が褒めてくれるのが嬉しくなっていった。

 そうして私は舞い上がっていった。思いあがっていったんだ。

 ある日、学校終わりに女装をして、鷹斗たかとに告白をしてしまった。最初は私が女装して貴人の前に現れ、驚いていた。好きだという気持ちを伝えると、鷹斗たかとは面食らった顔になり何も言わなかったが、少ししてからぼそりと言った。


「は? キモいんだけど」


 返ってきた言葉は私の中で何日も響き続けた。次の日にはクラスの何人かが知っていて噂になった。みんなが白い目で私を見た。誰もが私を否定した。それからはもう誰も信じられなくなった。女装することも辞めようと思った。それでも唯一、私が褒められた場所を捨てることはできなかった。女装することだけが、かわいくなることだけが救いになった。

 そうして私は大学に行く時以外は女装をするようになった。今では普通の女性と見分けはつかない程になった。



「陽貴!」


 父が私の部屋の前で、私の名前を呼んだ。


「なんだよ!」


 ベットに横たわったまま大声で言い返す。


「親に向かって“なんだよ”じゃない! もう口で言うだけでは辞めないならお前の持ち物は全部捨てるぞ」


 そう言うと、扉を開けてずかずかと入ってきた。今まで散々怒鳴られてきたけど、受け流すだけで済んでいた。遂に実力行使に及んだようだ。

 父は床に積んである女性ものの服、机の上の化粧品を持ってきたゴミ袋に片っ端から入れ始めた。私は止めることもできずにそれをただジッと見つめた。

 父が私のモノをゴミ袋に詰め込むのを尻目に私はふらふらと自室から出た。そして、玄関でスニーカーをつっかけて外へと出た。


 私はゆっくりと走り出した。つっかけたスニーカーがパタパタする。今にも脱げてしまいそうだけど気にしなかった。次第に早くなる呼吸、口から吐く息は白い。上着を着ずに出たから深夜の寒さが身を刺す。真夜中の住宅街は誰もいない。街灯だけがぽつぽつと寂し気に立っている。

 私は夜の街を駆けた。


 気付くと昼間いた公園の前にいた。家から歩いて20分もある公園だ。公園には誰もいない。

 昼間座っていたベンチに座る。今頃私の部屋のモノはどうなっているだろうか。遂にずっと後回しにしていた選択を迫られた。女装をやめなければならないのか。私はこれまで“女装”という一点を除けば従順に親に従ってきた。大学だって国立に入った。それでも女装をしているというだけで私は周りから、家族から白い目で見られてきた。理解されなくてもいい、ただほっといてほしかった。男として、息子として私を縛るのをやめてほしかった。それを今日までずっと言えずに、遂に言えなかったツケが回ってきたのだ。


「ううっ……」


 私は寒空の下、ベンチに座ったままうずくまり、呻いた。もうあの家に私の居場所はないのだろうか。

 近くでか細い声がした。耳を澄ますと


「ニャー……」


 ネコの鳴き声が聞こえた。辺りを見回すと私の足元に小さな子供の三毛猫が擦り寄ってきた。

 私はネコを抱き上げた。暖かい。かじかんだ私の手がネコに触れた。


「お前も家がないのか? 私と同じだな」


 子猫を膝に乗せ、撫でてやった。



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夜の街を駆ける 午後のミズ @yuki_white

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