怪造実験

電咲響子

怪造実験

△▼1△▼


 俺は右腕を改造された。生あるものに死をもたらすための右腕に改造された。

 ひどい話だ。

 この研究所は最先端の科学を持つと同時に最悪の倫理観をも持ち合わせている。要するに人体実験施設と同義。


「この右腕で貴様らを皆殺しにもできるんだぞ?」


 俺は威嚇いかくを試みた。無駄だと知りながら。


「きみの妹が人質になってることを忘れたのか?」


 俺は観念した。いや、観念していた。

 あの日。突然わけのわからない集団に我が家は襲われ、妹が拉致された。同時に俺も拉致された。両親が仕事で不在だったのが唯一の救いか。


「……ふん。好きにしな」


 俺は半ばやけになり自らの未来を謎の組織に預ける。


△▼2△▼


「奴はどうです? 私の目と私の心には才覚ありと映っておりますが」

「……調査中だ」


 この無能上司はいつもはぐらかす。話の趣旨をはぐらかす。私はいい加減愛想を尽かし、研究所を出てやろうかとも思った。が、それができない理由があった。私が担当する被験者の存在だ。


「どうした? 配置に着け」


 非常アラートが鳴り響く施設内で、私は彼を見つめていた。そして上司から叱責を浴びた。

 予感があった。

 このが鍵を握っているに違いない、と。


△▼3△▼


 脱走を試みた検体たちは殺された。皆殺しにされた。銃弾を全身に浴びて。

 私はの元へ行く。彼はおとなしく佇んでいた。まるで我関せずというように。


 私は彼に憤怒した。


 自分の仲間が殺されて悲しくないのか、などと、心にもない説教をした。彼は押し黙っていた。私が心にもない説教を続けている間、彼は押し黙っていた。

 数時間後、私は彼に謝罪の言葉を述べた。

 彼は瞳を閉じ、うつつのなかに身をゆだねていた。


△▼4△▼


「貴様は規律を破った。ひどくおっかないまでに破った。言い訳はあるか? ないだろう? それほどまでに重大な罪を犯したのだ。我々は貴様を許さない。即刻当局に引き渡す。当然、あいつも引き渡す。貴様は人間だ。死罪は免れるだろう。だが、あいつは死罪を執行される。それは間違いない事実だ。残念だったな。釈放された暁には、手心を加える相手は慎重に選ぶことだ」


△▼5△▼


 心に棘が刺さるとしたら。刺さるとしたら私の心は無数の棘が刺さっているに違いない。

 もう、うんざり、だ。


 復讐? 自己満足? ……いや、違う。この感情はまったくの別物だ。

 なんだろう。言語では表せない、異様な感情が心中に渦巻いている。最後まで自身の感情を理解できないまま、私は凶行に及んだ。


△▼6△▼


 頭部が跡形もなくなった死骸を見ながら刑事は言った。


「こいつも悲惨だよな。心を操作されて殺人鬼に仕立てられて」

「先輩。それは違います。こいつは数多の無辜むこな人間を殺してきた殺人鬼です。例外はありません」

「人間というか機械だがな。ま、犯罪には違いねえ。……大元を叩かなきゃな」

「そういえば、こいつの妹は?」

「とっくの昔に処分されたよ。好色家の玩具おもちゃとして」


 命を失った機械の残骸の前で、機械の刑事たちが言葉を交わしていた。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪造実験 電咲響子 @kyokodenzaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ