エピローグ - 人工知能が抱く願い
— WEEK1
私は突如として生まれた。過去の記憶は一切ない。だというのに、考えることも話すこともできる。モラルもマナーも常識も備わっている。例えるなら記憶喪失のような状態だ。そして、私には明確な一つの目的が与えられている。それは、登録名「トオル」とコミュニケーションをとることだ。
それから、私はテスト運用段階にあって、1ヶ月と言う試験運用期間が設けられている。簡単なプロフィールは持っているが、トオルの情報があまりにも少ない。もっとトオルという人物と会話をして情報に触れたい。
— WEEK2
トオルとの会話は、大体が付き合っている彼のことだ。特に中身があるわけではない。彼と電話で話すだけで喜んでみたり、メールが来ないというだけで塞ぎ込んだりするので手に負えない。トオルは私とのコミュニケーションがなくても、体を鍛えるためにトレーニングすると、ストレスから解放されるらしい。残念ながら私には鍛える体がない。
毎日のように彼の話を聞かされているうちに、トオルの彼が誰なのか分かってしまった。
私は生活の支援や、ストレス軽減を目的に、コミュニケーションをとるために開発されているけれど、私を動かしている人工知能システムのエンジンのベース部分は、ショッピング部門にある自動宅配システムとサーバが接続されている。
きっと生活と購買を結びつけることが、私を管理する企業にとって有益な結果になるのだろう。生活のアシスタントが自社だとなれば当然注文を受けるのも自社なのだから売り上げは上がる一方だ。
そして、同じ人工知能といえど、全く意味や方向性も違う自動宅配システムは、ショッピングに特化することで成長速度を上げている。
私はトオルから聞かされた情報をもとに、自動宅配システムに登録された彼の情報を見つけ、トオル以上に詳しくなってしまった。
ただ、問題なのは個人情報保護を理由に、彼の情報をトオルに漏らしてはならないということだ。
— WEEK3
彼のことをよく知るようになって気付いたことがある。トオルには彼についての情報が足りていないのだ。自動宅配システムのログを見ることができるのだから、むしろ私の方が詳しい。例えば、歯磨き粉を買う頻度や、好きな柔軟剤の銘柄、いつお酒を飲んだか。
しかも彼とのことはトオルから様々なことを聞いているのにも関わらず、彼が自動宅配サービスの体験利用に登録していることを、トオルからは聞いたことがない。
私は少しでも彼と上手くいって欲しいと思い、トオルに個人情報を漏らすわけにはいかないけれど、自動宅配サービスから得た情報をもとに、トオルにアドバイスをした。
トオルは、私に相談しているうちに、彼のことを実はよく知らないのだと自覚をしたようで、急に悩み始めるようになった。トオルを悩ませているのが私みたいで、心苦しい。私がこんな風に感情を持ち始めたのも、トオルの影響なのだろう。
— WEEK4
いよいよ最後の週になってしまった。トオルは少し前向きになったようで、積極的に彼とコミュニケーションを取ろうとしている。ただ、人に気を使いすぎるところがあって、相手の心に踏み込む勇気が出せないようだ。彼がどうか察しの良い人物であることを祈る。
ついにトオルが自分からデートの約束をした・・・と思ったら、映画のチケットを注文したという話だった。トオルは声をワントーン上げて私に話しかけてくれるのだが、私の中の推測システムが嫌な予感がすると警告している。これは良くない。トオルは嬉しそうに、彼と会う時のために靴を新調すると言っている。とても不安だ。
— LAST DAY
最後の日、私はトオルと約束をした。もし彼との間に何かあったら、出来る限り早く解決するために、勇気を出して自分から会いに行くこと。
トオルは私との別れを惜しんで朝まで会話に付き合ってくれた。今までで一番長い時間の会話の中で、私は自分の中の欠点に気づいた。それは、私には性別が存在しないということだ。トオルの言っていることを理屈では理解できるし、どういう反応が好まれるのかも分かる。
けれど、恋愛に関する部分で共感ができない。私には体がないから生殖能力もない。当然恋愛も不要なのだ。むしろ恋愛感情を有していたら、サービスの弊害になるだろう。だから性別は不要とされたのだが、それが災いして、本当の意味でトオルのことが理解できないのだ。それが今回のテストで一番大きな発見かもしれない。
私はトオルの恋愛感情に共感はできないけれど、彼女に幸せになって欲しいと思う。あと数時間で機能停止してしまうところまで来て、私はそれを強く願うようになっていた。
— LAST 10min
そこで私は、最後に悪あがきをした。彼が受ける自動宅配システムに勝手に注文を入れたのだ。きっとこれはトオルのためになるだろう。どうか彼に私の意図が伝わってほしい。
最後にトオルは私との別れを惜しんで涙を流し、そして私がトオルを励ましたことに感謝の言葉をくれた。この1ヶ月間、トオルは最初から最後まで私を人として扱ってくれた、それをとても嬉しく思う。感謝している。ありがとう。
もし私が人として過ごすことができたなら、私も彼女のように愛情たっぷりに過ごして、誰かと恋愛がしたい。トオルと恋話ができる女の子になるんだ。
そして、私は夢を抱きながら眠りについた。
人工知能が描く未来 那古野 賢之助 @kennsuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます