第29話 メイド少女と異形の神編

 一撃、二撃、三撃。想像以上によく受ける。こちらの動きがよく見えている証拠だ。


 ならば、これはどうか。


「いぃっ!? あっぶね~!」

「ほう! これも避けますか。素晴らしい」


 抜刀からの手首をしならせての切り返し。

 刹那の内に行われる起動の変化は、相手の視界に別の角度から二振りの刃が襲いかかってくるように映る。


 かの剣豪佐々木小次郎が秘剣、燕返し。


 だが、女はそれを上半身を後ろに大きく反らすことで、紙一重のところで躱してみせた。


 大太刀とチェーンソーがぶつかり合う度、高時の敵への評価は上がっていった。


 攻撃はまだまだ荒削りだが、獣のような身のこなしと直感は目をみはるものがある。


 彼女は磨けばまだまだ伸びる。

 敵として切り捨てるにはあまりにも勿体無い。


「こいつでどうだっ!」


 緩急をつけ、手首の返しなどを織り混ぜながら、縦に横にチェーンソーが振るわれる。


 攻撃のキレが徐々に増してきていた。


(まさか、私の技を見て成長している……?)


 だとすれば、それは千年に一人の逸材だ。


 いつの時代も、英雄と呼ばれた豪傑たちは実戦の中で己を磨いてきた。


 実戦の中で成長し更なる高みへ至るか、はたまた無様に骸を晒すか。

 ここに凡人と英雄を分ける壁があると高時は考える。


(全く、時間が無いのがあまりにも惜しい!)


 この才能は果たしてどこまで伸びるのか。

 その先を見てみたいという欲が自分の中で膨らみ始めている事を自覚し、高時は思わず苦笑する。


「そういえばまだ名を伺っておりませんでしたな」

「ハッ! アタイの名前はくれない。妖怪ハンター出雲紅いずもくれないだっ!」

「その名、しかと胸に刻みましたぞ」

「……っ!!!!」


 高時の纏う空気が変わったのを、紅は肌で感じ取った。


 皮膚が薄く削ぎ落とされていくような、息をするのも辛いほどの剣気。

 僅かにでも気を抜けば、その瞬間に全てが終わると、紅の勘が煩いほどに警鐘を鳴らしている。


「今から見せる技をしっかりとその目に焼き付けておきなさい」


 高時が大太刀を鞘からゆっくりと拳一つ分ほど引き抜き、一息に鞘へと納める。

 濡れたように光る黒い刃は、どこか黒曜石のそれを思い起こさせた。



 刹那、紅は己の首が宙を舞い、手足が細切れになる光景を幻視した。



 カチンッ! と、鞘口と鍔が噛み合う音が響く。

 紅の頬に生暖かい感触がぬるりと伝う。


 それから数秒遅れて、研究所の上半分が斜めに滑り落ち、轟音と共に夜空のような地底の天井の光が二人の頭上で瞬いた。


 一人の武士もののふが千年の研鑽を経てたどり着いた剣の極地。


 その絶技を体験し、紅は力なくその場に膝から崩れ落ちた。

 彼女の心を満たすその感情は、一つの真理を垣間見た感動だった。


「更なる強さを求めるならここを訪ねなさい。メイドとして雇って頂けるよう、私からご主人様へお願いしておきます」


 そう言って、一枚のメモを放心したままの紅に握らせた高時は、どこか満足気な顔でその場を後にした。



 ◇



「くっそ! なんなんだよここは!? 迷路みてぇにグネグネグネグネとよぉ!」


 愛斗はまた迷子になっていた。

 だが、これはなにも彼が方向音痴という訳ではなく、単純に研究所の作りが侵入者対策で最初から迷路のように設計されているからだ。


 職員であればカードキーを使ってショートカットが可能なので困ることは無い。

 だが、カードキーを持たない者の前だけ、この研究所は複雑怪奇な迷路となって牙を剥く。


「だぁぁっ! ムカついてきた! こんな扉ッ!」


 八つ当たりで近くに会った扉に渾身の蹴りをブチかまそうとした、ちょうどそのタイミングで。


「あ?」

「あ」


 扉が横にスライドして、奥から出てきた右耳にピアスをしたモヒカン頭の世紀末風の男の腹に愛斗のヤクザキックが直撃した!


 父親の守護霊が憑依した超人モードの愛斗の蹴りをモロに食らい、後ろの壁まで吹き飛んで泡を吹いて気絶するモヒカン男。

 するとモヒカン男を追いかけてきたのか、草臥れたスーツ姿の中年男が息を切らしながら廊下の角から姿を現す。


「おっさん! 人質助けに行ったんじゃなかったのかよ!」

「ぜぇ……ぜぇ……オエッ、んぐっ、……は、ははは。若者たちの熱に当てられて、自分の身体が、中年オヤジだって事、すっかり忘れていたよ……。しかもコイツ、霊的にもの凄く鈍感な体質みたいで、魔術がちっとも効きやしない」


 泥人間たちは他にもかなりの数がいたはずだが、警備主任の男にゲリラ戦を仕掛けられて全員あっけなくのされてしまったらしい。

 警備員たちの武装が全て非殺傷武器だったのがせめてもの救いである。


「な、なっさけねー……」

「し、仕方ないじゃないか。地の利は向こうにあったんだ。それに我々は多少魔術が使えるだけで、戦闘能力に関しては成り代わった相手の能力に依存しているんだ。しがないサラリーマンのオヤジにハリウッドスターみたいな活躍を期待されても困る」


 ぐうの音も出ない正論だが、もうちょっとこう、どうにかならなかったものか。

 ともあれ、警備主任は倒したのだから良しとするしかない。


 持ち物を漁ると、カードキーはモヒカンの中から見つかった。


「チッ! 変なとこに仕舞いやがってコイツ! ワックスでベタベタじゃねーか!」

「気絶してまで私たちの嫌がる事をしてくるとは、ある意味徹底しているな。だが、これでようやく娘たちを解放できる」


 中年男がモヒカン男の肩を揺すり起こそうとする。


「お、おい。起こしちまっていいのか?」

「彼はすでに影を抜き取られているからね。やむを得ないよ。彼が暴れたら頼む」

「おう、任せとけ」


 モヒカン男が目を覚ます。


「っは!? な、何が起きた!?」

「よお、オッサン。もう一発食らいたくなけりゃ俺たちについてきてもらおうか」


 愛斗がモヒカン男の胸倉を掴み上げて凄むと、状況を即座に理解した男が両手を挙げた。


「クソッ、降参だ降参。あー畜生、腹痛ぇ……。何がロケット砲の直撃にも耐える耐衝撃ボディアーマーだよクソが。全然ペラッペラじゃねーか」

「ハッ! 相手が悪かったな。オラ、とっとと行くぞ」

「チッ、生意気なクソガキだぜ」


 などとぼやいてはいるが、一応抵抗の意志はないらしい。

 不意打ちとは言え、装備を貫通して自分を一撃で気絶させた愛斗の力量を警戒しているようだ。


 モヒカン男を連れてしばらく進むと、廊下の奥に他の扉と比べて明らかに頑丈そうな鋼鉄製の扉があった。


 中年男がカードキーを認証装置にかざすと、パスワードの入力装置がせり出してくる。

 辰巳から聞かされたパスワードを入力すると、第一の扉が開いた。

 指紋認証と虹彩認証も、モヒカン男を使って難なく突破する。


 第二、第三の扉が開き、いよいよ隔離室の中へ。

 白く無機質なガラス張りの小部屋が、通路の両脇に奥に向かってズラリと並んでる。


 だが、中はもぬけの殻だった。

 先程まで誰かがいたような形跡はあるものの、人質たちは全員どこかへ連れ出されてしまったらしい。

 小部屋の内側に入ってみると、ガラスはマジックミラーになっており、外の様子が見えないようになっていることが分かった。


「な、何故誰もいないんだ!? 娘たちをどこへやった!?」


 焦りの感情も顕わに、中年男がモヒカン男に掴みかかる。

 その後ろで拳を鳴らす愛斗を見て小さく舌打ちしたモヒカン男が、渋々といった様子で答えた。


「予定が変わったんだよ。マシン本体と生体部品が使えなくなっちまったから、研究所にいる人間を影で水増しして予備のマシンを起動させるんだとよ。ったく、何がプランBだ。土壇場の緊急策じゃねーかカッコつけやがって」

「なんだって!? さっきの放送はそういう事だったのか!」

「おい急ごうぜ! 早くしねぇとそのなんちゃらマシンが起動しちまうぞ!」


 隔離室の通路をさらに奥へ進むと、さらに地下へ向かうエレベーターがあった。

 モヒカン男のカードキーを使い、三人はさらに地下へと下りていく。

 透明な強化アクリル製のエレベーターから、地下の様子が一望できた。


「な、なんだありゃぁ!?」


 巨大なプールの中に青白く光る球体が浮かんでいる。

 その光は神秘的でありながら、どこか悍ましく冒涜的な気配も孕んでおり、一目でそれがこの世に存在してはいけない物であると愛斗は直感的に理解した。


 ガクンッ! と、突然エレベーターが停止する。


「あーあ、エレベーターがロックされちまった。もうマシンが停止するまでこのエレベーターは動かねぇぞ」

「クソがッ! こうなりゃ俺だけでも!」

「おいバカやめとけ危ねぇぞ!?」


 愛斗の渾身の蹴りがエレベーターの片面をエレベーターシャフトごとぶち破る。

 モヒカン男が止める間もなく、愛斗は三〇メートルの高さから一気に飛び降り、青白く光るプールの中に水柱を立てて落水した。


 プールの水はちょうど人肌くらいの温度だった。

 こんな時だが、不思議と愛斗は幼い日に母親に抱っこされた時の事を思い出した。


 プールの中心に浮かぶ球体へ近づくと、その異様な構造に愛斗は目を見開いた。


 透明な円筒形のカプセルが規則正しく並び、球形を形作っている。

 カプセルの中には球の外側に足を向けるように大勢の人が入っていて、頭に取り付けられたヘルメット状の機械から伸びる大量のコードが、球体の中心部で複雑に絡み合っていた。


 人の尊厳を無視した異形の機械を前に、愛斗の怒りが燃え上がる。

 球体に取り付いた愛斗が拳を何度も叩きつけるが、水が拳の威力を殺してしまいまるで歯が立たない。


 その様子を制御室のモニターから見ていた研究主任の男は、狂気にやつれた顔を笑みの形に歪め、叫んだ。


「今更止めようとしても無駄だ! さあ、時代が変わる瞬間を特等席で見るがいい!」


 研究主任の男がエンターキーを力強く弾く。

 画面の向こう側でマシンが唸りを上げて、青白い光がより一層強く輝きを増した。

 プールの水温がみるみる上昇し、冷却のための水が出水口から大量に吐き出され、水面が渦を巻く。



「シナプスリンク良好。各種システムオールグリーン!」

「臨界点突破! 生体部品のバイタル安定。……接続成功です!」


 手元の画面に次々と表示される文字の羅列に、制御室が歓喜の声に包まれる。

 影を使って部品の数を水増ししたのは苦肉の策だったが、結果的に上手くいった。


 一族の長年の宿願が達成され、主任の男が肩の荷が下りたような心地よい脱力感に表情を緩める。

 だが……。


「っ!? な、なんだこれは! 頭の中に……っ!」

「う、うわぁああああああああああああああああああああああ!?」

「嫌だっ! 知りたくない! こんな事、知りたくなかっ」


 ばちゅんっ! 研究者の一人が内側から破裂して赤い血の花が咲いた。


 ばちゅん! ばちゅん! 


 一人、また一人と研究者たちが次々と弾け飛び、制御室が血と臓物で彩られていく。


「これが、こんなものが……私たちの末路だと……!? こんなふざけたことがあってたまるか! 畜生! ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁああああああああああああああああああああ!!!!」


 あらゆる多元宇宙はやがて一つに収束し、決定的な終わりを迎える。

 その時、あらゆる霊的異世界も消滅し、世界は再び素粒子と霊子の塵が渦巻く混沌へと回帰するのだ。


 人の営みも、その歴史も、やがては全て消え去る定めと知り、人々が行うありとあらゆる生産的行動が如何に無為なものであるかを知った男は、瞬く間に絶望と狂気の狭間に囚われ。


 ばちゅん!


 それすらも無意味であるかと証明するかのように、あっけなく死んだ。




 

 超人的な膂力でどうにか激流に逆らい、整備点検用に設置されたプールの梯子はしごに掴まった愛斗がうの体でプールから上がり出てくる。


 エレベーターの中から愛斗の無事を確認したモヒカン男は、地下空間全体が水面のように揺らいでいる事に気付いた。


 次第に激しさを増す揺らぎに耐えかね、空間に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


「な、なんだありゃぁ!?」


 モヒカン男は見た。無数の手が空間の亀裂を押し広げるようにこちら側へ這い出ようとする悍ましい光景を。


 それはこの世ならざる世界に落ちた亡者たちの手だ。

 地獄の苦しみから逃れようと、空間の裂け目を通って亡者たちがこちら側へ溢れ出そうとしているのだ。


 すでに霊感の無いモヒカン男が地獄の亡者の姿を認識できるほど、二つの世界の境界は曖昧になってしまっていた。


 ギシギシと嫌な音が大きくなる。

 間もなくして、剥がれ落ちた亀裂をこじ開けるように夥しい亡者の群れが現世へと溢れ出した!



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