番外編
これは、ベルリンの壁が建造されてから、ひこぼしが国連に脅迫状を送るまでのお話。
がしゃんっ、がたっ。がしゃこん。
「あああ……壁が造られてしまった……おりひめえええ」
ふにゃへろっ、というなんとも頼りない効果音とともに、ひこぼしは職場にある大きな大きなトランポリンに倒れこみました。
と、その時です。ひこぼしの頭の中で、声が響きました。
“商店街へ行きなさい。アッラー様が助けてくれるであろう”
そう直接語りかけてきたのです。ひこぼしはあっさり信じて、
「南無阿弥陀仏! アーメン~ラーメン~」
とお礼を言って、仕事をサボって商店街へと歩き出しました。
商店街に着くと、再び脳内で声が響きました。
“あの黒いコートを羽織っている人のところへゆきなさい”
人ごみの中を探すと、たしかにいます。7月なのに黒い帽子に黒いコート、黒い長靴という服装の人が。なにかを探しているようでもなく、ゆっくりと歩いています。
「あの~」
「はははっ、はい! すみません! こんにちは!」
ひこぼしが話しかけると、黒い人は動揺しています。
「お宅は何屋さんでしょうか……?」
「え……?」
黒い人はキョトンとしました。それはそうでしょう。黒い人は一見通行人なのです。話しかけてくるとしたら、黒い人の正体を知っている人でしょう。
「あの、すみません急に。天からのお告げをもらったというか、なんというか……」
それを聞いた黒い人の態度が変わりました。
「ようこそ、いらっしゃいませ。私は、“スーパーマンになれる飴”を売っている者です。スーパーマンになれば、なんでも出来ます。自分をいじめている憎いあの人を殺すことも、成績をあげることも、意中のあの子を振り向かせることも、さらには世界征服も。お値段なんとひとつ30シュクラローシュ。いかがですか?」
まるでマジシャンのようにするすると台詞が出てきます。
「は、はぁ……。それはすごいですね……。ひとつくらいなら頂こうかな……」
ひこぼしは黒い人を信用していません。が、
「ありがとうございましたぁ~」
ひこぼしの脳裏には黒い人のニヤついた笑みが張り付いてしまいました。
「こんな怪しいの買うくらいなら同じ30シュクラローシュでも黒い雷神買えば良かった」
ひこぼしは黒い人に聞かれないように、歩きながら呟きました。そして、そのあともぶつくさ言い、最終的に駄菓子屋さんで黒い雷神を大人買いしました。
次の日。
ひこぼしは、飴を返品しようと思い品物を持って商店街へ向かいました。黒い人と目が合うと、彼はすり寄って来ました。
「あの、これ返品したい――」
「いやぁ~、毎度ありがとうございますぅ~」
揉み手で話す黒い人からは怪しいオーラが漂っています。
「いや、こんなのいりません。お金は返してもらえなくていいので返品します」
「えっ、本当にいいんですか……? 後悔しますよ? この飴を服用して飴の包装紙を返したら20シュクラローシュお返ししますよ?」
「デポジットかよ!?」
思わずひこぼしは商店街の片隅でツッコんでしまいました。心が叫びたがっていたのです。
「まぁまぁそう言わずに。服用してみましょう」
「そもそも飴って服用するものなの!?」
ひこぼしはツッコミモードになってしまいました。黒い人はなだめに回ります。
「まぁまぁ。これ服用したらおいしい栗まんじゅうあげますから」
「まんじゅう怖いぃっ! 心の臓が震えだすうう!」
「はっ、勝った!」
「油断大敵! このお茶が目に入らぬかぁぁ!」
「ぴぎゃあああ! 怖い! 誰か助けてくれえ! お~い、」
「お茶。はい」
「ぎゃあああ」
まんじゅうを怖がるひこぼしとお茶を怖がる黒い人のデスマッチ。勝敗はいかに!?
なんだかんだ、ひこぼしは“スーパーマンになれる飴”とやらを服用しました。
黒い人が
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五……」
と唱え始めたからです。ひこぼしは優しいので、過呼吸か酸欠で倒れないかと心配したのです。優しいね。
「いただきます」
ムスッとした顔のひこぼしが飴を服用すると、異変が起こりました。
視界がぐにゃりと歪み、なんだかふわふわとしてきたのです。
“ひこぼし”
すぐ近くでおりひめの声が聞こえました。
辺りを見回しても、姿は見えません。すると、商店街があった場所にベルリンの壁がむくむくとできました。
“壁を壊せ!”
“ひこぼし坂46の6thシングルだー!”
ひこぼしを取り囲むギャラリーがそんなことを言っています。
「ひこぼし坂ってなんなんだ!?」
“そんなことどうでもいいじゃない!早く壁を壊して!”
おりひめの声は壁越しに聴こえていたのです。
“めのまえのっ、かべーをこわせっ♬”
“にーぎりしめーたこーぶしでーおっおー♫”
ギャラリーが歌いだしたので、ひこぼしが壁に向かって挑発のつもりでそのリズムに合わせて石を投げると、壁はさらさらと崩れ落ちました。
“あっけな……”
ギャラリーはハモったのですが、そんなことお構いなしにひこぼしはおりひめに飛びつこうとしました。しかし、それは出来ませんでした。
再び視界がぐにゃりと歪み、おりひめがいなくなってしまったのです。
「おりひめ……?」
「どうだったかね?」
余韻に浸る間もなく、黒い人が話しかけました。
ひこぼしはなぜかイライラしてきました。
「あーなんか腹立つー! リア充撲滅委員会の皆様方を脅迫してやる! ……やっぱその前に飴もういっこください!」
「やめておきなさい」
ひこぼしは目を見開きました。あれだけ飴を勧めていた黒い人がはっきりとそう告げたのです。
「なぜだ。いくらなら売る?」
「……120シュクラローシュ」
お金に負けて、黒い人は飴を売ることにしました。
「買った」
ひこぼしは代金を押し付けて飴を奪い取りました。
悲しいことに、彼の目が変わっていることには誰も気が付きませんでした。
「……おりひめ〜! ……あ、置いて行かないで! ……まじ許す、リア充撲滅委員会の皆様方! ……もう脅すの国連でいっか!」
商店街の片隅で、虚ろな目でそんなことを叫ぶ成人男性の目撃情報があったそうです。
薬物乱用は「ダメ。ゼッタイ」
※この物語はフィクションです
※実在する人物・団体とは関係ありません
彼らの想いは世界を揺るがす 齋藤瑞穂 @apple-pie
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