エピローグ《背負癒求》

「おはようございます」


 昼に出勤した私は受付の人に挨拶してお店に入ります。


 自分の名前のところに、入店時間と事前に測ってきた体温を書きました。


 ロッカーで制服に着替えて作業場に降ります。


 今日は一度も怒られないように気をつけないと。


 新入社員として入社して一年近くが経ちました。


 ここ最近は仕事にも慣れてきてミスは少なくなったと自負はしていますが……。


「セオイさん。入れ忘れてるわよ」


 パートさんに言われて、もう一度自分が作った商品を確かめます。


「えっ? ああ、すいません!」


 まだまだこんな調子です。


「もうしょうがないんだから。ほら蓋開けて。入れてあげるから」


「ありがとうございます」


 蓋を開けると教えてくれたパートさんが入れ忘れていた具材を入れてくれました。


 以前なら失敗して怒られると、周りからも責められていると思い込んでいたのですが、ある時からそれは私の勝手な思い込みだと気づきました。


 それからはお小言ばかり言う年配のパートさんとも、少しずつ話せるようになったんです。


 言い方はちょっと悪いけれど、みんなほんのちょっぴり口が悪いだけで、全然悪意はないんですよね。


「セオイさん。休憩行ってきていいよ」


「分かりました。休憩行ってきます」


 先輩社員に作業を引き継ぎ二階の食堂へ向かいます。


 定食を受け取ってテーブルの方を見ると、お昼時を過ぎているのに珍しく混んでいました。


 席を探していると、座っている人達の雑談が聞こえてきます。どうやら今の今まで忙しかったようですね。


 唯一空いている椅子を見つけると対面には知り合いが座っていました。


 彼はイヤフォンをつけて小説を読んでいるようでこちらに気付いていません。


 私は遠慮しようと思いましたが、空いている席がどんどんと埋まってしまいます。


 他の人に取られるならと声を掛けました。


「ドクドクさん。ここ座ってもいいかな」


 声が聞こえたのか、ドクドクさんがイヤホンを外してこちらを見上げます。


 最初は仏頂面でしたが、私だと気づくと口元を綻ばせました。


「あっセオイさん」


「椅子空いているのここしかないみたいなの。いいかな?」


「どうぞどうぞ」


 許可をもらってドクドクさんの対面に座りました。


 彼は読んでいた小説をしまいます。一瞬だけ見えた表紙にはジャスティレフターというタイトルが書かれていました。


「休憩中に邪魔してすいません」


 ドクドクさんは休憩時、いつも一人なので少し悪い事をしてしまった気分です。


「全然。気にしないでください。でも今日は人多いですよね。僕がここに座った直後にあっという間に埋まっちゃいましたよ」


「どうやらお昼時忙しくて、ちょうどこの時間に手が空いた人達が一斉に来たみたい」


「そういう事ですか」


 ドクドクさんはあまり自分から話しませんが、聞き上手でついつい色々と話したくなってしまいます。


「そうだドクドクさん。お土産ありがとうございました」


 ドクドクさんは節分が終わってから一ヶ月に一回纏った有給を取ります。


 そのお休みで海外旅行に行っているらしいのです。


 今日貰ったのはオランダのお菓子ストロープワッフルで、その前はイギリスのお菓子ティーケーキでした。


「気に入ってくれたみたいでよかったです」


「旅行ってどこを観光するの」


「そうですね。好きな映画のゆかりの場所とかに行きます」


 聖地巡礼してるんだ。


「今度のお休みも旅行ですか?」


「はい」


「どこに行くんですか?」


「ブラジルに行ってきます」


 旅行の目的地を話す時のドクドクさんの顔は、まるで重大な使命を持った勇者のような顔つきでした。


 けれどそれも一瞬の事で、私の気のせいだったみたいです。


「そろそろ休憩終わるので、先に戻ります」


 スマホの画面を見たドクドクさんが後ろの人にぶつからないように気をつけながら立ち上がります。


「ドクドクさん。旅行楽しんできてください。後……お土産楽しみにしてますね」


「はい。期待していてください」


 お土産楽しみにしてますなんて、自分でも厚かましいの分かっていましたが、何となく彼が遠くに行ってしまいそうでつい口に出していました。 




「ただいま〜」


 仕事で疲れた私は放り投げるように靴を脱いでリビングに向かいます。


 旅行に行っているドクドクさんが悪いわけではないけれど、彼が抜けた穴を埋める為に忙しい毎日を送っていました。


「疲れたよ〜」


 椅子に座り隣の椅子に腰掛けている猫のぬいぐるみを思いっきり抱きしめます。


 はぁ、早く猫ちゃんと一緒に暮らしたいな。


 ペット可の家なので、猫を飼う為の資金を今貯金中です。


 疲れた心には一人暮らしの静寂に耐えられそうになくて、ぬいぐるみを抱きしめたままテレビをつけていつも見ているニュースに合わせます。


『たった今入ったニュースです』


 スポーツの結果を流し見していると、緊迫感あふれる表情のキャスターが映し出されました。


『ブラジル、リオ・デシャネイロで行われている地球サミット会場に闖入者が現れました――現地の映像に変わります』


 まるでパニックムービーのような展開に、チャンネルを間違えたのかと思いましたが、どうやら違うようです。


 テロ? しかもブラジルって、ドクドクさんトラブルに巻き込まれてないといいけど。


 一体何が起きているのか分からず、気づくと抱きしめていたぬいぐるみに力を込めていました。


 テレビ画面には、正装した様々な人種の人達が集まっている場所を映し出します。


 その人達は皆同じところを見ていて、カメラも遅れて視線の先に向けられました。


 とても目を引く二人組がいます。


 一人は黄金の鎧を着た可愛らしい少年です。


 それ以上に目を引くのが少年と手を繋ぐ女性の方でした。


 女の私でも思わずため息をつきたくなるほどの艶のある赤い髪に、どんな女優さんでも敵わないような流麗なスタイル。


 服装はシャツにパンツ。その上からエプロンを着けていて、まるで近所に買い物に出てきたような格好です。


 どこかで見た事あるような……。


 二人はお互いを見て頷き合うと、女性の方が一歩前に出て沢山のマイクの前に立ちました。


 私は彼女の言葉を一字一句聞き逃さないように耳を傾けます。


 会場にいる誰もが聞き耳を立てているのか、耳が痛くなるほど静かでした。


 女性の声はまるで聖母様のように優しさに溢れていて、ハープを弾くように鼓膜を柔らかく震わせてきます。


「皆さん驚かせてしまってごめんなさい。初めまして私はアルデ。私の正体は今貴方達が立っている地球なんです。

 信じられないかもしれないけれど本当の事です。今日は私、つまり地球の事を知ってもらいたくてここに来ました」


 彼女の訴えを聞いたこの日を境に、私達はみんな少しずつ変わっていくのです。


―完―

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