第三章 #9

 辛うじて動く両眼で外の状況を把握しながら、自分の身体の状態を調べる。


 腰から下は自分のものではないように感覚がない。


 左肩が外れ、腕の付け根が熱を持ちそこから先は動かない。


 首は動くが叩きつけられたときに背骨が折れてしまったのだろう。上半身の中で硬いものがたくさん突き刺さっているような感覚と痛みがある。


 その中で心臓だけが元気に鼓動していた。


 僅かに動く右手で制服のポケットを探る。


 もっと早く気づくべきだった。


 彼女の両手首に湿布が巻かれていたのは、初めてネガティブバーストと遭遇した翌日。


 僕が化け物の両腕を握り潰そうとした時の傷に違いない。


 ポケットから銀色の容器が零れ落ちる。


 ネガティブバーストが衝撃波のような叫び声を上げるようになってから、彼女も掠れ声だった。


 それだけ喉を酷使していたということ。


 片手で苦労しながら蓋を開けて、桃色の金平糖を取り出す。


 異常な状況に固まってしまった従業員二人に、黒い腕が襲いかかる中、僕はぎこちない右腕を動かす事だけに集中する。


 口内に入れると、血の味を消し去るほどの優しい甘さに満たされる。


 甘さが体内に行き渡ると、麻痺した感覚が戻って痛みも消え去り、身体が動かせるようになった。


 立ち上がると同時に、僕の姿はショタディアンへと変身した。


 襲われている人もセオイさんも助けなきゃ!


 従業員からストレスを吸い取ろうとする腕を狙って、僕は風の刃を繰り出した。


 黒い腕を二本同時に斬り飛ばし、捕まっていた従業員達が床に落ちる。


 ネガティブバーストは人々から吸った糧を得てどんどんと大きくなっていた。


 背中で値付け機を潰し、膨らむ体が天井にヒビを入れていく。


『ダット。貴方のそばでネガティブバーストを感知したわ!』


 休んでいたのだろう。アルデの少し遅い報告が頭の中に飛び込んできた。


『目の前にいる。セオイさんに取り憑いてたんだ』


 ネガティブバーストから腕が伸びて僕の方に迫る。


 それを二本弾くも、三本目に吹き飛ばされて、また背中を強打する。


 起き上がると、黒い腕がさっき助けた従業員に狙いをつけて伸ばされていた。


 僕は赤いマントを広げて従業員を守る砂の盾を作り出す。


 黒い腕が砂の中に潜り込み、暴れるように手を開いたり閉じたりするが貫通はしなかった。


 腰が抜けた従業員が四足動物のように逃げていく。


 二人は助けられたが、まだ作業場には吸い取られて動けない人達がいる。


 微かに呼吸をしているので死んではいない。


 僕はマントで作った壁で攻撃を防ぎながら、倒れている人達を抱き抱えて作業場から避難させていく。


 トラックさえも受け止める砂の壁に大きな亀裂が走る。


 ネガティブバーストの攻撃で限界が近いのだ。


 最後の人を避難させると同時に砂の壁に穴が開いた。


 琥珀の鎧の襟首を掴まれて作業場に引き戻されてしまう。


 一瞬息が詰まり空気を求めて咳き込んでいると、穴が開いた砂の壁が完全に崩壊する。


 僕の背中に戻ってきた赤いマントは虫に喰われたようにボロボロになっていた。


 迫りくる複数の手、手、手。


 三本や四本どころではない。殺到する十本の手によって視界が塞がれるほどだ。


 沢山の手によって押し飛ばされ、背中で後ろにあった包丁ケースを破壊する。


 ケースの中から散らばった包丁が床に落ち、派手な音を立てる。


 僕は化け物の手によってまな板の上に押し倒されてしまった。


 逃げようとするが、八本の手に両手両足を押さえつけられて身動きが取れない。


 これじゃまな板の上の鯉だ。


 化け物の腕が僕の胸を何度も殴るだけでなく、更に頭を掴まれて複数回まな板に叩きつけられる。


 その行為はまるで僕を痛めつけるというよりも、自分の不満を訴えているように見えた。


 頭痛のせいで意識が朦朧とするなか、黒い手が光を反射していることに気づく。


 それはさっき落ちた包丁で、刃が電灯の光を受けて輝いている。


 しかも一本ではない。九本の腕が一本ずつ逆手に持っているのだ。


 太い針がついた吊り天井のように、九本の包丁が一斉に僕の胸に突き立つ。


 全身の体温が氷点下まで下がったが、僕を刺し貫こうとした包丁は鎧に当たって全て砕け散った。


 幸い心臓は凍り付かず、琥珀の胸甲にも傷ひとつつかなかったが、砕けた破片が飛んで僕の頰を浅く斬りつける。


 その痛みに泣きたくなるが、目前に迫る物に目が離せなくなる。


 十本目の包丁が僕の顔目掛けて落ちてきた。


 幸いな事に首だけは自由だったので、咄嗟に頭を動かす事で避ける事ができた。


 僕の真横に突き立った包丁は、深々とまな板に突き刺さる。


 もしアレが刺さっていたら確実に死んでいただろう。


 化け物の手は包丁を引き抜こうとしているが、かなり深く刺さったようで抜くのに苦労していた。


 包丁の方に意識が集中して、僕の手足の拘束が緩んでいる。


 左腕に風の力を竜巻のように巻きつかせて黒い手を吹き飛ばすと、手刀を振るって右手と両足の拘束を斬り飛ばす。


『取り憑かれた人を救うためにも、ネガティブバーストを弱らせるのよ』


 アルデの指示に従い、腕で作られている丸い体に風の刃を叩き込む。


 体を切り裂かれたネガティブバーストは、痛みに悶えるように悲鳴を上げた。


 それを聞いて、追撃しようとした手を止める。


『駄目だアルデ。セオイさんが苦しんでる。痛いって叫んでるんだ。攻撃できない!』


『そんな……ネガティブバーストは、木の根のようにその人の奥深くまで取り憑いているんだわ。一刻も早く助けないと完全に同化してしまうわ』


 化け物は切られたところを塞ぐように手で抑えたまま、泣き喚くように悲鳴を上げ続けている。


 攻撃すればセオイさんが苦しむ。でもここで止めなければ周りの被害が大きくなる。


 思案の海に沈んでしまったせいで、ネガティブバーストの動きに気づかなかった。


『避けて!』


 アルデの声で前を見た時には、見えない波動で僕は吹き飛ばされていた。


 例の縦に割れた口から、衝撃波を伴った声が放たれたのだ。


 作業場にあった包材がポップコーンのように弾け、窓ガラスは砕け散り、割れた床やひしゃげた台車が吹き飛んで僕にぶつかってくる。


 壁にぶつかり顔から落ちると、何かを無理やり外すような音が聞こえた。


 外されたのは冷蔵庫の扉だ。


 冷気を逃さないための分厚く重い扉を黒い四本の腕が持ち上げていた。


 僕は逃けることもできず、無防備な背中に冷蔵庫の扉を叩きつけられてしまった。


 扉と床にサンドイッチされ意識が飛びそうになる。


 動かなくなった僕を見て脅威ではないと判断したのかネガティブバーストの攻撃が止んだ。


 耳が捉えたのは風船が擦れるような音。続いて遠くから沢山の悲鳴。


 大人一人分はありそうな扉を押しのけると、作業場に化け物の姿はない。


 売り場に続く扉が破壊され、その周辺には無理やり通ったような跡がいくつも残っていた。


 僕は走って売り場の方を見た。


 ああ駄目だ。セオイさん。


 売り場は商品や買い物カゴが散乱し、床にはストレスを吸われてミイラのようになってしまった人が何人も倒れている。


 ネガティブバーストは老若男女問わず襲っているらしく、中には母親と思しき女性と手を繋いだまま倒れている小さな姿もある。


『ダット。早く止めないともっと大変な事になるわ……攻撃するべきよ』


 アルデの声にも躊躇いが含まれている。取り憑かれているセオイさんが苦しむのは分かっているからだろう。


 どうにかできないか考えていると新たな悲鳴が聞こえてきた。考えを纏める前に声がした方に走る。


 逃げようとした買い物客達が、すし詰め状態になっていた。


 どうやら一番近い出入り口から逃げようとして、身動きが取れなくなったらしい。


 その集団にネガティブバーストが追いついたのだ。


 化け物は作業場で現れた時と姿形が変わっている。


 店の天井につくほど膨れた体から触手のように多数の手が生えて四本の脚まで生えている。


 脚かと思ったがそれも腕だった。足の裏ではなく掌が丸い体を支えていた。


 体の各所にある縦に割れた口が、呼吸をするように開いたり閉じたりを繰り返していた。


 喉笛に喰らい付く犬のように手が伸びて、買い物客達を捕らえていく。


 僕は風の刃で腕を斬り落としていくが、それを上回る速さで新たな腕が生まれてしまう。


 更に化け物の悲痛な悲鳴が僕の手を止めさせる。


 とにかくお客さんから引き離さないと。


 化け物とお客さんの間に割って入ろうとするも声の衝撃波を食らって吹き飛び、ぶつかった棚がひっくり返って陳列されていたパンが散らばった。


『ダット。攻撃して』


『できない。そんな事したらセオイさんが苦しむ事になる』


 黒い握り拳が降ってきたので回避しながらテレパシーを続ける。


『何とか攻撃しないで止められないか考えてる』


『その気持ちは尊重したいけれど、攻撃するべきよ』


『何で? 攻撃したらセオイさんが苦しむんだよ』


『ネガティブバーストに襲われて苦しんでいる人がいる事も忘れないで』


 僕はすっかり忘れていた。


 惨状は見ていたのに、セオイさんの事しか頭になかったのだ。


『私もあなたの考えに賛同しているわ。けれど時間がかかればそれだけ人々は傷つき、ネガティブバーストは成長してしまう』


 僕が拳を避けるたびに陳列棚が破壊され、商品が無残な姿に変貌していた。


『決断して。それ以外の方法が思いつかないなら今すぐ攻撃して動きを止めて』


 どうしても決心がつかず、逃げ回りながら考えていると、ある一言を思い出した。


 話しかけてみて。


 その言葉を思い出した途端、閃きの電流が全身を駆け巡る。


『僕に考えがある。恐らく攻撃しないで済む唯一の方法だと思うんだ』


『分かった。ダットに任せるわ。けれどどうにもならないと判断したら、私が代わります』


 アルデがここに来る事になったら、セオイさんごとネガティブバーストを消滅させる事になってしまう。


 アルデにそんな事はさせないし、セオイさんを見捨てもしない!


 僕は逃げるのを止めて化け物の前に立つと、大きく息を吸い込んで叫ぶ。


「セオイさん聞いてください。僕と友達になりましょう」


 返事代わりの拳に思いっきり頰を殴られた。


 痛みを訴える頰を無視してもう一度繰り返す。


「友達になりましょう」


 今度は反対の頰を殴られた。歯が折れてないといいけど。


 その場で蹲りたくなるのを我慢してネガティブバーストの方に視線を向ける。


 化け物がこちらに意識を向けてくれたおかげで、出入り口に殺到していたお客さんが全員逃げたのを視界の片隅で確認した。


 後はセオイさんをどうにかすることができれば……。


 話しかけようとするも、先に拳が飛んでくる。


 穴だらけの赤いマントを砂の盾に変化させて猛攻を耐える。


 樫の木が頑丈なのは細胞の密度が濃いから。それと同じように隙間なく詰まった砂が化け物の攻撃を受け止めてくれている。


「セオイさん。こんな事をしても何にもなりません。怒りに任せて暴力を振るっても何も解決できないんです」


 砂の盾が粉々に砕け散った。防ぐ物がなくなった僕に、拳が雨霰と飛んでくる。


 両手でガードするも、何十回と殴られるうちに腕の感覚が麻痺して何も感じなくなった。


 突然脇腹に突き刺さるような痛み。拳に殴られた所が砕け、内臓が掻き回される。


 痛みで膝から崩れ落ちるが、それでも攻撃せずに語りかける事を続けた。


「セオイさん。貴女は辛かったんですよね。沢山の仕事を背中に背負って、それを自分で下ろすべきだと思い込んでしまったんですよね」


 化け物が口を開いて衝撃波を放つ。


 膝立ちのまま僕の身体は後退し、床に二本の線が引かれる。


「でも沢山の荷物は一人では中々おろせない。そればかりかどんどん荷物は増えていってどうしようもなくなってしまう。でも解決方法はあるんです。勇気を出して――」


 言葉途中で首を掴まれた。


 息が詰まり喉から血が出るのも構わずセオイさんの耳に声を届ける。


「ほんのちょっと勇気を出して魔法の言葉を唱えるんです『助けてください』って」


 ネガティブバーストの動きが一時停止した。


「そうすれば手を貸してくれる人が現れます。少なくとも僕は助けます。だからセオイさん友達になりましょう」


 化け物は僕の首を掴んだまま動かない。


「愚痴を言い合えて、大変な時は助け合う。そんな友達が仕事場にいればきっと今よりも楽しくなりますよ。

 仕事だからお金をもらうから辛い事を我慢しなきゃいけないなんておかしいです。

 どんな事でも辛い事はあります。でもずっと『辛い』と思うよりほんのちょっと『楽しい』って思えたら毎日を頑張ろうって思えませんか? ねえセオイさん。そう思いませんか!」


 酸欠と戦いながら必死に言葉を紡ぐ。全部言い終えた時、静寂に包まれた店内でこんな言葉が聞こえてきた。


「ワ・タ・シ」


 ネガティブバーストの縦に割れた口が叫び声意外の声を出す。


「ワ・タ・シ・モ・友達・二・ナ・リ・タ・イ・ヨ」


「なろうよ。セオイさん」


 僕を完全に亡き者にしようと黒い左腕が伸びてきて、両手で首を締めてきた。


 気道が潰れるだけでなく、首の骨まで砕けそうな勢いだ。


 声が出ない。


 だからといって諦めたわけではない。


 大樹のように立ち上がり、左手をまっすぐ伸ばす。


 ネガティブバーストにではない。セオイさんに向けてだ。


 声は出ないけど口を動かす。セオイさんが見ていると信じて声無き声を届ける。


 そんなのに頼っちゃ駄目だ。抜け出そう。さあ手を伸ばして!


 黒い両手の力が強まる。首が圧迫されて頭が空気の入り過ぎた風船のように破裂しそうだ。


 伸ばした左手を誰かが掴んだ。


 見なくても分かる。応えてくれたんだ。


 首の力が緩んでいる事に気づく。


 見ると僕の首を絞めていた黒い腕に、新たに現れた黒い腕が掴んで引き離そうとしていた。


 黒い両手の力を借りて、首を絞めていた手から逃れる。


 生きるために必須の酸素を吸っている間無防備だったが、拳も叫び声も襲ってこなかった。


 ネガティブバーストは戦っている。自分の腕と同士討ちしている。


 腕同士が掴み合い、殴られた腕が殴り返す。腕同士の取っ組み合いに巻き込まれて天井が穴だらけになりセルフレジの機械が破壊された。


『取り憑かれた人が自分の意思で反抗しているわ。今なら判別がつく。私の眼の力を貸すわね』


 アルデのテレパシーが終わると、僕の視界に映るネガティブバーストに色が増えた。


 黒一色だった体に所々赤い色が混ざっている。


 まるで血が通ったかのような腕が黒いままの腕に襲いかかっていた。


 恐らく赤い腕がセオイさんが操る腕なのだろう。


 更にアルデからのテレパシー。


『黒い腕になら攻撃しても影響ないわ』


『その言葉を待ってた』


 両手に纏わせた風の刃で黒い腕を次々と斬り落とす。


 残っていた腕もセオイさんに殴り倒されるか抑えつけられていた。


 丸い体の内側中央が赤くなっている。恐らくそれがセオイさんなのだろう。


 抵抗する気力が失せたのか、ネガティブバーストは先ほど暴れ回っていたのが嘘のように大人しくなっていた。


『今なら引き離せるわ』


 アルデの言葉を信じて頭のティアラの宝石から水の球を出す。


『後は頼む』


 出現させた水の球を両手に乗せて歩き、唯一血の通った口に近づけていく。


「飲んで。大丈夫、毒ではありません。あなたを助ける手助けになります」


 信じてくれたのか。口が縦に割れた。


 僕は両手を動かし水を飲ませる。


 化け物が暴れ出す。飲まされた水が自分に合わない事に気づいたのだろう。


 化け物には毒かもしれないが、これがセオイさんを助ける最善の方法だ。


 ネガティブバーストの体が大きな水の球に包み込まれる。


 僕はその中で何が行われているか知っているから一歩下がって一部始終を見守る。


 水の球の中では金色に輝く女性が赤い人影を抱擁していた。


 黒く濁った水の球が役目を終えたように崩れて床一面を水浸しにする。


 その中央にアルデが座っていて、セオイさんが膝枕されて眠っていた。


 先程の作業場で見せた鬼気迫る表情とは違い、とても穏やかな寝顔だ。


 僕も体験したから知っているが、至福の柔らかさを誇る膝枕で良い夢を見ている事だろう。


「セオイさんはもう大丈夫?」


 アルデはセオイさんの頭を撫でながら答えた。


「ええ。この子に取り憑いたネガティブバーストは完全に消滅したわ」


 その一言で僕も安堵する事ができた。


「良かった」


「後は周囲を元に戻すだけ」


 セオイさんを優しく床に寝かせるとアルデが立ち上がる。


 そうだ。まだ安堵は出来ない。


「待ってアルデ」


 彼女の腕を掴んで引き留める。


「どうしたの?」


 アルデはこの辺一体を修復しようとしている。


 それは僕もお願いしたい。


 だが代償に彼女の持つ力が著しく消費する事になる。


 下手をすれば彼女が死んでしまうかもしれない。


 以前修復した時、彼女は消耗激しく倒れた。それからまだ完全には回復してはいない筈だ。


「死なないよね?」


 彼女は微笑む。


「死なないわよ。だってあなたを悲しませたくないもの。ダットはダットのするべき事をした。今度は私がするべき事をしないとね」


 アルデは優しくも力強く僕の腕を離した。


「……夕飯食べたいから。絶対死なないでよ!」


「もちろん。今日の献立はリクエストしたのを作っておくから楽しみに待っててね」


 アルデはそう言ってから前を向き、天に向けた両腕を広げて花を咲かせた。


 優しい光が僕や破壊された店や倒れた人達を包み込む。


 彼女の作り出した光は店周辺のみならず、街全体を覆っていた。




 ネガティブバーストによる被害は全て修復され、解放されたセオイさん達と共に節分の仕事も無事に終わらせる事ができた。


 けれども僕の心はまだ晴れない。


 忙しくて連絡をとる暇もなく、家に帰って彼女の姿を確認するまで、不安でいっぱいな時間を過ごしていたからだ。


 みんな記憶は改竄されているので、その悩みを打ち明けることもできず、一人で鬱々としていた。


 仕事を投げ出しそうになったが、そんな事をしたらアルデに怒られてしまうので無事を信じて仕事を全て終わらせてきたのだ。


 マンションに入って家の玄関に近づくと、外から見える台所に灯りが灯っている。


 逸る気持ちを抑えて扉を開けると、いつものように僕を出迎える女性の姿。


「お帰りなさい。今日はお疲れ様。食べたいって言ってた夕飯用意できてるわよ」


 彼女の無事な姿をこの目で見た途端、自然に涙と笑みが溢れた。


「ただいまアルデ」

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