3.注目を集める
──少年、ゼノン・ガーディッシュは己から漏れる若干の苛立ちを抑えきれずにいた。
彼は見た目こそ不良であるが、その性根までは不良ではない。くすんだ金髪なのは元からであるし、オオカミのように逆立った髪は生まれ持った髪質である。制服は多少着崩しているが、この程度の改造ならば着こなしの範疇だろう。後はまあ……目つきも随分と悪いが、これも生まれつきである。
つまるところ、彼は外見を除けば基本的には一般人とほとんど変わらない常識の持ち主であるということだ。であるからには朝に遭遇した輩のような凶暴性を有している訳ではないのだが、そんな彼でも苛立たしさを覚えるほど周囲の視線は煩わしいものだった。
何故彼がこうも衆目を集めているのか。それは彼が勇者学院に入学してきた経緯に関係している。
ゼノンは所謂『推薦枠』というものであり、直々に学院長が招聘した学生として入学している。推薦といっても必ず毎年枠が用意される訳ではなく、学院長がその素質を認めたものにしか与えられない為、必然的にその後でもプロの勇者として名を馳せることが多い。
将来の勇者確定枠ともなれば、その注目度は当然高い。彼のその風貌といつの間にか漏れていた情報が合わさり、自然と教室中の視線はゼノンへと集まっていた。
(これはちょっとうぜぇな……少し威嚇でもしてやれば黙るか? あんまり気は進まねぇけど)
若干物騒なことを考えていたゼノンだったが、その後すぐに教室へ女の教師が入ってきたことで周囲の視線も彼から外れる。ようやく僅かながらも安寧を得たカルラは、ため息をつきながら頬杖を突いた。
「皆さん、改めてご入学おめでとうございます……と本来はねぎらいの言葉を掛けたいのですが、実はそうもいきません。なぜならここノーザンブリア勇者学院は勇者を育成する機関の中でも最高峰の学院であり、それ故に入学はゴールではなくスタートの一つでしか無いからです」
薄い笑顔で語る教師だったが、その内容は酷く現実的である。新生活の始まりにどこか浮足立っていた新入生達も、彼女の言葉を聞いて思わず背筋を伸ばした。
「とはいえそう緊張することもありません。あの入学試験を潜り抜けてきた貴方達には確かに素質があり、その上この学院には最高の学習環境が整っています。貴方達が望む限り、勇者になるための最高のサポートを行うことが出来るでしょう。ただ忘れてほしくないのは、ここ以外にも勇者を目指す者はいくらでもいるという事です。くれぐれも油断や中弛みなどはしないように」
おっと、と言わんばかりに口元へ手を当てる女教師。
「申し遅れました、私の名前はポラリス・ウィンザー。これから一年間このクラスの担任を務めさせて頂きます。専門は魔法学ですので関わる機会も多いでしょう。質問等は遠慮なくどうぞ」
遠慮なくとは言われたが、この堅い雰囲気の中積極的に発言できる者も少ないだろう。くだらない質問の一つでもすれば勢いよく冷たい言葉が飛んできそうだ。
ポラリスは教室をしばし眺め、質問がないことを確認するとそのまま一本の杖を取り出す。彼女が軽く机を叩くと、虚空から一つの機械が音を立てて転がった。
大きく目立つのは水晶のような球体。そしてその下部を覆い支えるように付属する金属パーツ。さらに中央には真っ黒な円状のパーツが存在を主張するかのように付いている。
「い、今のって無詠唱……!?」
「すげぇ、やっぱ現役の勇者はすげぇよ……!」
同時に起こる教室のざわめき。いまだ有精卵たる彼らにとって、魔法を美しく使いこなす様は実に魅力的に映るのだろう。しかしそんな反応にもすでに慣れ切っているポラリスは、毎年の恒例行事だと既に割り切っていた。
「これは各々の魔力含有量を調べるための装置です。名前を呼ばれた生徒から、黒いパッド部分に手のひらを当てて下さい。含有魔力の量が多いほど水晶は輝きを放ちます。正確な数値はこちらで計測しているのでご安心を。それではアルドノア君からこちらに来るように」
そうして始まった簡易的な魔力測定。盛り上がる生徒たちとは対照的に、ポラリスは冷たい目で結果を計測し続ける。
(……フェルグス380。ハイエロ560……例年の平均が300であることを考えると、今年はやや豊作と言ったところか。入学前に魔法の練習をしている生徒も多いようだが、これならある程度手間は省けるか)
そして、その中でも飛び切り優秀と言えるのはやはりフリアエだろう。彼女がパッドに触れた途端、教室中を眩いほどの輝きが埋め尽くしたのだから。
(フリアエは2500、か。数値だけで見れば生徒どころか私をも超えるな。素質は素晴らしい……後は勇者として使えるか、だが)
一方でほとんど素質が無いと言えたのが、シャーロットである。フリアエの輝きを太陽だとすれば、彼女の輝きは正に豆電球だった。
「うう、わかってたさ。どうせボクは落ちこぼれだよぅ……」
(シャーロットは120。少なくとも魔法を扱う勇者としては活躍できないだろうな。ペーパー試験の成績は中々だったようだが、実力と頭脳は比例しない。残酷なことだとは思うが、実に非効率だ)
さて、順番は巡り巡って最後のゼノンへと回ってくる。再び教室中の視線が彼へと集まることになった。
「お、おい。ついにアイツの番だぜ」
「推薦枠の力がついに見れるのか……」
「っていうか、あのシャツ何なんだ……?」
若干不機嫌そうな顔をしながら、ゆっくりと歩くゼノン。ポラリスは当然ながら彼の存在を知っていた。
(ゼノン・ガーディッシュ。どこから連れてきたのか、学院長が推薦枠としてねじ込んできた男の子でしたか。果たして素質のほどはどうなのでしょうか……)
ゆっくりと手をかざし、ぺたりと張り付ける。他の生徒と同じようにパッドから光が走り、水晶を強く輝かせる──
(……何?)
「あれ……?」
「全然光らねぇぞ……?」
しかし、その予想は覆る。
水晶は僅かながらも光らず、ただシンとそこに佇むのみ。シャーロットの時ですら輝いたというのに、水晶は一切の反応を示さなかった。
「光らないって……どんだけ魔力低いんだよあいつ」
「あーあ、推薦って聞いてたのになんかがっかりだなぁ」
「本当に推薦なのかあいつ? 金で枠買ったんじゃね?」
彼の魔法に対する素質が低いと分かった途端、教室の空気は一変する。それまで畏怖や尊敬、奇異の視線を向けていた生徒たちは、まるで手のひらを返したかのように嘲りや侮蔑、落胆のため息を漏らした。
(うわ、これきっついなぁ……ボクだったらまず間違いなく心折れてる。てかキレちゃわないかなあの人……?)
シャーロットは不安げに彼の後姿を見つめる。たとえざわめきの中であってもその声がゼノンへと届いていないはずがない。だが、彼は何の反応も見せずその場に佇むままだった。
そして、水晶の観測をしていたポラリスは。
(……魔力含有量、『ゼロ』……? 馬鹿な、この世界に魔力を持たない人間など存在しない。機器の故障か? いや、メンテナンスは昨日済ませたばかりだ。そんな筈は……)
この世界のあらゆる生物には多かれ少なかれ魔力が宿っている。それは生物が生物として生きるために必要だからであり、どれだけ才能がない者であっても生きている以上魔力は流れているのがこの世界の常識である。
しかし──この少年にはそれすら無い。魔力がゼロという事は、文字通り体内に一片も魔力が流れていないということだ。それはつまり、この世界における死と同意義。目の前にいるゼノンという男は、生きながらにして死んでいるのである。
「……あの、もうイイっすか?」
「──あ、ああ。済まない。少しだけ待て」
思わず丁寧語の口調も外して返答するポラリス。慌てて装置に杖を当て、内部の異常を確認する。
(……やはり機器に異常は無し。という事は、この少年は間違いなく魔力ゼロという事に……)
「……わかりました。席に戻って下さい」
装置から手を離すと、浴びせられる視線を物ともせず大あくびをかますゼノン。彼の背を見ながら、ポラリスは手元の用紙へ一筆書き加えた。
『ゼノン・ガーディッシュ 魔力ゼロの疑いあり。至急の説明を求める』
(……学院長。早速面倒ごとを増やして頂きましたね。まったく忌々しい)
勇者学院の異端者(ヘレシー)~魔法なんて必要ねぇんだよ!~ 初柴シュリ @Syuri1484
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