2.入学、それが始まり




『──であるからして、君たちや我々勇者の称号を持つものの義務は──』


 入学式特有、お偉いさんによる長話である。大抵こういった話は生徒の八割が聴いていないのであるが、残りの二割も聴きたくて聴いているわけではないのだろう。正に時間の無駄だ。


(は〜退屈。学院長でもない教頭の話とか誰得? 早く教室行きたいなぁ〜〜というかもう帰りたい。もう布団が恋しいよぉ)


 そんな退屈な時間を、シャーロットは自身の肩まで伸びたピンク色の髪を弄りつつ過ごしていた。


 さて、唐突だがここで彼女らが通う事になる『勇者学院』について説明しておこう。


 勇者学院。正式名称はノーザンブリア勇者育成学院であり、勇者を育成する機関の中でも最高峰に位置付けられる場所である。


 名前の通り勇者を育成するための様々な技術を教導する機関であり、魔法だけではなく基礎的な教養からサバイバル術まで、幅広い技術を仕込むのが使命となる。


 勿論教える側もプロの『勇者』であり、それなりの経験を積んだ者たちが多い。この場を拠点として、数多くの勇者達が輩出されていくのである。


 そんな勇者学院に入学出来たのだから、当然シャーロットとて無能では無い。本来なら先程のようなカツアゲくらい一人でもなんとか出来た(本人談)のだが、いかんせん相手が悪かった。


 そして、シャーロットは往々にして面倒くさがりでもあった。これでこの学院に受かってしまったというのは最早落ちた人間への冒涜な気もするが、結果は結果。彼女が受かっているのがこの世の現実である。


(……あれ、あの人って……)


 辺りをフラフラと見回していると、どこか見た事のある髪が目に入る。今朝、不良達と一悶着を起こしたあの髪である。


 若干態度が悪いような気もするが、そこそこ真面目に話を聞いている様にも思える。とはいえ、周囲の人々からはどうにも不良のイメージが拭えないのか、若干距離を取られている様な気もするが。


 かくいうシャーロットも彼の事は未だ不良であると思っている。確かにあの場から助けてもらったのは事実だが、どう考えてもあれは結果的な話であり、あの不良が軽率に逆鱗に触れなければ彼女はあのまま有り金全てを持っていかれていたであろう。


 なんと薄情な、とは思わなくも無いがそれを口に出す事自体流石に格好悪い。往々にしてプライドの低いシャーロットだが、流石にその辺りを履き違えるほど落ちぶれてはいないのである。


……思うのはいいのかって? まあ思うだけならタダだ。


『であるからして、未来の勇者であることを意識しながらぜひとも品格のある行為をして頂きたいものです……それでは、これで私からの話を終わります。生徒諸君は速やかに教室へと向かうように』


 長ったらしい説教のような演説もようやく終わりを迎え、生徒たちは一斉に立ち上がる。ぼーっと少年を見ていたシャーロットはその波に出遅れ、近くにいた他の生徒の足に躓いてしまった。


「あうっ!?」


「……チッ、ノロマが」


 なんと、相手の口から飛び出したのはとても勇者とは思えない暴言であった。相手の容姿がとても不良とは思えない風貌だった分、シャーロットのショックもひとしおである。


(うう……世界がボクに厳しすぎるよう……ボクが一体何したって言うのさ……)


「あの、大丈夫ですか?」


 溢れる人波が避けて通る中、彼女の元に一筋の救いが現れる。


 きらめく銀髪を腰までなびかせ、端正に整った顔を不安げに歪める少女。背後から伸びるキラキラとした太陽光も相まってその様は正に天使、とシャーロットは思った。


「天使だ……」


「え?」


「あっ、いやー何でもないです! ははは……ありがと」


 思わず飛び出た本音を慌てて誤魔化し、少女の手を借りて立ち上がる。


(あ、柔らかい……しかもめっちゃいい匂いするし可愛いし、何だこの子神か? 今から信徒増やそうとでもしてるのか? ちくしょう、あったかいなぁ……)


 全く凝りもしない思考回路である。とはいえ、もとより不幸の多い身。何気ない人の優しさがそれはもう心に染み渡るのであろう。


「ケガはないですか? 結構派手に転んでいらしたので、膝のあたりとか痛みが残っているのでは……」


「いやー大丈夫大丈夫。普段からこんなんばっかだし、体の頑丈さにはそこそこ自身があるから。はは……」


「そうですか? ケガが無いのなら良いのですが……では、ゆっくりと教室に向かいながらお互いの自己紹介と参りましょう。丁度クラスも同じようですし」


「え? あ、ホントだ。奇遇だ……っと、奇遇、ですね……?」


「ふふ、敬語は結構ですよ」


 シャーロットが少女の胸元のブローチに目をやると、確かにそこには彼女と同じスペードのブローチがつけられている。


 この勇者学院においては上は三学年、横は四クラスまであり、それぞれブローチの色と形で区別がつけられるのである。


 一学年は黒。二学年は赤。三学年は白。それぞれ一クラスがスペード、ニクラスがダイヤ、三クラスがハート、四クラスがクラブとなっており、年度ごとに対応したブローチが配られる。これを見れば誰がどのクラスに属しているか一発でわかるのだ。


 彼女たちは当然新入生であるため、黒色のスペード。曇り一つない輝きが紺色の制服によく映えている。実際、なかなかに高品質の宝石が使われている為当然ではあるのだが。


「よ、よかった……敬語得意じゃなくってさ。ボクの名前はシャーロット・エレイン。趣味は勇者の伝記を読むことで、特技は……うん、特に思いつかないような凡人だよ。トホホ……」


「……ふふっ。シャーロットさんって面白い方なんですね?」


(び、美少女に笑われた!?)


 可愛いと喜べばいいのか、はたまた馬鹿にされたとキレるべきなのか。どうすべきか迷った結果、シャーロットはフヒッと気持ちの悪い笑みを浮かべるに留まった。


「私の名前はフリアエと言います。家の事情で家名は出せませんが、どうか仲良くしてください。あとは、そうですね……回復魔法は得意なので、じゃんじゃん頼ってくれていいですよ!」


(あ、結構深入りしちゃいけない事情があるタイプの子だこの子)


 家名を言えないというのは余程身分を隠さねばいけない立場であるということ。何か過去にやらかしているか、表に出せないほど高貴か。一つだけ言えるのは、最悪の場合にしても最高の場合にしてもシャーロットは何か厄介ごとに巻き込まれてしまうであろうという予言だけである。


 早速友達作りから失敗したかも、と軽く眩暈がしたシャーロットだったが、教室に向かう間彼女と話を交わしている内にそんな気持ちは何処へやら。


(あれ? この子顔面偏差値カンストしてる上に優しくて、更に言動まで可愛いとか完全無欠か? この世の圧倒的格差を感じるんですけど!? はー無理、むりむりむりのかたつむりだよぅ!)


 どうやらすっかり彼女の虜となってしまったようである。げに恐ろしきはフリアエの魅力か、それともシャーロットの単純さか。


 そうこうしている内に教室へと着いた彼女達。既に結構な人数が教室にはいたが、それぞれ思い思いの相手と会話したりと親交を深めつつあるようだ。


「私達の席は……あ、ちょっと離れちゃってるみたいですね。あはは、少し寂しいですけど、また放課後に」


「え、あ、うん。また……」


(うわ、終わった。既に結構グループ出来てるところに今更飛び込めねぇよ……あーボクの学生生活お先真っ暗! 優しい陽キャが話しかけてくれるか同じ陰キャ見つけるまでどうしようもないよぅ)


 因みにどちらの選択肢が現れたところで、「あっす……しゃっす……」くらいの反応を返すのが関の山だろう。友人というものを長らく作れなかった者の悲しい現実である。


 肩を落としながら自分の席に向かうシャーロット。彼女にとってのささやかな幸運は、窓際最後列という一番居心地の良い席だという事だろう。


 大人しく自分の席に着き、不貞寝を決め込もうとする。しかし、そんな安息の時間も長くは続かなかった。


 ガラリと再び教室のドアが開く。そこから一人の少年が姿を現した瞬間、教室の空気が一変した。


「お、おいあれ……」


「まさかあの子が学院長肝入りの……?」


「おいおい、完全に不良じゃないか……!」


(あ、け、今朝の……!)


 噂話の海を抜け、威風堂々と教室を突き進む少年。視線を集めていることには気づいているだろうが、そんなことは気にも留めず自らの椅子へ、どっかと腰を下ろした。


 ──そう、なんとシャーロットのすぐ隣へ。


(えええええええええ無理無理無理無理無理!!?)



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