勇者学院の異端者(ヘレシー)~魔法なんて必要ねぇんだよ!~

初柴シュリ

1.最悪の出会い




 ──かつて世界には魔王が存在していた。


 強大な力で世界を支配する魔王。しかし、それに抗おうとする人もまた存在していた。人々はそんな彼らの事を勇者と呼び、魔王に抵抗するための旗印とした。


 争いの結末がどうなったか、というのは人々にこの歴史が語り継がれている時点で明白だろう。どのような経緯があったかは知らないが、とにかく勇者達は勝ったのである。


 ──そして、月日は流れ数百年。そんな過去の出来事を実感した人々は皆寿命を迎えてしまったが、勇者というシステム自体は無くならずに存在していた。


 人々を様々な脅威から守り、その対価を国から受け取る『勇者』。今や勇者とは空想上の存在ではなく、まさに憧れとして華々しく輝いているのである!



◇◇◇



「──二度は言わねぇぞ? ほれ、さっさと出すもん出しなよ」


 少女、シャーロット・エレインは目の前で起こっている出来事に思わず頭を抱えたくなった。


 生まれてこの方、彼女には不幸ばかりが付いて回る。不幸と言っても大したものでは無いが、例えばどこかに出かければ三回に一回の割合で鳥のフンを落とされるだとか、五回に一回の割合で財布を無くすだとか、そんなしょっぱい程度のものでしかないが、これでも当人にしてみれば結構嫌な物である。


 そして今日。念願であった勇者育成を目的とする勇者学院においての入学式の日。珍しく寝坊もせず、朝から鳥に付きまとわれる事も無かった為、何となく気分がよくなっていつもと違う道なんかを歩んでみようと思った……そう、これが全ての間違いであるとは露とも思わず。


「おいおい、そんな泣きそうな顔すんなって! ただ俺達はちょーっと新入生に礼儀ってもんを教えてやってるだけでなぁ」


「そうそう! 金もほら、上納金? みたいな? これから平和に学院生活送らせてやるから、その分の見返りってやつが必要だよなぁ?」


(ひ、酷いカツアゲの言い訳だ……)


 そう、路地裏なんかを探検と称して歩いてしまったのがすべての間違い。ここぞとばかりに新入生を待ち構えていたあくどい不良達に、彼女は抵抗虚しく絡まれてしまったのである。


 ひぇ~などと心の中で呟いたところで何が変わる訳でもなく。寧ろじりじりと距離を詰められることで少しずつ状況は悪くなっている様な気がしてきた。


「え、えっと……すいません、ボクはあんまりお金持ってないので……別の道通りますね……」


「おっと、こっちも通行止めだぞ?」


 急いで踵を返そうとするも時すでに遅し。回り込んでいた不良に道を塞がれ、いよいよこれで彼女は進退窮まった訳だ。


 だが、彼女とてカツアゲに絡まれるのは一度や二度ではない。こういった手合いには、さっさと金を渡して去った方が手早いというのも経験則である。寧ろ下手に抵抗して犯されたりする方が嫌だ。いかにシャーロットとて、そこは譲れないのである。


「ほ、ほんとにお金なくて……これくらいしか……」


 やれやれと仕方なく(実際は涙目であったが)財布を差し出す。不良がひったくるようにして受け取り、無遠慮に中身を確認する。


「えーっと……百、二十イェーンの小銭と……札はゼロ……テメェ全然持ってねぇじゃねぇか!」


「うひぃ!? だから言ったじゃないですかー!!」


 響く怒号に頭を抱える少女。怒りのあまり吹っ切れたのか、不良は今にも手を出してしまいそうな剣幕である。


 と、そんな時だった。


「……あ? オイお前、ちょっと待てや」


 いざこざの中、彼らの横を通り過ぎようとした一人の少年。一人の不良が荒々しく彼を呼び止めると、少年は大人しく立ち止まった。


(う、うわー……この人も怖……もう完全に不良の仲間じゃん)


 手にした本をパタリと閉じると、興味なさげに首を傾げる。学生服の前を完全に開け、自己流に着崩している様からは全くと言っていい程勤勉なイメージを持てない。寧ろシャーロットの思ったように、不良の印象の方が強いだろう。


 そして何より目を引くのが……その開いた学生服から覗くシャツである。


 一体何の生物なのかと聞かれれば、「なんだろう?」と答える事しか出来ないであろう名状しがたいマスコットが中央にあしらわれたシャツ。本人の相貌の悪さが絶妙にミスマッチであり、それがどこかシュールな笑いを誘ってくる。端的に言ってしまえば「似合って無い」。


 それでもこのシリアスな状況で笑う気にはなれず、なんだったらついでに助けて欲しいと儚い願いを託してはみたが、シャーロットの視線は届くことなく彼は素知らぬ顔で不良達と相対する。


「お前も勇者学院の新入生だよなぁ? その面見た事ねぇけど」


「……ああ、はい。そうっスけど」


 意外にも彼の口から飛び出たのは敬語だった。言葉遣いこそぶっきらぼうだが、それでもある程度の礼儀はくらいはあるようだ。


 とはいえ、それが不良達に受け入れられるかは別問題。舐められることに過剰反応しがちな彼らは、この程度の言葉遣いだろうと問答無用でキレだすのである。


「な~んか生意気だよなぁ~? ん? 新入生だってんなら、上級生たる俺達にもうちょっと『礼儀』ってもんが必要じゃぁ無いのか~?」


「そうそう、ついでに『誠意』もなぁ? 俺達最近、ちょーっとお金に困っててさぁ?」


 疑問詞ばかりの頭悪そうな言葉を吐きながら少年へと近付いていく不良達。最早近すぎてキスすら出来そうだ……想像したら若干気持ち悪くなってしまったが、これは間違いなくシャーロットの自己責任である。


「……いや、俺も金無いんでそういうのは無理っス。そんじゃ」


「おいおいおいおい! そういう勝手な事されると困るんだよねぇ~。君にはまだ話があるんだって……さ!」


 何喰わぬ顔で横をすり抜けようとした少年を慌てて引き留めようと、頭部をモヒカン状にした不良の一人が彼の胸倉をむんずとつかみ上げた。お世辞にもかわいいとは言えないキャラクターの顔がぐにゃりと歪む。


(あらら、あれは後でシワになるだろうなぁ……折角素材は良さそうな服なのに勿体ない)


 貧乏性を発揮して余計な心配をするシャーロット。だが、異変が起きたのはその直後だった。


「……じゃねぇ」


「あん?」


 怠そうに半分だけ見開かれていた目が、俯いたせいか影に掛かって見えなくなる。よく聞こうと更にモヒカン頭が顔を近づけた。


 そう、これが全ての間違いだとは露とも思わず。


「オレの服に気安く触ってんじゃぁねぇぞこのスカタンがぁーーー!!!」


「ぷげぇっ!?」


 鋭く突き込まれるアッパー。白い破片と赤い液体を撒き散らしながら、モヒカン頭は勢いよく倒れ込んだ。


「テメェこの服の価値分かってんのかぁ〜!? その汚ねぇイチモツ触った後の手で軽々しく触れて、少しでも汚れたらどうなるか分かってんだろうなぁ!? ああ、なんか言ってみろよコラーー!!」


「そ、そんなことひてな……」


「口答えしてんじゃぁねぇ!」


 正に理不尽! 激昂した少年は止まることなく、その右脚を思い切りモヒカン頭へと叩き付ける。完全に白目を剥いて男がノックアウトしてしまった頃に、ようやく他の不良達は動き出した。


「てっ、テメェ! 俺たちにこんな事して、どうなるか分かってんだろうなぁ!?」


「魔法の使用は市街地じゃ禁止されてるけどよぉ……お前から手を出してきたってんなら別なんだぜぇ!?」


(げ、魔法!? そういえば勇者学院じゃそんな事も学ぶんだった……!!)


 魔法。それはこの世の理を操る術であり、詠唱をトリガーとして様々な現象を引き起こせる能力でもある。


 神話の大戦を勝ち抜いた人間が得た力であり、今となっては勇者として活動する上では欠かせない技術として、人とは切っても切れない関係性にある。


 とはいえ、誰も彼も気軽に使えるようなものでは無い。勇者学院といった学び舎で一から十まで使い方を学んで、その上でようやく魔法の世界に入門出来るか出来ないかといったレベルである。酷い場合には、学院を卒業しても魔法を使えないというのだから恐ろしい。


 そして、それだけの労力を掛けた分、魔法はそれに見合った絶大な力を発揮する。例えば人に向かって威力のある魔法を使えば、低級の魔法だろうと再起不能になるほどの大怪我を与えられるだろう。市街地において魔法の使用が禁じられる理由もよく分かるというものだ。


 それを使える不良達も、素行こそ最悪だが間違い無く勇者学院の生徒であるという事だろう。現に少年へと向けられた手には真っ赤な魔法陣が詠唱に従って出現している。


(ちょ、それは流石にヤバイって!)


「キミ、早く逃げ──!!」


「あの世で後悔しな! 『炎よ、燃え盛れファイヤーブレス』!!」


 シャーロットの警告も虚しく、炎の蛇が少年の事を呑み込もうと勢い良く飛び出す。何もしなければ、炎は確実に少年の体を焼き尽くすだろう。それこそ一片も残らず。


 ……そう、の話であるが。


(……あれ? なんかあの人の腕回りに黒いモヤみたいなのが……)


 ──すぅ、


「──オラァ!!」


 気合一閃。少年が思いきり拳を振る。


 それだけ。たったそれだけの行為で、


「……うっそー」


「……な……あ……?」


 まるで蝋燭のように跡形もなく消された炎の魔法。目の前の光景が信じられずパクパクと口を開け閉めする不良達に、少年はポキリと指を鳴らした。


「どうした、もう終わりかよ?」


「……テメェ、一体何しやがった!?」


「ああ? ンなもんオレに聞くんじゃぁねぇよ。なんでも質問すりゃぁ帰ってくるもんじゃねぇんだよ」


 最早完全に戦意を失ってしまった不良達に、少年は好戦的な笑みを浮かべた。


「──そんじゃ、こっからはお仕置きの時間だ。覚悟は出来てんだろうなぁ!?」


「ひ、ひぃ〜〜〜!?」


 ──ドカバキ、ゴシャッッ!!!!!


 気持ちのいい晴天には、暫く殴打の音が鳴り止まなかったという。

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