最終話 恋の予感の日


 ~ 五月一日(金) 恋の予感の日 ~


 ※同気相求どうきそうきゅう

  るいともってこと



 入学式の日。

 学校へ向かう電車の中。


 可愛らしいカバーの携帯で。

 『友達の作り方』

 そんなサイトを見ていた女の子。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そのせいで、気になって気になって。

 辛うじて思い付いたシールのネタで話しかけて。


 お互いに、距離を探り合っていたあの日から。

 もうすぐ一ヶ月。


「……どうなんだ? 一ヶ月経つけど、効果のほどは?」

「どう、なんだろ」


 夕焼け空が目と心に染みる屋上で。

 俺たちは。

 二人だけにしか分からない会話をしていた。


「……まだ、続ける、の?」

「まだって言うか、もうこのままずっとでも構わねえんだが……」

「ん。……私も、おおむね同意」

「悪いな、手間かけて」

「なんの……、こと、かな?」

「今更しらばっくれるな」


 くすりと微笑む舞浜の頬に。

 溶け込むような茜のファンデーション。


 もうじき暗くなろうというのに。

 あったけえ風のおかげで、上着も腕にかけっぱなしだ。


「初夏の風……。深い、緑の風」


 舞浜は、流れる長い髪を軽く押さえながら。


 赤く染まった緑の風を。

 胸いっぱいに吸い込んで。


 まるで、来るべき夏の日を。

 待ちわびているかのようだった。



 ……東京にだって緑はある。

 むしろ、無い物ねだりで至る所に植わってる。


 でも、こうして田舎に住んでみて。

 あれが、ただのまやかしだってことを改めて知ることになった。


 ともすればむせ返るほど圧倒的な風の香り。

 なにか活力のようなものが練りこまれていると。

 そう信じてやまないほどに濃い空気。


 全身で、自然を満喫できる場所。

 夕焼け空の屋上。


 俺たちがいるこの場所は。

 行ってみたいと、パラガスが目を付けて。


 勝手に入っていいのかどうか。

 きけ子が調べてくれた場所。


「……座りしままに食らう徳川」

「くすっ……。二人に、ありがとう、だね」

「ああ。横取りしたようなもんだからな」

 

 舞浜は。

 頭の回転が速い。


 その上。

 推理も正確だ。


 俺の言葉を。

 まるで脈略無く話した言葉を。


 こうして正しく理解してくれる。


 ……そのことを知ったのは。

 入学してすぐ。


 こいつは、俺の思惑を。

 正しく理解してくれたんだ。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 『友達の作り方』


 友達が欲しいのですね。

 気持ちは分かります。


 でも、そう身構えていると。

 誰の目にも見える仮面が顔に張り付くものです。


 そんなお面ちゃんに。

 心を開く方がいるとでも?


 だったらどうすればいいのか。

 上手い方法を教えましょう。


 一番の思いが隠れるほど。

 ある作業に没頭するといいのです。


 その作業とは。




 誰か他の人に。

 友達を作ってあげること。




 紹介してあげたり。

 一緒にお話してみたり。

 みんなで遊びに行ったり。


 そんなことを繰り返しているうちに。

 気づけば、あなたにも。


 友達ができているのです。



 でも。

 万が一、この方法で友達が出来なくても。

 心配することはありません。 


 その時には。


 ずっと友達を紹介し続けていたその人と。

 気付けば友達になっているのですから。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 俺は、あの日。

 『友達の作り方』

 そのサイトを見つめるこいつが。

 気になって仕方なかった。


 だって。


「……私、お役に立てた?」

「改めて礼を言うのも恥ずかしいが、まあ、その、ありがとうな」

「ううん? だって、ウィンウィン」


 そうだよな。

 お嬢様然としたそのルックス。


 絶対お前。

 友達欲しいんじゃねえかって思ってたんだ。


「ウィンウィンか。そう言ってもらえたら助かる」

「ホント、よ? 私もお友達欲しかった。……だから、教わったサイト、見たの」

「教えたわけじゃねえ! お前が覗き込んでるのに気付いて慌てて消したろが!」

「でも、すぐ同じサイト、見つけた」


 

 俺の携帯を覗いてた女が。

 その直後、可愛らしいカバーの携帯に。

 表示させたサイトは。



 さっきまで俺が見てた。

 『友達の作り方』



 そりゃあ目ぇ奪われるさ。

 気になって気になって仕方なくなるさ。



 友達が欲しい。

 そんなことを考える俺を。

 バカにする気で確認したにちげえねえ。


 万が一。

 同じクラスになったりしたら大変だ。


 びくびくしながら後を追ってみれば。

 同じ学校だわ。

 掲示板の同じ辺りを見上げてやがるわ。

 入学式で隣に座るわ。

 さらには席が隣とか。


 そりゃあ。

 気にしねえ方がどうかしてるっての。



 ……でも。



 わざと俺に見えるように。

 何度も同じサイトを携帯に表示させてくれたから。


 それが『サイン』だってことが。

 俺には分かったんだ。


「わりいな。お前を利用しちまって」


 東京から出て来たばかりなこの俺の。

 友達作りてえって気持ちを助けてくれて。

 なすがままに友達紹介させてくれて。


「だから……、ウィンウィン、だよ?」


 サイトに書かれていた通り。

 舞浜に紹介して。

 友達になってくれた連中。


 みんなは舞浜の友達と明言しながら。

 俺にも気軽に話しかけてくる。


 友達の定義なんて分かんねえけど。

 でも、あいつらはみんな。

 俺とも友達なんだと思う。


「しかもお前。あれ」

「あれって?」

「俺にいつまでも友達出来ねえって思ってたからやったんだろ」


 『友達の作り方』

 そこに書かれた最後の文章の通り。


 あのサイトとお前を信じ続けてた俺のために。

 友達になる。

 そう、言ってくれたんだよな。


 どうにも。

 底抜けに親切な奴だよ、お前は。



 ――茜の空に目を向けながら。

 俺は、隣に立った女の子に心で頭を下げる。


 常識知らずで。

 世間知らずで。

 実験大好きで。

 体験授業大好きで。

 臆病で。

 絶世の美人で。


 そして。


 誰にでも心底優しい。

 舞浜秋乃。


 俺は、お前と……。



「これからも、友達作らせてくれ」

「……授業中に私を笑わせるのもその一環?」

「そう。ぜってえそれが近道だと思うんだけど。…………なんだそのしかめっ面」


 そこは信じろって。

 お前はみんなとの距離を縮めた方がいい。


「あ、そうか。お前もそう思って俺を笑わせてたのか?」

「何のこと?」

「俺は、お前がゲタゲタ笑えば、もっとみんなと打ち解けるから友達一杯できるだろうって思って面白いことやってたんだが。お前もそう思ってたのか?」

「私は、保坂君が立たされキャラになれば人気が出るだろうって思ったから笑わせてた」

「ぜんぜんちげえ!!!」


 ウソだろおい!

 そんな形で友達出来ても嬉しかねえぞ!


 唖然としながら見つめたその先で。

 こいつはいつもの薄い微笑。


 ……いや。

 その仮面の下。


 俺には見えるぞ?

 なんだその嫌味なニヤニヤ顔は!



 厄介な連中ばかりのこのクラス。

 そん中でも。

 飛び切り厄介な女だな、お前。


 でも、まあ。

 出会ったその日に弱みを共有し合った。

 俺たちなら気兼ねもねえよな。


「……まあいいや。じゃあ、改めて」

「ん?」

「これからも、友達でいてください」



 ちょっぴり不意をうった言葉のせいか。

 それとも西日のせいだろうか。


 舞浜は、白い頬を赤くさせながら。


 いつもの仮面じゃなくて。



 心から。



 にっこり笑ってくれたんだ。





 

 秋乃は立哉を笑わせたい 第1笑 これにておしま……?






「でも……、やっぱり、保坂君とは、ちょっと……」


 え。


 お前今、なんつった?


「笑いのセンスが、ちょっとお粗末だから……」



 があああああああん!!!



 ……顎がヘソまで落ちたのでは?

 そう思う程に口をあんぐり。


 呆然自失。

 完全に生命活動を停止させた俺の耳に。



「ウソぴよ♪」



 魔法の言葉をかけた舞浜が。

 てへっと舌を出して。

 スカートを翻す。



 ……そんな姿を見せられた俺は。

 天使なんだか悪魔なんだか分からん女が。

 屋上の扉からその姿を消しても。


 もう日は落ちたってのに。

 夕日のせいで顔を赤くさせながら。


 ずっと。


 直立不動のままになっちまったのさ。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第1笑

 =友達になろう編=



 おしまい♪


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秋乃は立哉を笑わせたい 第1笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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