図書館記念日


 ~ 四月三十日(木) 図書館記念日 ~


 ※孤陋寡聞ころうかぶん

  偏った知識ばっかの常識知らず。誰とは言うまい



 入学式の日。

 学校へ向かう電車の中。


 可愛らしいカバーの携帯に目を奪われて。

 気になっちまった女の子。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 初めて会ったあの日から。

 もうすぐ一ヶ月。


 俺は未だに。

 小さな願い事一つ。


 叶えられずにいた。



~´∀`~´∀`~´∀`~



「隣のクラスの沢井君」

「ま、舞浜さん! 初めましてっす!」

「は、初めまして……、っす?」

「すを合わせんなっての、土佐酢か。沢井君、お前と友達になりてえんだってさ」


 舞浜にとっちゃ。

 何より一番うれしい言葉。


 わたわた慌てて。

 必要以上に緊張して。


 そしていつもの微笑を。

 ……面倒な仮面を。

 顔に張り付けた。


 昼休みの廊下。

 そんな場所でのこの会話。

 必然的に、人目が集まる。


 そのせいで。

 こいつはいつもより一層。

 仮面を深くに被ってやがる。


 しかも、その仮面を外す気にさせるどころか。

 沢井君の一言が、さらにダメを押す。

 

「俺、化学部に入ったんだけど。舞浜さんの噂聞いて、勧誘に来たっす」


 これはない。

 友達ってのが手段なのやら目的なのやら。


 どっちにしたって。

 そこはかとなく腹黒さを感じちまう。


 だからだろうな。

 舞浜は、仮面を片時も離さないまま。


「化学部……、ね。考えとく」


 そう呟くなり。

 沢井君の返事も聞かずにそそくさと図書室の中に逃げ込んじまった。


「……いや、お前。友達と部活とごっちゃに誘うなよ」

「確かに! まずかったっすかねえ……」

「言う程怒ってるわけじゃねえと思うからさ。しばらくしたら、また誘ってみろよ。但し、どっちかひとつでな」

「ああ、分かったっす! また化学部に誘ってみるっす!」


 そんな沢井君に手を振って別れを告げて。

 お嬢様が逃げ出した先に目を向けてみれば。


「…………いいって」


 図書室の。

 扉の影。


 白い両手をおでこの前にぴったり合わせて。

 首を縦に何度も振って謝ってるヤツがいた。


「画面が横向きになりっ放しの携帯か」

「ご、ごめん……、ね?」

「だからいいって、謝んな。……どっちの意味でも」


 ああ、そうだ。

 俺とお前にしか分からん話だが。


 どっちの意味でも、今回のはねえ。


 それに、元をただせば。

 俺があいつを連れてきたせいだし。


 だが、そう説明したところで。

 生真面目な舞浜が納得するはずねえか。


 ……しゃあねえな。


「だったら詫び代わりにさ、オススメの絵本見せてくれ」

「……私が書いた絵本?」

「そうじゃねえ。またキュンって気絶させる気か。ここにあるヤツで」

「ど、どんな感じが……、いい?」

「そうだな……」

「ゴホン!」


 おっと、入り口のそばとは言え。

 ちょっと無神経だったかな。


 ゴホンと一つ咳払い。

 それに続く、図書委員の先輩の声。


「図書室では静かに」

「ああ、悪い。……ほれ、舞浜。早く持って来い」


 叱られてるとこにあいつを置いとく訳にいかんからな。

 俺は、舞浜を遠くに逃がした後。

 先輩にもう一度謝罪して。


 目の前の、空いてた席に腰かけた。



 ――しかし、うちの図書館の作りの酷さな。

 入り口から直でテーブル席って。

 これじゃ落ち着いて勉強できねえじゃねえか。


 昨日も感じた、勉強に対する意識の低さ。

 そんなものを思い出していたところへ。


「お、お待たせ……」


 舞浜が持って来たオススメは。



 ……この前。

 二人で隠れた移動式の階段とか。



「うはははははははははははは!!! 知識じゃなくて体力付けろってか?」

「ごほん!」

「わ、悪い……、ククッ! ほんと、気いつけるから……、ウクククッ!」


 さすがにこれは世間も許してくれるだろう。

 俺は、舞浜のおでこをぺちんと指で弾く。


「何考えてんだお前は!」

「ち、違う……、よ? あの、人が多いから……」

「ああ、スカートじゃ取れねえのか。でも、そうだったらこれ持って来る必要ねえだろ」

「だって……」

「だって?」

「笑うかなって……」

「やっぱそれが目的じゃねえかこの野郎!」

「ごほん!」


 うわ、やべえって。

 次やったらさすがに追い出される。


 舞浜と俺は同時にシーっとかやった後。

 絵本のある棚へ、階段ごと移動した。


「……んとにてめえは……。そういやお前、絵本以外はどんなの読むんだ?」


 棚の最上段。

 舞浜の指差す本を取り出しながら聞いてみると。


「読まない……」

「読め」


 お前、常識ねえんだから。

 そういうとこから学べっての。


「でも、ここに無いような本なら、読む……」

「なんだよ。何読んでんだ?」

「か、化学とか物理とかの専門書……」

「偏ってんな!」


 孤陋寡聞ころうかぶんって言葉はお前のためにある。

 だから紅茶一つ注文できねえヤツになるんだ。


「いいから、無理してでも読め。生活感とか現実感がある小説がいい」


 やけに分厚い絵本を抱えて階段を下りながら話す俺の言葉に。


 こいつは眉根を寄せてるが。


「ぐ、具体的に……、は?」

「そりゃお前次第なんだが。ページをめくる度に、世界が目の前に立体的に浮かび上がるような本にしろ。例えば……」


 テーブルに本を置きながら。

 こいつに向いてそうな本をいくつか考えてたら。


 肩をちょんちょんと突いた舞浜が。

 オススメの絵本をがばっと開くと。



 

 飛び出す絵本だったとさ。



「うはははははははははははは!!!」



 …………これだけ騒いだら

 さすがに無理。

 

 結果、どうなったかと言えば。



「何やってるし?」

「うるせえ。……ここに日付と名前書け」


 俺は放課後の間、ずっと。

 図書室の、返却受付係をやらされた。



 ……椅子くらい寄こせ。


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