タオルの日
~ 四月二十九日(水祝) タオルの日 ~
※
あっちゅう間に時は過ぎ去る
中学は、周りが全員敵って程の進学校。
もちろん土曜も授業があったし。
なんなら、日曜日も学校に行って。
自習することもしょっちゅうだった。
だから。
週に二日も休みがあって。
その上、祝祭日もきっちり休みってことに。
すげえ不安を感じちまう。
「……うちの学校の連中、基本はwebで勉強してるのかな」
いや、昨日調べてみた時に。
大学進学率が滅茶苦茶低いって知ったし。
多分なーんもやってねえんだろな。
こんなペースに乗せられてたら。
学力下がっちまうっての。
……まあ。
そうは言ったものの。
「今日は勉強する気になれん!」
「そだよねだよね! ちょー気持ちい!」
朝の八時に。
ベランダで洗濯もの干し。
湿気を感じるのに爽やかさ満載。
そんな矛盾を体現した風が。
シーツと俺たちの肌を優しく撫でる。
……前に住んでた辺りじゃ。
考えられねえほど大きなベランダ。
張りだした側にも家は建ってなくて。
仕切り線もねえ、だだっ広い駐車場になってやがる。
これで清々しくないわけがねえ。
「マイナスイオンでも入ってんのかな、田舎の風」
「あのねあのね? 凜々花は前のお家よりここのが気に入ってんだ! おにいは?」
「べつに。どっちでも」
「こんなに気持ちいのに?」
「……まあ、そうだな。今はずっとベランダにいたい気分」
「そだよねだよね!」
ベランダの柵に両手で掴まってのけぞって。
体をプランプラン揺らす凜々花の頭がシーツをかすめる。
中二にもなって、ガキそのものだが。
こんだけ背ぇ低いと似合っちまうのが恐ろしい。
「ほれ、ぶらぶらしてねえで。残りも干しちまうぞ」
「おうさちょこざいな! てやんでいまかしとけい!」
凜々花が洗濯かごの前にしゃがみ込んで。
中からタオルを取り出して。
なにやら扇いでいるようだが。
不器用か。
ぱんって鳴らすにゃ。
もっとしゅぱっと振るんだよ。
「しっかし、タオルばっかし大量に洗ったな」
「そだね! ほい、フェイスタオル!」
「ほいほい。……ほれ、干したぞ。次」
「汗拭きタオル」
「ほいほい」
「バスタオル」
「ほいほい」
「花を手折る」
「うはははははははははははは!!!」
仕込んでんじゃねえそんなもん!
ご近所にある花屋で買って来たのか。
その辺でとって来たのか。
名前も知らねえ花を渡された俺は。
大笑いしながら洗濯ばさみに挟んで干した。
「あはは! ドライフラワーになっちゃうよ?」
「なるほどこうするとドライフラワーになるんだな? さすがは凜々花。博識だ」
「えっへん! 凜々花は何でも知ってるからね!」
「じゃあ、丁度自分用に欲しかったから……」
俺はベランダから自分の部屋に入って。
破魔矢を持ってきて花の隣にぶら下げた。
「にゃははははははははははは!!! ドライ『ヤ』ーになったらびっくりだね!」
「なんだよ、お前が教えてくれたんじゃねえか。夜には使いてえんだけど、それまでにドライヤーになるか?」
「そうそう、なるなる! にゃはははは!」
こいつは気持ちよく笑ってくれて嬉しいぜ。
でも、舞浜相手にはこれじゃ足りねえ。
洗濯物を取り込むまでの間に。
こっそり電動ドライバーに変えておくくらいのことしねえと。
あいつの無様な笑い顔なんて。
一生見れやしねえだろ。
どこからか聞こえてくる鳥の声をBGMに。
誰かさんの真似をして。
柵に手をかけて後ろに伸びてみれば。
他の洗濯物を全部干し終えた凜々花が。
お隣りに相似形の三角形を作って。
うみゅうううと、ネコみてえな声を出す。
「ふう! 気持ちいね!」
「……そうだな」
「ねえおにい! 凜々花に舞浜ちゃんのお話して! 昨日聞けなかったから!」
「お前ほんと舞浜の事好きな」
会ったこともねえのに。
やたらと舞浜のことを気に入った凜々花へ。
俺は昨日の横断歩道と。
喫茶店での話をしてやったんだが。
「お年寄りにも優しいなんて! さっすが凜々花の舞浜ちゃんだね!」
「お前のじゃねえけどな」
「ねえねえ、あれなんだっけ! 海苔を前歯にくっ付けた話!」
「ああ、あん時は……」
結局、出会ってから今までの。
リピート放送みてえになっちまって。
気付けば随分長い事。
ベランダで話し込むことになっちまった。
「……もういいだろ? テレビでも見ようぜ」
「え~? もうちょっともうちょっと!」
「もう、ちょっとも残ってねえっての。あいつの話、全話一挙放送だ」
「そっか~! あ~あ。凜々花も、舞浜ちゃんに会いたいなあ……」
そう言えば。
お前、しょっちゅう言ってるもんな。
こんなちんちろりんじゃなく。
綺麗なお姉ちゃんが欲しかったって。
……都度、爆笑しちまうけど。
それを言うならちんちくりんだからな。
「そうだ! 凜々花も舞浜ちゃん見習って、おじいちゃんおばあちゃんに親切にしよ! おにいもだよ?」
「へいへい。今までは面倒としか思わなかったが。……朱に交わればなんとやらってな」
「だねだね! 舞浜ちゃんも、きっとそう思ってるだろし! ウィンウィンってやつ?」
「なに言ってんだ。あいつにメリットねえだろ」
凜々花の奴。
きょとんとしちまったが。
何かあんのか?
あいつにメリット。
「……バカだなあおにいは」
「悪かったな、バカで」
「そだよ。こないだテレビで見た、お箸も使わないでネギでお蕎麦食べてる人みたいにバカ」
「こらあ! 会津若松方面の皆様に大々的に謝れお前は!」
悪気はねえのかもしれねえが。
伝統文化になんてこと言いやがる。
俺から謝罪しとこう。
バカな妹が、ほんとすんません。
それよりも、だ。
「バカバカ言ってねえで教えろよ。あいつに何のメリットあんだよ」
「だっておにいがいなかったら、おねえちゃんは見てただけなんでしょ?」
「ん? ……ああ、まあ、そうなんだが……」
なるほど。
あいつも俺を見て。
これからは積極的に親切にしようと思ったのかもしれねえ。
でも。
こういうのは優しさっていう根本が大事……、おいちょっと待て。
今、なんつった?
「お姉ちゃんんん!?」
「だって凜々花、お姉ちゃん欲しかったんだもん」
「知ってっけど! 誤解招くからやめねえかバカ野郎!」
「バカバカ言わないでよ! バカって言われた方がバカなんだよ?」
「じゃあ合ってんじゃねえかバカ!」
「むう! おにいのバカーーーっ!!!」
何度も𠮟りつけたせいだろう。
凜々花は避けにくい癖のある角度から重たいローをふくらはぎに叩きつけて部屋に戻って行った。
激痛にうずくまる俺だったが。
耳に繰り返されるのはさっきの言葉。
お姉ちゃん。
……まあ、あり得ねえし。
考えたことも無かったが。
もし万が一にでも凜々花がそう呼ぶような関係になった場合は。
場合は。
場合には……。
こうして俺は。
晩飯の準備を親父に命じられるまで。
ベランダにずっと立ちながら。
ぼーっと考え事することになっちまった。
…………え?
「晩飯ぃ!?」
八時間!?
なんだそりゃ!
秋でも冬でもなく。
今は春だけど。
あっという間に時間が過ぎちまいやがった。
……ああ、そうだ。
洗濯物取り込まねえと。
そう思って。
顔を上げたら。
「うはははははははははははは!!!」
破魔矢の代わりに。
お袋のゴルフクラブがぶら下がっていた。
「これはドライバーじゃなくてパターだっての!!!」
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