シニアの日
~ 四月二十八日(火) シニアの日 ~
※
年上と年下の間のルール
立たされてばっかりの俺を。
お前らで注意しろって意味の罰らしい。
うちのクラスだけ。
担任から課題を出されたんだが。
意外なことに。
みんなは文句を言いつつも。
あっけらかんと受け入れてやがった。
これが田舎のスタンダードなのか。
うちのクラスだけ、おおらかなヤツばっかり集まったせいなのか。
よく分からんが。
なんにせよ助かった。
これが東京の。
ギスギスしてた、中三の頃のクラスだったら。
舌打ちの嵐だったにちげえねえ。
……だけど、課題が面倒なことに変わり無し。
しかも提出用の、指定のファイルノートは。
駅向こうにしか売ってねえらしい。
ため息交じりに駅の改札前をスルーして。
初めて学校とは反対の側へ出てみたら。
自分の体より大きな荷物を背負って。
信号のない横断歩道を前に。
足を踏み出せずにいる婆さんの姿。
それと。
そんな婆さんを。
じっと見つめる女がそこにいた。
「お前もファイル買いに来たのか」
俺に声をかけられて。
ビクッと振り向く飴色の髪。
なるほど。
助けてやりてえのに。
ためらってたんだな。
「不器用だな、お前」
俺は、お構いなしに突っ込んでくる車を一台やり過ごしたあと。
横断歩道の真ん中で、両手を広げて仁王立ち。
当然、続く車は速度を落として。
窓からガンガンに響く音楽とそぐわねえ笑顔を浮かべた運転手は。
のんびりと婆さんが渡るのを待ってくれた。
「荷物くらい持ってやれっての」
俺が、反対の車線から来るトラックを止めながら声をかけると。
舞浜は、わたわた慌てながら背負子に手をかけたんだが。
婆さんごと持ち上げんなよ、何やってんだ。
「……もういい。車、止まってくれてっから」
舞浜をどかして。
背負子を引っ張り上げてやりながら。
亀みてえなペースで横断歩道を渡り切る。
だが。
そんな苦労したってのに。
婆さんは礼も言わずにのこのこ行っちまいやがった。
親切にしといてこの仕打ち。
さぞや寂しい顔してんだろ。
心配しながら舞浜を見上げてみれば。
「……お前、すげえな」
いつもの仮面はどこへやら。
婆さんの背中に、控えめに手ぇ振りながら。
すっげえニコニコしてやがる。
大したお嬢様だ。
それに比べて。
俺のちいせえこと。
反省しながら。
隣に立ったお嬢様を褒めてやろうと顔を向ければ。
「……いねえし。何やってんだよ」
こいつ。
いつの間にやら移動して。
喫茶店見て、ぼーっとしてやがる。
「なに。入りてえの?」
「せ、制服じゃ無理よ……、ね?」
「なんでだよ」
わたわた慌てる舞浜を尻目に。
古めかしい扉をカランと鳴らすと。
入り口近くの狭い二人席しか空いてない。
大人っぽいウェイトレスさんに、そう言われた。
「いや、空いてりゃどこでもいい。……ギリ座れてラッキーだったな」
席につきながら。
後ろのお嬢様へ声をかけたんだが。
……こいつ。
俺たちのすぐ後から店に入ろうとしてる爺さん婆さん見たまんま。
まーた固まってやがる。
「お前、ほんとに不器用だな。……先にいいぜ。俺たちは空くまで待ってっから」
爺さん婆さんを先に入れて。
空席待ちのドアの外。
隣じゃ、予想通り。
舞浜がへらへら笑ってやがる。
しかし、田舎の爺さん婆さんはあれか?
礼も言えねえ連中ばっかなのか?
礼も言わねえって程のルールじゃねえだろ。
そんなこと考えてたら。
「や、優しい、ね」
舞浜が。
変なこと言い出しやがった。
「年寄りに親切にしたことか? だったら勘違いだっての。俺一人だったらやんねえよ。お前がしたそうにしてたから、手ぇ貸しただけだっての」
俺の返事に。
こいつはいつもの仮面をそそくさと被る。
距離を感じたのかな。
でも俺は、お前ほど人間が出来てねえ。
朱に交わればって言うが。
お前といたら、俺の色も。
そのうち、ピンクくらいには。
変わるもんなのかな。
……それきり二人して黙ったまんま。
十分くらい待ってたら。
席が空いて。
店の中に通された。
そしたら、なんだよ。
照れてただけかっての。
さっきの爺さん婆さんが。
曲がった腰が、まだ曲がるんかいってほどお辞儀してきやがった。
いいよ、わざわざ席立つんじゃねえ。
スルーしろ、スルー。
でも、居心地は悪いが。
こいつはどうにも。
気持ちのいいもんだ。
……ちょっとは。
年寄りに親切にするのも悪くねえ。
俺は。
席につきながら、舞浜の顔を見る。
さぞ満足げに笑ってんだろ。
そう思っていたんだが……。
「なんだその横に引っ張った美顔マスクみてえな顔」
「な、んでも、ない……、よ?」
なんでもなくねえだろ。
お前、緊張してんの?
喫茶店に?
それとも。
俺と二人でテーブルに着くことに?
…………だとしたらどうしよ。
やべえ。
俺まで緊張してきた。
「ま、まあ、どっちでもいいか。まま、舞浜は、なんにすんだよ」
「ど、どう選ぶの?」
「ちっ。店の方だったか」
残念無念。
だが、そんなことより。
まじかお前。
「どう選ぶって何のことだよ。メニューあんだろが」
「わ、わかんない……、の」
「メニューの選び方が分からねえってどういうことだお前」
世間知らずって言うより。
常識知らず。
どうやって生きて来たんだこいつ。
「しょうがねえな、俺が注文してやる。紅茶とコーヒー、どっち?」
「こ、紅茶……」
やれやれ、面倒窮まりねえ。
だが、俺が注文するって聞いたら。
ほっと肩の力抜いてやがる。
……これは。
チャンス到来。
今日は二敗してるからな。
ここでリベンジだ!
「店員さん。紅茶、ホットで二つ」
俺の注文からほどなくして。
トレーを持った店員さんがやってきた。
昔、凜々花に使った手。
あいつが大爆笑して。
店を追い出されたほどの自信作。
さあ、こいつを食らって。
無様に笑いやがれ!
テーブルに紅茶が置かれる。
一つは、ニヤニヤを隠しきれない俺の前。
一つは、嬉しそうにはにかむ舞浜の前。
このタイミングで、俺は。
店員さんに声をかけた。
「違う違う。俺が二つ」
えっ!? と、手を止めた店員さん。
その向こうで、舞浜が腹を抱えて……。
いや。
笑いもしねえでわたわたしてやがる。
お前が笑わねえとオチがつかねえだろが。
「え、ええと、ミルクとお砂糖お使いになりますか?」
「お、おう。どっちもくれ」
「それでは、お客様は?」
「わ、私は……」
慌ててメニュー広げながら。
ちらちらこっち見んな。
笑わなかったてめえは水でも飲んでろ。
憮然とする俺の前に。
ミルクと砂糖が置かれたところで。
「私は、これを……」
舞浜は。
そのミルクと砂糖を。
全部取っていきやがった。
「うはははははははははははは!!!」
いつまでも笑いが止まらねえ俺のせいで。
店から追い出された。
……いや。
てめえのせいだ。
だから、そんなしょげたって。
知らねえっての。
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