エリリアーナの両親はクズだった

「着いたよ。ここが俺達の家」

「‥‥‥なんというか、趣がありますね」

「正直にボロ臭いって言えばいいのに」

「そ、そんな事!」


 別に遠慮しなくてもいいのに。

 俺は全然気にしないし、俺以外の家族も気にしていないはずだ。

 ただ彼女は元貴族。

 こんな木造で出来た、所々朽ちている家なんて住みたくないだろう。

 まぁそれでも慣れてもらうしかないんだけど。


「あれユウ?あなた食料調達に行ったんじゃないの?」


 とエリリアーナと会話していると、家の窓から掃除をしている母さんと目が合った。

 

「それにその子は‥‥‥」


 母さんは俺の隣にいるエリリアーナを訝しげに見る。

 

「道中偶々会ったんだ。行く当てがないらしいから一時家で預かろうと思って」

「そう‥‥‥お嬢ちゃん、お名前はなんていうのかしら?」

「ま、マルタ・エリリアーナと申します!」


 エリリアーナは俺以外の人物に会って緊張しているのか声が上ずっていた。

 というか本名全部言っちゃたよこの子。

 敢えてエリリアーナの所在を濁したっていうのにこれでは本末転倒だ。

 

 平民には苗字が無い―――。


 原則俺達平民は苗字が当てられていないので、本名を言えばそれが貴族なのかあるいは平民なのかはすぐに分かる。

 貴族に対して平民が媚びへつらうは当たり前。

 それがこの世界の常識だ。

 貴族と平民には、同じ人間ながらその間には計り知れない圧倒的力の差がある。

 経済力、財力、統率力、軍事力。

 全てにおいて平民は弱者なのだ。

 だから母さんはエリリアーナが本名を言った際瞬時に顔を青褪め、腰を綺麗に90度折った。


「も、申し訳ありませんっ、かのマルタ・ケルンド様のご息女様だとはつゆ知らず無礼な口答えを―――」


 これ俺もさっきやったなぁ。


「顔を上げてください!私は既に没落した身。当てもなく、盗賊に襲われた私を救ってくれたのがユウさんだったのです。命の恩人の家族である方にそのような口調で話されるのは辛いのです‥‥‥」


 エリリアーナが言い切ると、母さんがギョッと目を見開いて俺をジッと見つめてきた。

 お前マジ?って顔してる。

 

「母さん、エリリアーナもそう言ってる事だから、いいんじゃないか?」

「そ、そうね‥‥‥」


 母さんはまだ信じ切れていないのか言葉の切れが悪い。

 確かにいきなりこんな重大なことを信じろというのが無理な話である。

 俺も未だに信じ切れていない部分もあるし。


「じゃあ、エリリアーナちゃん、と呼ばして貰うわね」

「はい、よろしくお願いします」

「うぅ‥‥‥」


 母さんは元貴族と言えど、エリリアーナが敬語で話し、自分がタメ口で話すという状況に違和感を感じているようだ。

 この先お咎めを享けたらどうしようとか考えているだろう。

 

 話し合いがひと段落すると俺らは慣れ親しんだ家に入った。

 そして家には勿論あの子が居るわけで―――、


「にいちゃ!」


 リンは俺を視界に収めると瞬時に座っていた椅子から降り、一目散に胸に飛び込んできた。


「あの、その子は‥‥‥?」

「ああ、妹のリンだ。今年で5歳になったばかり」

「ユウさん妹さんが居たんですね」


 エリリアーナは不思議そうに言った。


「意外だったか?」

「はい、雰囲気的に一人っ子かと思ってました」

「エリリアーナは兄弟姉妹いるのか?」

「‥‥‥いえ私は一人でした」


 エリリアーナは俺の問いに一瞬顔を曇らせた。

 そんな露骨な反応されると気になって仕方が無いが聞くのは野暮ってもんだ。

 貴族様にも色々とあるのだろう。 


「にいちゃ!キャンディー!」


 リンが一際大きな声を出したかと思うと、それはリンが大好きなお菓子だった。

 隣町まで食料を調達しに行くついでに買って帰る約束だったのだが、一旦家に帰って来てしまったので手持ちは何もない。

 

「ごめんなリン、兄ちゃんもう一回行かないと」


 案の定、リンは駄々を捏ね始めるのだった。



 ◇


 時間は過ぎて夜の9時。

 エリリアーナを家に連れてきたこともあり、食料調達は明日行くことになった。

 隣町まで往復で1日はかかるので明日の早朝に家を出よう。

 

「‥‥‥話は大体分かった。それで、エリリアーナちゃん。君は何故森の中で一人だったんだい?」

「っ‥‥」


 夕食にしては遅すぎる気もするが、父さんが帰ってくるのがいつもこの時間帯なので仕方がない。

 食卓には俺、母さん、父さん、そしてエリリアーナが座っていた。

 リンは先程寝かしつけたばっかりだ。


「あなた。野暮な事聞くものじゃありませんよ」


 エリリアーナの素性を調べ上げようと考えている父さんに向かって母さんが咎めた。

 一通り父さんにエリリアーナとの出会いから今までの経緯を話し終わると、父さんは急に眉間に皺をよせ、顎を手に乗せ思案顔になった。


「あぁそれは分かっているが、マルタ様が没落など到底信じられなくてな‥‥‥」


 父さんがエリリアーナの父の名前を言うと、彼女の肩はぴくッと震えた。


「‥‥‥お父様とお母様は、罪を犯したのです」


 すると、先程から黙っていたエリリアーナが遂に言葉を発した。


「罪?」

「‥‥‥はい。私が聞かされたのは、お父様とお母様が財の横領を行っていた、という内容でした」

「「っ!?」」


 ‥‥‥マジか。


「私も、つい朝方まで全く気づけませんでした。まさかお父様とお母様がそんな大罪を犯しているとは‥‥‥」


 エリリアーナは段々と声を震わせ、遂には雀の涙ほどの声しか聞こえなくなっていた。


「‥‥‥ありがとうエリリアーナちゃん。辛い事を思い出させてしまったね、すまない」


 だがそうなると、今エリリアーナがここにいる事自体おかしくなる。

 貴族社会の犯罪はその罪の大きさや小ささ関係なく、罪を犯した時点で、その罪が暴露した時点で死刑は確定らしい。

 父と母は既に捕まったのだとしたら、エリリアーナも捕まっていないとおかしいのだ。

 その疑問は父さんと母さんも同じなようで、顔にクエスチョンマークを浮かべている。

 ただそれはデリケートな部類の疑問なので、面と向かって「なんであなたは生き延びているの?」とかメンタルが強い人じゃないと聞けないだろう。


「‥‥‥何故私は逃げきれたか?そうお思いですか?」

「い、いや‥‥‥」

「いいのです。私も不思議に思っているのですから」


 エリリアーナは悲しそうな目で応えた。


「結論から言いますと、お父様とお母様は逃亡したのです」

「なっ」

「私を使用人に預け、2人で闇夜に消えました」


 想像の遥か上を行くエリリアーナの状況にあんぐりと口が開いて塞がらない。


「今、お父様とお母様がどこにいるのか、もう既に捕まったのか、私には知る由もありません‥‥‥」


 ポタポタと彼女の手に雫が落ちる。

 俯いているエリリアーナは、肩を震わせ泣いていた。

 それもそうだろう。

 信じている両親に裏切られ、そして捨てられ、遂には逃げた先で犯されそうになる。

 何をどうしたらこんな短いスパンでそこまで濃い時間を過ごせるのか。

 エリリアーナにとっては、地獄の様な日々だったろうけど‥‥‥。


「あなた」


 母さんは強い決意を宿した瞳で父さんを見つめる。

 

「‥‥‥あぁ。分かってる」


 父さんも決意したようだ。




「エリリアーナちゃん、私達の家族にならないか?」



 

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奴隷堕ちしたけど昔救った少女に助けられた ~知らない間にみんな最強になったようです~ 最東 シカル @sisin1017

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