救った少女は没落貴族の令嬢らしい
「聞いてる‥‥‥?」
俺は地面にぐったりと仰向けに倒れ、虚空を焦点の合っていない瞳で見つめる少女に声を掛けた。
少女は先程まで男共にあちこちを触られていたせいか真っ白な肌に薄汚い土汚れを付着させている。
見てるだけで痛々しいその姿に俺はぐっと拳に力を込めた。
「‥‥‥本当にごめん。君が襲われているのは分かっていたけど、俺はそれを見る事しか出来なかった。この男共が油断する隙きを見計らっていたとはいえ、君をこんな姿になるまで放置していたのは俺の責任だ」
「‥‥‥」
「これ、よかったら着て」
ほぼ全裸に等しい格好をしている少女の肩に手を回してゆっくりと上体だけ起こし、そっと今日偶々着ていたお気に入りのコートを被せた。
だらんとぶら下がっている少女の腕を袖に通すのは思いの外大変だった。
「よし、これで大丈夫」
少女とは余り体格差は無い様に思えたが、実際にコートを着させると少しだけブカブカに見える。
「‥‥‥」
ふと視線を感じると、コートに身を包んだ少女が何を考えているのか分からない瞳でジッとこちらを見つめている事に気が付いた。
「大丈―――」
「あなたは、誰、ですか」
大丈夫?
そんな当たり障りの無い言葉を投げかけようとした矢先、少女は自らの腕を力強く掻き寄せ、虚無の表情から一転、怯えた表情へと一瞬で変えた。
‥‥‥何が大丈夫だ。彼女が大丈夫じゃないことぐらい、分かり切っている癖に。
適当な事しか言えない自分に嫌気が指す。
「あ、あぁ、俺はユウ。偶々君が襲われている所を見つけたんだ」
その直後だった。
「ひ、ひぃ!やめて!助けて!」
「っ‥‥‥!?」
少女は突然その場で蹲り、悲痛の叫びを放った。
恐らく先程まで男に襲われていた事を思い出したのだろう。
痛いくらいに両手を頭へ力を込めた少女の姿はあまりにも痛々しい。
カタカタと震えた体は彼女の心情をそのまま表しているかのようだ。
「大丈夫!もう大丈夫!!君を襲った男はもういない!!安心して!」
俺は瞬時に少女の怯えた体を思いっきり抱き寄せ、男共は既に消えた事を伝えた。
しかし――、
「助けて!!いやぁ!!もういゃぁ‥‥」
少女は恐怖による発作状態で冷静な判断が出来なくなっていた。
腕の中で泣き喚く少女。
埒が明かないと思った俺は、もしもの緊急事態の時の為にとっておいたある裏技を使うことにした。
「くそっ‥‥仕方ない」
正直自分以外に効果があるかは分からないけどやってみるしかない!
「いやぁ!!ママ!!パパ!!助け―――」
「――――《
手の平を少女の胸へ向け、俺はスキルを使用した。
「っ‥‥‥!」
手の平から鎖の様な光の文様が幾つも浮かび上がり、少女の胸をスルリと通り抜け入る。
少女は突然光輝いた自分の胸に驚き一瞬悲鳴を止めた。
よし!俺のスキルは他人にも通用する様だ。
「な、なに、これ‥‥」
俺の手の平から自らの胸へ入り込んでいく光に、少女は啞然としている。
「安心して。それは君を護る為の光だ」
「私を、守る‥‥?」
「ああ。だからもう、大丈夫」
ゆっくりと少女の髪を撫でながら、耳元で言い聞かせる様につぶやいた。
「わたしは、だいじょうぶ‥‥‥」
少女の表情は段々と安らぎを帯びたものに変化していく。
これは勿論さっき俺が使ったスキルのお陰だ。
ただスキルといってもそんなに大した能力ではない。
効果は゛心の負担を軽減してくれる゛。
たったそれだけだ。
これだけと決まった訳ではないけど、俺が使って見る限りこれ以上の効果はない。
体力が無くなったとき。
挫けそうになった時。
ストレスが溜まった時。
シュチュエーション的には、辛い時に役立ってくれるもの。
それがスキル――――【鋼の心】。
俺のたった一つのスキルだ。
「暖かい‥‥‥」
少女は自らの胸に手を当て、慎ましく微笑んだ。
その表情を見るに、もう落ち着いてくれたのだろう。
はぁ、良かった‥‥‥。一時はどうなる事やらと思っていたが、無事スキルが効いてくれたみたいだ。
「もう大丈夫か?」
「‥‥‥はい。ありがとうございます。あなたのお陰で冷静になれました」
「そう。一先ず良かったよ」
こんなに慌てた事今まで無かったかもしれないな。
ふぅ‥‥‥というかそろそろこの子に言わないとな。
「あの‥‥‥そろそろ離れてくれないか?」
少女は冷静になった今もずっと俺に抱きついていた。
必然的に顔が近くなるから早くどいて欲しいのだが‥‥‥。
「ごめんなさい。もう少し、このままで‥‥‥」
そう言って少女は腕に力を込めたのだった。
◇
「‥‥‥先程は無礼な口を聞いてしまい申し訳ありませんでした」
俺は今、自分より幾分か小さい少女に向かって頭を下げている。
何故かって?そんなの決まっている。
「‥‥!や、やめてください!さっきも言ったように私は既に没落した身。そのような口調で話して貰わなくて結構です!ましてや命の恩人であるあなたにそんな不遜なこと‥‥‥」
そう、彼女はまさかのお貴族様だったのである。
貴族には恭しい態度で接するようにと父さんにきつく言われているので、俺の彼女への態度は貴族だと聞いた瞬間180°回転した。
貴族は怒らせると怖いと父さんはよく言っていた。家では貴族の愚痴ばかり言っていたけど。
「し、しかし‥‥‥」
「でもじゃありません!!命の恩人にそんな態度で接せられる私の身にもなってください!」
まぁ確かに嫌か。
はぁ、父さん。今日俺は初めて言いつけを破るよ。でも彼女没落貴族だから見逃してくれるよね。
「‥‥‥分かった。これでいいか?」
「はい!」
満面の笑みで彼女―――マルタ・エリリアーナは頷いた。
マルタ家。
ここら辺ではまぁまぁ知られている名だけど、一体なぜ没落したのだろうか。
若干気にはなるがせっかく冷静になってくれたのだ。莫迦なことは極力しないようにしよう。
「それで、これからエリリアーナはどうするんだ?」
「っ‥‥‥」
「行く宛無いのか?」
「‥‥‥」
コクコク。
まぁだろうね。
こんな森の中で少女一人だ。
没落したといい相当な事情があったのだろう。ただそれでも少女を一人にするという状況には納得できないが。
因みにエリリアーナは11歳。
なんと俺より一つ年上だった。
全然そんな風に見えないのに。
なんか悔しい。
背も俺より低いし。
「じゃあ俺の家来る?狭くていいなら」
「本当ですか!?」
「う、うん」
なんでそんな食い気味なのだろう。
「お願いします!」
エリリアーナは今日一番の笑みを浮かべるのだった。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
あ、そういえば俺が殺した二人は適当に放ったらかした。
あんな生きる価値のない人間なんてどうでもいいからね。
「‥‥‥」
まぁ懸念材料があるとするならば、それはスキルを解いた後のことだ。
俺は今日――――初めて人を殺した。
あの二人の首を刈っ斬る前、俺はスキルを発動させていた。
正直【鋼の心】を使わなければ俺はあの男共を殺す事は出来なかっただろう。
人を殺すという行為に恐怖をなして逃げていただろう。
そもそも【鋼の心】が無ければ、少女が襲われているという異常な状況にあそこまで冷静に対処しきれていなかっただろう。
今現在、スキルをを発動し続けて要るから俺は平常を保てていられる。
常時スキルを使い続けると魔力が減って最悪死ぬ。
だからどこかのタイミングで俺はスキルを解かなければならない。
スキルを解いた瞬間オレは一体どうなるのか。
想像は、実に容易い。
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