廃校探検

深川夏眠

廃校探検


 ヘッドライトを装着して虫籠を提げた僕は街灯もなく静まり返った夜更け、煌々と冴えた満月に照らされて学校へ向かったが、目的は仲間の忘れ物探し、土壇場になって、やっぱり怖いからやめると抜かす連中を後目しりめに、施錠された校門のフェンスを乗り越え、一つだけ外れた花壇の煉瓦を持ち上げて窓ガラスを割り、そっと手を入れてクレセント錠を回すと再び腕力に物を言わせて侵入したが、防犯ベルは鳴らない、何故なら廃校になって既に電力が供給されていないからで、僕は頭の照明器具のスイッチを入れ、真っ暗な廊下を切り裂く光の消失点に目を凝らし、たった一人、勇気凛々、果敢に乗り込んで蝶の形のヘアクリップを発見、捕獲、すると、続々と落とし物が目に入った、勝手に持ち出したお父さんのカフスボタンだの、お兄ちゃんのコレクションのコインだの……しかし、まるで誰かが点々と目印を置いて僕をおびき寄せようとしているみたいだと考えていると、今度は艶々した丸い粒で、伯母が祖母の葬式に着けていたネックレスと同じ黒真珠だけれども、糸が切れてバラバラになったらしいが、一体だれが落としたのか、母親に黙って学校に持ってきて忘れて帰ったなんて話はあり得ないぞ、おや、キラキラ光るスカルプ登場、つまり付け爪で、温もりなんぞ残っていやしないが、一度人の指にくっついて剝がれたものは不気味だ、お次はハイヒール、触りませんよ虫籠に入る大きさじゃないし、更にワンピース、冗談じゃない、予想どおりレースのランジェリー、オエッ、そして、どん詰まりに横たわった女が本当に死んでいるか確認する気はしなかった、血溜まりはなく、長い髪が乱れて顔が隠れているのも不幸中の幸い、但し、あられもない真っぱだか、だけど、僕の心は奇妙に平静で、怖いとも気色悪いとも感じなかった、見捨てられた美術品が天窓から降り注ぐ月光を浴びて青白く染まっている――そんな風に見えるだけなので、そっと近づいて、拾い集めたブラックパールを彼女の胸にポトッ、ポトッと落としてみたら、きっと肌がしっとりしているんだろう、真珠の粒はピッタリ吸い寄せられて動かなくなった……と思った瞬間、たっぷり充電したはずなのにライトの威力が弱って、急に目の前が暗くなり、灯りがないと帰れないけれど、朝までここにいるのは辛いと溜め息をついて座り込んだ途端、深夜だというのに汽笛がボーッと轟いたのは、打ち棄てられた校舎に僕と死体を残して島を離れるつもりだからか、僕らに気づかず、それともすべてお見通しの上、わざと無視して海を渡り、みんなどこかへ行ってしまうのか。



                 【了】


◆ 2020年3月書き下ろし。

  一人称の語りで1000字の一文〔句点(。)が一つしか存在しない文〕による

  廃墟散歩の情景描写――という、

  二つの自主企画を勝手に掛け合わせた実験小説。

◆ 縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の遁走曲フーガ』にて

  無料でお読みいただけます。

  https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts

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