第27話エピローグ

 太陽の光が俺を明るく照らし出す。光はこの前とは比べ物にならないほど強くなっていた。

 季節はすっかり夏へと変わっていた。

 ベンチに座っているこの状況でも、ひたいから出る汗は止まらない。


 七月の休日。

 結衣の体が完治したこと機に俺たちは約束の遊園地へと二人で来ていた。


 いろんな場所を回った。ジェットコースターにウォータースライダー、コーヒカップにゴーカートなど多種多様なアトラクションを二人で乗った。


 この前のデートで後ろ斜めの席に座っていた結衣は今回隣にいた。

 でもまさか結衣の方からお化け屋敷に行こうと言われるとは思っていなかった。戸惑いはしたが、今日はとことん結衣の言うことを聞こうって決めたため行くことにした。


 それに、またああ言ったことをされると考えると……俺もなんだかんだお化け屋敷に入るカップル思考持ち始めてるわ。


 結衣は「近くのお店で食べ物を買ってくる」と言って、向かっていった。

 ついこの前は腰が抜けていたが、今回はなかった。でも、多少の震えはさすがに解消されていなかったが。

 空を見上げているとポケットにしまってあった携帯が震えた。


 取り出し、着信を確認すると梶川から写真が数枚送られて来ていた。

 二人で仲良くコーヒーカップで回っている写真。ジェットコースターで両手を挙げている写真。ゴーカートを運転している写真などなど。


 あいつ来てるのか。

 辺りをキョロキョロ確認してみるが、梶川らしき人物は見当たらない。

 どうやら邪魔しないように遠くから色々とやってくれているようだ。梶川そう言うの得意そうだもんな。


 マーグネースから解呪した日以降、俺は梶川から色々な質問を受けていた。なんでも、マーグネース解呪の場所の相性

を掴むために色々サンプルが欲しいらしい。


 マーグネースの呪いは未だに未知の部分も多い。それらを解き明かすためにも解呪者の情報は貴重なものになるそうだ。


 質問を終えた梶川は最後に「ありがとう」と言ってくれた。

 いつも明るい彼女が切なくて優しい笑みを浮かべたことはかなり新鮮だった。


 俺と結衣がやったことは個人のことだけでなく、他人のためにも役立ったと言うことを感じさせられた。あの時、体はなんだかむず痒くなっていた。


 俺はただ単純に結衣と一緒にいたいから解呪しようと思っただけだから。


「お待たせー」


 思うや否や結衣がこちらへ向けてやって来た。


「はい、これ」


 そう言って、俺に買って来たものを渡してくれた。

 言わずもがなそれはチョコミントアイスクリームだ。


「ありがとう」


 受け取ると、結衣は俺の隣に座った。


「んー、やっぱりチョコミントは美味しい」


 チョコミントを一口した結衣は幸せそうな顔を見せる。


「確かに、美味しいよな」


 横の幸せそうな結衣の表情が影響しているのだろうか。いつもより美味しく感じる。


「でしょ! やっと智風くんもチョコミントの良さをわかってくれたんだね」

「三ヶ月間も毎日のように食べされられれば、美味しく感じないわけないよ」

「ふふっ。よかった。私結婚する相手はチョコミント好きって決めてたの」

「それはゾーンが広いだか、狭いんだかわからないな」


 チョコミント好きになれてよかった。ほんとよかった。


「そうだね。でも、今の私のゾーンは一つに絞られてるから」


 照れるように言う結衣。ほんと不意に言うのはずるいと思う。惚れちゃうから。て言うかもう惚れてる。


「それなら、俺だってもう一点張りだよ」

「ほんと? それって……」

「ああ、もちろん……やっぱなんでもない」

「ええ、言ってよ」

「いや、さすがに……本人を前にそれ言うのは恥ずかしいわ」

「智風くん、もうそれ答えだよ」

「あ……」


 しばしの沈黙、そして俺たちは吹き出すようにして笑い出した。

 こうして二人でまた一緒に笑っていられるのが何よりも幸せだった。


「さて、次はどこに行こうか?」


 好きなもののせいか二人ともチョコミントをすぐに食べきってしまった。


「じゃあ、次はまだ言ってないゾーンのアトラクション回ってみようか?」

「了解。そうと決まれば、早くこうぜ。まだまだ遊び足りない」


 席を立ち、結衣に向けて俺は手を差し伸べた。


「うん! 私も今日はいっぱい遊ぶって決めてるから」


 そう言って、結衣は俺の手を取った。


 ****


 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 明るく輝いていた太陽はいつしか西へと沈み、暗い夜がやってこようとしていた。


「さて、最後はどこに行く?」


 俺は結衣に問いかける。繋いだ手の温もりはこの時間帯でも冷めたりはしない。


「最後なら、もちろんあそこじゃない? それに、智風くんが今向かっている方向なんてまさにそこだよ」

「やっぱり、バレてたか。結衣がなんて言おうと最後はここって決めていたからな」


 俺は見えてきたその場所を指差す。

 観覧車。二人の一番好きなアトラクションだ。

 多少列はできていたが、待ち時間は少ないものだった。


 並んだと思ったらすぐに自分たちの番が回ってきた。

 お互い向かい合うような形で座る。


「それでは、お楽しみください」


 スタッフの一言ともに扉は閉められ、俺たちはふたりの世界に閉じ込められる。


「今日は楽しかったな?」


 観覧車の最初は息抜きタイムだ。街の風景が見えるようになってからが本番。


「そうだね。すごく楽しかった」

「夏休みもまた来ような。今度は別の遊園地だけど」

「それって例の『観覧車巡り』?」

「ああ。個別になっている観覧車もあるけど、観覧車の多くは遊園地とかにあるからな。ついでに今まで乗ったことないアトラクションとかに乗るのもありだろ?」

「うん。でも、あまり怖いお化け屋敷とかは嫌かな」

「そこは結衣に合わせるよ。二人で楽しまないとさ」

「ありがとう。あとは食べ物巡りとかもやってみたいかも?」

「チョコミント巡りとか?」

「それいいね! やってみたいかも。全国のアイスクリーム店のチョコミント食べるの! 今度ネットで調べてみよ」

「ちゃんと他の食べ物も食べような」


 全国チョコミント巡りってかなりハードそうだ。


「もちろんだよ。さすがにチョコミントだけ食べるのはもったいかな」

「だよな」


 結衣の口から言われると本当にチョコミントだけ食べてそうだからわからない。


「これからはすごく楽しい日が続くんだよね」


 結衣は目を光らせる。口元は自然な笑顔が作られていた。

 観覧車は頂上の半分くらいまでやってくる。

 街の風景が見えてきた。夜のこの時間は家々が部屋を灯で照らしているため綺麗な光景が浮かび上がっている。


「ああ、もちろん。この一、二年の辛い日々の分、これからの日々を楽しく生きていこ」

「うん! 智風くん隣に座っていい?」

「いいよ」


 結衣は一言置いて俺の横へと座った。お互い一緒の風景を堪能するため結衣は俺の方に自分の方をくっつけるようにして、覗く。


 シャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐった。こうして見ているとつい視線を風景から外してしまいそうだった。


「あ、そういえばこれ」


 この雰囲気にやるのが一番いいと思い、俺はポケットにしまっていたあるものを取り出した。


「えっと、星?」


 俺が取り出したのは二つの星型アクセサリー。

 二つとも、綺麗な星型を描いたものだ。

 家に帰ったあと、自分の机の中を除くと二つに分かれた星型アクセサリーが置かれていた。


 どうやら俺は渡せないでいたようだった。

 もう一度渡そうかと思ったが、分かれた星型アクセサリーを渡すのは違うと思った。


 俺と結衣はもう別れることはない。これからはお互いの道を共に歩んでいくと決めたから。

 だから俺は綺麗な星型の描かれたアクセサリーを買った。紐の部分の色が違うだけであとは同じだ。


「これを結衣に渡そうと思って。二人がまた結ばれたことを祝って」

「あ、うん……ありがとう」


 結衣はほおを赤く照らし、両手でアクセサリーを受け取る。

 その瞳が愛おしくて、恥ずかしくなった俺は外の方へと視線を向けた。

 ふと視線には学校らしきものが見えた気がした。


 そういえば、以前来た時は結局見つけることができなかったっけ。

 学校を起点にして、俺は探し始める。こっち側に駅があるからそれの間で……

 思考していく中で見つけることができた。と言いたいところだが、実際はわからない。


 場所は合っているが、その姿は光り輝く街並みに侵食され、はっきりとしなかった。

 言えることは一つだけ。


「綺麗な景色だね」

「……そうだな」


 観覧車は登っていく。視界は広くなっていく。綺麗な景色はどんどん広がっていった。


「なあ、結衣」


 俺は再び結衣の方へと向き直る。結衣の方も同時にこちらを覗いた。


「結衣ってさ。解呪した乗って大体いつ頃だったんだ?」

「え?」


 不意をついた質問だったか。結衣は考え込むような仕草を見せる。


「だいたい……一限の中盤辺りかな? でも、どうしたの?」


 一限の中盤。そうか……


「いや、やっぱり俺、結衣のこと大好きだわ」


 ほんとそう思う。ここまで自分と相性がいい人はそうそういない気がした。


「何かよくわからないな。でも、そっか。うん、私も智風くんのこと大好きだよ」


 結衣は満面の笑みで答えてくれた。

 雰囲気、状況、二人の想い。それらが全て揃っていたように思える。

 だから俺たちはそうするのが自然だと思った。


 これからは一体何が起こるのか。

 どんな楽しい日々が待ち受け得ているのだろう。

 どんな幸せな出来事に巡り会えるだろう。


 辛い日々もあるかもしれない。でも今の俺たちならば、きっと大丈夫。

 だって、どれだけ辛くても乗り越えられることを知ったから。

 そして、辛い先にある幸福を知ったから。


 結衣の匂いを感じる。肌触りを感じる。瞳の輝きを感じる。

 そっと瞼を下ろし、俺たちは唇と唇を合わせた。

 柔らかさを感じる。温もりを感じる。彼女の気持ちを感じる。


 そこには以前彼女から感じられた冷酷さは何も感じなかった。

 いや、それは違うかもしれない。

 だって、無視する彼女の真意は。


 優しさで包まれていることを知ったから。


 観覧車は動くことを止めず、最高潮へと達した。

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マーグネース 〜無視するカノジョの真意は〜 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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