第6話

○森崎家・前


と、玄関ドアが開き、悲鳴のような雄たけびが聞こえてくる。

それは幸文の声で、今まさに赤城ハンティングスクールの指導員男性(35)に連れ去られようとしている。

幹子も続いて出てくる。

指導員は身長180cm超、白いジャージ姿でいかつく、両腕で幸文の腰をしっかりホールドしている。

幸文は暴れているがびくともしない。

幸文「はなせっ」

白バンのドアを開け、指導員は幸文を中に押し込む。

幸文「クソババアッ!」

幹子、顔を背け無視。

ひばり、門の近くまでやってくる。

ひばり「!」

幹子「――それじゃよろしくお願いします。幸文頑張るのよ」

指導員はさわやかな笑顔。

指導員「では、奥様。落ち着いたら幸文君に手紙書かせますから」

ひばり「お兄ちゃんっ!」

と、ひばりは躍り出ていくが、

すでに後部座席に乗せられて、うつむいている幸文。

スモークガラスでその表情はよく読み取れない。

幹子「ひばりっどうしてここに。学校はどうしたの? ちゃんと説明しなさいっ」

と、怒鳴る幹子。

ひばり、反射で足がすくんで黙りこむ。

幹子「(指導員に)そういえばお渡しするお菓子があったんだわ。ちょっと待ってていただけます?」

指導員「(にっこり)そんなー奥様、お気遣いなく」

幹子、「いえいえ」と玄関ドアを開け入っていく。

ひばり、白バンの傍に寄って行く。

ひばり「お兄ちゃんっ」

が、幸文はうつむいたまま……

指導員、幹子が見えなくなったとたん、けだるそう唾を吐く。

と、ソメタニがひばりの背後にいてカメラを回し撮っている。

ひばり「(振り向き)ソメタニ!」

ソメタニ、ひばりに向かってにやけた笑顔を返す。

指導員「!」

ソメタニ「強制連行サービスについて全世界に周知しないとね、ていうか兄さんを離せよ」

撮りながら、車のドアを開けようとするソメタニ。

が、立ちはだかって制する指導員。

ソメタニ「っざっけんなよ」

と指導員に手をあげようとする。

が、指導員はソメタニを軽々と背負い投げ。

地面に叩きつけられるソメタニ。

同時にカメラも壊れ、部品が飛び散っている。

指導員、手をパンパンと払って、

指導員「あ、正当防衛正当防衛」

と、調子よく茶化す。

菓子折りを持った幹子が戻ってくる。

幹子「では、ツノダさん」

と渡し頭を下げる。

指導員「(コロッと変わって)ありがとうございます奥様! やあ嬉しいなあ、ではでは!」

と、そそくさと乗り込んで白バンを発進させる。

ひばり、おびえて立ちつくしたまま、見送って……

ひばり「……」

を、横目に見ていた幹子。

幹子「おいでひばり。これでもう大丈夫だから、ね」

と晴れやかな笑顔で手招きする。

ひばり「!」

ソメタニは起き上がろうとしている。

ひばり、かけ寄って、

ひばり「大丈夫? ソメタニ」

と手助けしていると、

幹子「ひばり”は”、いい子よね。(ソメタニを一瞥するが無視)誰かさんみたいにお母さんのことがっかりなんかさせないって信じてるんだから」

と、すり寄るようにやってくる。

ひばり、後ずさり。

が、幹子はひばりの頭をなで抱きしめようとする。

自分を信じ切った慈しみの笑みを浮かべて。

幹子「ひばりちゃん……」

ひばり、幹子の腕の中に収まりかけるが……

ひばり、ドン! と幹子を突き放す。

ひばり、堰を切ったように怒りで涙があふれ出す。

真っ赤な目で恨みを込めて幹子をにらみつけ……

ひばり「お兄ちゃんをつぶしたのはあんたじゃない!」

幹子「何……?」

ひばり「どうしてわからないの。あんたの言う”あなたのため”は全部”自分のため”だった」

幹子、意味がわからず突っ立っていて……

が、ひばりは玄関に向かって行き――


○同・玄関・中


――傘立てから取り出した弓矢を持つ。


○同・前


ひばり「(意を決して)……ミキコッ!」

と出てきて腹の底から声を張る。

幹子、「えっ」という顔。

と、弓を構えたひばりが立っている!

幹子「(悲鳴あげ)ひばり、何よ親に弓矢を向けるなんて狂ったの!?」

幹子、とっさに家の中に逃げ込んで。


○同・中


目が据わっているひばり、無言で距離を詰めていく。

幹子「ひゃっ」

と、リビングへ走って行く幹子。


○同・1階・リビング・ダイニング・キッチン・寝室・玄関


逃げ回る幹子。部屋の奥へ行って右往左往する。

ひばり、リビング入口にどっしり構えるように立ち見定めている。

幹子「冗談でしょっ! うちの子に限ってどうしてどいつもこいつもっ」

ひばり、瞬きもせずただ見つめ……

焦る幹子、そこらへんの本やリモコンをひばりに向かって投げつける。

ひばり、そのまま避けずにぶつけられる。

が、全く動じず。

ひばり、幹子だけを見て……

目をつぶって深呼吸。

×      ×      ×

まぶたの裏。幹子の顔。

×      ×      ×

次の瞬間、矢は放たれ、幹子の右頬をかするように飛び――


○同・外


――ガシャン! と1階窓からガラス片が飛び出してくるのが見える。

ソメタニ「!」


○同・1階・リビング・ダイニング・キッチン・寝室・玄関


幹子「きゃあああっ!」

ひばり、軽く舌打ちするが猟を楽しむハンターのような目つきでほくそ笑む。

幹子、走って逃げだす。

×      ×      ×

幹子、寝室側から走り出てくる。

が、玄関前に立ちはだかるひばり。

×      ×      ×

見回す幹子は、苦し紛れに階段をかけ上げって――


○同・2階・廊下


はあはあと息を切らし逃げる幹子。

無表情のまま追うひばり。

幹子、ひばりの部屋に入っていき――


○同・ひばりの部屋・中


――なすすべなく、部屋の奥に後ずさりし入っていく幹子。

後ろを振り返って窓の外を見るが、やはり逃げ場はなく……

ひばり、弓を斜に構え始める様子。

泣きわめく幹子。

幹子「私のひばりはどこいっちゃったの! 目を覚ましてっ。どうして、こんなに愛してるのに……」

ひばり「……」


○回想的な記憶の断片


ひばりのM「お母さんの思ってるひばりは、私じゃないっ!」

0歳児の手が母親の小指をぎゅっと握る。

ひばりのM「……でも、私の思ってるお母さんも、あなたじゃない」

ひばり(7)が水彩画を幹子に見せている。

幹子、よくできたねとひばりの頭をなでてほほえむ。

ひばりのM「信じたかったけど、愛していたかったけど」

幹子の顔がどろどろに溶けて崩れていくイメージ。


○同・幸文の部屋・中


ひばりのM「私の的は――」

両手でかばうようにしおびえて立つ幹子。

幹子の濁った目が震えている。

ひばりのM「――あなた?」

幹子の唇が何か叫んでいるように動いて。

ひばりの矢を握る白い右手。

ぴっと伸ばした人差し指、幹子の左目をロックオンし――

と思いきや、その頭上に上振れし――

ひばりのM「――いや、的のもっと先にある――私の幻想――」


○まぶしい光の中


力強く弓を引きしぼるケンタウロスの人形。

ひばりのつぶっている目が、開いて。


○森崎家・幸文の部屋・中


耳をつんざくようなガラスの割れる音。

幹子「ぎゃああああああっ!」

と幹子はうずくまって。

左目を押さえている手のひらを恐るおそる離していく。

幹子「……」

手には何もついておらず無傷のようだ。

幹子、自分の足元にガラスの破片が散らばっているのに気づく。

振り向くと、背後の壁にかけられたひばりが描いた家族の絵に弓が突き刺さっている。

幹子「(きょとんと)……」

ひばり、立っている。

ひばり「ねぇ、私たちは別々の人間だよ」

つきものが落ちたかのような穏やかな表情だが、はっきりとした口調で。

幹子、割れた絵を見る。

天使のように微笑む幹子の肖像画、その胸のど真ん中に、矢はしっかりとつき刺さっていて……!

幹子「!」

幹子、すすり泣き嗚咽をあげて……

ひばり、振り向く。

と、ソメタニがスマホのカメラを構え立っている。

ひばり「……また、撮ってる(苦笑)」

ソメタニ「(笑って)おつかれ」

ソメタニ、両手を広げて「おいで」と。

ひばり、その胸に飛び込んで。

ひばり、安心したようにソメタニの肩で涙をこぼす。

ソメタニもひばりを強くぎゅっとして……

ひばりの柔らかなほほえみ。

遠くでサイレンの音が聞こえる――


○同・前


――救急車とパトカーが停まっている。

警察官に連れられるひばりとソメタニ。

幹子は放心状態でよろよろと。

礼二がかけつける。

野次馬が家の周りを取り囲んでいる。


○明るい空


○ひばりのおじの家・ダイニング(日替わり・朝)


ジューと目玉焼きの焼ける音。

レースのカーテンから明るい陽射しが降り注ぐ。

制服にエプロンを付けたひばりがテーブルにパンと目玉焼きを並べる。

おじとおばがやってくる。

おば「おはよう、ひばりちゃん。早いわね」

ひばり「おはようございます」

ひばりの顔、明るく照らされている。

3人で朝食をとっていると、

ドアが開く。

短髪で少しやせた幸文が入ってくる。

ひばり「おはよう、お兄ちゃん」

幸文、ぎこちない表情だが

幸文「お、おはようございます」

と席につく。


○バス・中


通学中のひばりと幸文、つり革につかまって揺られている。

運転手「次止まります――」

車内の音にかきけされているが、二人はぽつぽと会話しているよう。

停車するバス。

幸文「じゃあ」

と降り口に向かう。

ひばり「うん。行ってらっしゃい……あ、お兄ちゃん!」

ひばり、バッグから『もぐもぐもぐも』を取り出して、

ひばり「これ見つけたんだ、ハイ」

と幸文に手渡す。

幸文、受け取りながら降り、ドアが閉まる。

また走り出すバス。

窓の外、幸文がかすかに表情をほころばせる。

それを見るひばりもほほえんで。


○高校・弓道場


道着の帯を締めながら入ってくるマナとメイ。

マナ「でさーひばりさん今日から戻ってくるって」

メイ「まじでー気まずくないかな」

マナ「大変だったらしいよ実際。今は親戚の家にお兄さんと住んでるんだって。で、お兄さん予備校行き始めたらしいよ」

メイ「へー! ならよかったねー。あ、いた――」

――道着姿のひばりの横顔。

弓を持って歩いてくる。

壁によりかかって綾が立っている。

その隣に並ぶひばり。

ツンとしている綾だが、ひばりは肩をバンと押して。

ひばり「……あとで話そ」

綾「(前むいたまま)話すことない」

ひばり「私はある。あれっどっかで聞いたこと……ない?」

と笑うひばり。

綾もつられて笑いをかみ殺す。

ひばり「あ、今笑ったー」

綾「笑ってないってー。ねぇ早気は治ったの」

ひばり「さあ」

ひばり、ほほえみ綾の肩に手を回して。

ひばり「じゃあ、後で」


○的


○射場


見つめているひばりの横顔。

ひばりの声「自由になりたい」

息を吸い、弓構えの位置から静かに両拳を高い位置に持ち上げる。

ひばりの声「みずみずしい心を保ったまま」

うち起こした弓を左右に最大限引き分ける。

ひばりの声「私はただ」

引き分けが完成し、発射のタイミングを待って。

ひばりの声「放たれたい」

矢をそっと離すひばりの右手。


○メインタイトル「放たれたい」


○ファインダー越しのひばりの映像


笑顔のひばりが手を振ってかけ寄ってきて……


(了)

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放たれたい 理犬(りいぬ) @riinu0827

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