第5話
○中学時代のソメタニの映像
ソメタニ(15)が自撮りした映像を雑に編集したもの。
脈絡はなく、ソメタニの顔や身体にある火傷や叩かれた傷跡や、ソメタニがカメラに向かって何かを独白している様子(声はオフ)が映し出される。言っている内容はわからないが、怒りだけは迫ってくるように伝わってきて……
音楽がつけられ映像作品の体にはなっている。
○ソメタニのアパート・ソメタニの部屋
その映像を見ているひばりとソメタニ。
ひばり、ソメタニの横顔見て……
ソメタニ「……」
映像が終わる。
ひばり「……」
ソメタニ「……いじめ日記みたいに撮り始めたのが最初。親父にやられても傷が治っちゃうから証拠にって」
ひばり「……」
ソメタニ「やってるうちに他人事に見えてきた。そうゆう作品だと思ったら楽になれた気がして、まあ気がしただけなんだけど」
ひばり「……それでアニメも始めたんだ」
ソメタニ「(うなづき)人形で作る世界は自分の思い通りになるから。でもそうしてるうちにあいつは”死に逃げ”しやがった」
ひばり「……」
ソメタニ「それで決着はついた。けど、これでよかったのか、今でもよくわかんねえ。俺自身の手であいつを殺してやりたかった」
ソメタニ、自分の両手のひらをじっと見て。
ひばり「よかったんじゃない。そうやって別のことで自分を保とうとするなんて、大人だよね」
ソメタニ「……違うな。俺は逃げてたんだ。壁をぶっこわしてる場合じゃなかったんだよ。あいつに直接やってやりたかった」
ソメタニの真剣な目。
ソメタニ「ねえあんたはそれでいいの? 本当にそのままで。殺るなら手伝ってやるよ」
× × ×
幹子の顔。
× × ×
ひばり、ドキッとするが黙って……
ソメタニにハグする。
ソメタニ「(びっくりし)ちょっと何だよ」
ひばり、そのままぎゅっとして。
ソメタニ、一旦てなづけられた犬みたいに大人しくなる。
ひばりも目を閉じ、涙が出そうに……
× × ×
ひばりが描いた家族四人の絵と同じ幼い日の光景。
× × ×
ひばり「だめだよ。親には感謝すべきで、そういう気持ちを持ったら……」
ソメタニ「!」
ソメタニ、ひばりの体を突き返すようにして、
ソメタニ「(急に声荒げ)やっぱり、骨の髄までいい子ちゃんのあんたにわかるわけねえよな」
ひばり「……」
ソメタニ、ふてくされベッドにごろんとなってひばりに背を向ける。
ソメタニ「もう帰れよ」
ひばり「……」
出ていくひばり。
○歩道(夜)
ひばり、険しい顔で帰路を急ぐ。
× × ×
さっきの怒ったソメタニの表情。
○森崎家・ひばりの部屋(夜)
ひばり、ぼーっとパソコンを見ている。
と、幹子の階段を上る足音。
ひばり「!」
急いでパソコンを閉じ、参考書を机に出すひばり。
入ってきた幹子。
幹子「どう、はかどってる」
ひばり「うん……」
幹子「予定表出しなさい」
ひばり「あ、はい」
と、日付、教科、ページ範囲が載っている綿密な予定表を取り出して見せる。
幹子「(指さし見て)……今日は55ページから75ページ。やったの?」
ひばり「うん……」
幹子「ノートは?」
ひばり「使ってない、こっちを読んでたから」
幹子「(舌打ち)また嘘?」
ひばり「……」
幹子「あんたもお母さんに恥をかかせる気?!」
ひばり「……」
幹子「部活も成果上がらないなら辞めて勉強に力入れるって約束したじゃない」
ひばり「……」
幹子「何なの集中できない理由でもあるの。まさかこないだの男とまだ――」
ひばり「部長とはもう会ってません」
幹子「どうだか。学生の分際で色気づいて、汚らわしいっ。じゃあこうする? 勉強できないならできないで若いうちにお金持ち引っかけるとか。それでお母さんを楽させてよ」
ひばり、眉をひそめ口元を固く結ぶ。
幹子「ねえ何で母さんここまで口酸っぱくして言ってるかわからない? 今のうちに努力しておく方が大人になってから得だからよ。恋愛だって社会人になってからでいいの。それまでに自分のステージを上げておかないと」
ひばり「……」
幹子「お母さん間違ってること言ってる? ねえ」
ひばり「言ってません」
幹子「じゃあ、これからやることを口に出して言いなさい。『今から私は75ページまで問題集を解きます』」
ひばり「……」
幹子「ほらっ『今から私は』」
ひばり「……い、今から私は」
幹子「75ページまで問題集を解きます。ほら、はっきり声出す」
ひばり「75ページまで――」
めまいを感じるひばり。
× × ×
幹子が去った。
教科書を投げつけるひばり。
荒い呼吸を整え、落ち着こうとするひばり。
パソコンで『れんげ畑』を開く。
Yの最新の相談が新たに立てられている。
『自分のようなゴミクズ人間に生きる価値がないのは重々承知ですが、この現状を作り出したのは自分のせいだけではないはずです』
ひばり「(固唾飲んで)……」
幸文の声「なぜ親を殺したら罪に問われなければならないのですか? 自分の親は害獣です。一匹は歪んだ認知を押しつける害獣。もう一匹はそれをただ黙認するだけの残酷な害獣。害獣なのですから駆除権を与えてほしいと思います」
僧侶からのレスはついていない。
以前の履歴を辿ると、直心「あなたの痛みお察ししますが、少しは親御さんの立場も考えられてはどうですか」のレスの後、Yからは何も書き込まれず終わっている……
ひばり「(胸が痛い)……」
僧侶として自分がレスをつけようとする。
『お兄ちゃんの気持ち今ならわかるよ』
と打つが、結局削除して……
○森崎家・ダイニング(夜)
ひばりと幹子、夕食を食べている。
幹子の腕に湿布が巻かれているのに気が付いて、
ひばり「お母さんそれ、大丈夫」
幹子「ああこれ、幸文に」
ひばり「えっ」
幹子「(憎しみ込め)部屋に入ったからってキレて。感謝もしないでもう家の恥でしかないわね」
ひばり「……」
幹子、髪をかきむしってヒステリックに続ける。
幹子「どうしてこうなっちゃうかなあ。ねぇどうしてだと思うひばり? お母さんの育て方が悪いってまたおばあちゃんに言われなきゃいけないの? お母さんが大学出てないからってまた虐げられるの? ねぇ子供たちのせいで何で私が馬鹿にされなきゃいけないわけっ」
ひばり「……洗い物は私がやるね」
と食器を重ね始める。
幹子「ちょっと、聞きなさいよっひばりっ」
が、ひばり逃げるように席を立つ。
○高校・廊下(日替わり)
ひばり、ソメタニと廊下で出会うが無視する。
ソメタニ「おい、どうした……」
ひばりの後ろ姿。
ひばりのM「君といたらいつかは正直になってしまう」
うつむくひばり。
ソメタニ「……」
○同・リビング(日替わり)
ひばり、入ってくると幹子と礼二が並んでソファにかけ穏やかな顔つきをしている。
幹子「座ってそこ」
礼二「(うなづいて)」
ひばり、二人に向かい合うようにして座る。
ひばり「……どうしたの」
礼二「ひばり、これまで幸文のことで色々心配かけてすまなかったね」
幹子「(慈しみの笑みで)ねぇ大変だったわよね」
ひばり「え、何」
礼二「でももうこれからは大丈夫だ。幸文が通う学校が決まったんだよ」
ひばり「えっそうなんだ。お兄ちゃん試験は――」
幹子、テーブルの上に学校案内のパンフを置く。
幹子「ここよ。お父さんの知り合いの人に紹介してもらってね」
校名『赤城ハンティングスクール』と書かれている。
ひばり「ハンティング?」
礼二「そうだよ。群馬の大自然の中で狩猟を通して青少年の更生を行っているとてもいい学校なんだ」
ひばり「お兄ちゃんが狩猟を……」
幹子「驚いたでしょう。でもね、説明会に父さんと行ってきて学長の思想にすごく共鳴したの」
と、目を輝かせる幹子。
ひばり、パンフレットを手に取ってめくる。
礼二「とても熱心でね、ここなら幸文を任せられると思った」
ひばり「任せられるって……(パンフ見)全寮制なの!?」
礼二「そうだよ」
幹子「(うなづき)こういうことはプロにお任せするのが一番と思って」
ひばり「……あれ、ちょっと待って。赤城ハンティングスクールって何か聞いたことある……変なとこじゃなかったっけ」
幹子「(咳払い)」
礼二「……」
ひばり「なんか事件があったよね、スパルタだかリンチで死んじゃったとかのニュース――」
幹子「――ひばり、言葉を慎みなさい。確かに、亡くなった人もいたのは事実だけど、マスコミに歪められて伝えられてる部分も多いのよ」
礼二「安心しなさいひばり。父さんたちは学長から直接話を聞いてる。その上で幸文にとってプラスになるから入学させるんだよ」
ひばり「……」
幹子「ひばりのためでもあるのよ。これで落ち着いた環境で安心して勉強できるでしょ、ね」
ひばり「はい……」
礼二「じゃあ、明日には迎えに来てもらうから」
ひばり「えっ明日!?」
幹子「そう、学校側が親切に連れて行ってくれるんですって」
ひばり「それって、お兄ちゃんは、知らないの……?」
幹子、急に低い声になる。
幹子「当然でしょ、言ったら嫌がるに決まってるじゃない。ひばりも幸文にはくれぐれも黙ってるようにね」
礼二「幸文にもひばりにも、みんなにとってベストな方法なんだよ。わかるな、ひばり」
ひばりの膝上にのせた右拳がぷるぷると震えている。
が、左手でグッとつかみそれを抑えた。
ひばり、笑顔を作るが、声は震える。
ひばり「お父さんお母さんが良いと思うなら私も賛成だよ……」
○同・ひばりの部屋(夜)
消灯した部屋。
ベッドの中でスマホを見ているひばり。
『赤城ハンティングスクール事件』について検索すると『死者2名』などのワードを見つけ、調べるのをやめる。
ひばり「……」
ひばり、思い立って机にかける。
ノートを一枚破って何かを書きなぐる。
○同・幸文の部屋・前(夜)
さっき書いた手紙をドア下から差し入れようとするが、思いとどまるひばり。
○歩道(日替わり・朝)
重い足取りで登校するひばり。
○高校・教室
授業中。
憂鬱そうに窓の外を見ているひばり。
○鳥の視界から見た森(ひばりの夢)
上空から見下ろすような景色。
視界両側に右翼と左翼が見え、羽ばたいている。
暗い森の中、マタギの格好をしたひげ面のおやじらに混じり、幸文が狩りをしている。
ひばりの声「お兄ちゃんっ」
猟銃を構える幸文。
ズキューンと一撃。
と、茂みからつがいのイノシシが出てきて幸文に突進していく。
ひばりの声「お兄ちゃん逃げてっ。お父さんとお母さんよっ」
幸文、イノシシらにぶつかられてバランスを崩す。
が、銃は握ったままで銃口はこちらに向けられ――
ひばりの声「やめてお兄ちゃんっ。私だよ、ひばり――」
ダーン! ともう一弾が放たれて。
ひばり「!」
撃たれた鳥のひばり。
褐色の羽毛がはらはらと散って……
○高校・教室
とび起きるひばり。
ひばり「……」
ゼイゼイと荒い息で額に汗を浮かべている。
生徒らの視線がひばりに注がれている。
ひばり、勢いよく立ち上がって、
ひばり「あのっ帰ります!」
と、すぐさま走り出ていくひばり。
教師「は?」
生徒らはぽかーんとして。
〇川沿い
全速力で走るひばり。
○同・ソメタニの教室
退屈そうに黒板を見ているソメタニ。
制服の胸ポケットに震えを感じスマホを取り出す。
『弓の人』からの着信が鳴りやまない。
ソメタニ「!」
○森崎家付近の道
ひばり走ってくる。
ひばり「!」
と、門の前に白いバンが停められているのが見え、
ひばり「もう来てるの……?!」
車体には緑色の鹿のロゴマーク、赤城ハンティングスクールだ。
続く
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