第4話
○同・教室(日替わり)
英語教師がテストを返却している。
順に受け取りに来る生徒ら。
机に突っ伏しているひばり。
教師「森崎ー」
ひばり、寝たまま。
後ろの席の男子1が突っついて起こす。
気怠そうに身体を起こし、ゆっくり出ていくひばり。
教師、その姿を軽蔑の表情で見ながら、
教師「どうした森崎、赤点ぎりぎりじゃないか」
ひばり、黙って答案をもぎとろうとする。
教師「ほら、すべての英作文、所有格が抜けてたぞ。お前らしくもないこんな中学レベルのミス――」
ひばり「(カチンと)私らしいって何ですか。中学生レベルって何ですか。勝手な基準設けないで下さい」
教師「いやにつっかかるな。後で職員室来なさい」
ひばり「はい、わかりました。とでも言うと思ってます? 行きません」
と答案受け取らぬ教室から出ていくひばり。
ざわつく生徒ら。
いちばん後ろの席に座っている綾。
男子1「何だ何だ森崎キャラ変したー? つうか生理?」
男子1を肘で小突く女子1。
男子1「ってぇ。でも珍しいな、あの従順な子羊のような森崎が」
女子1「どうしちゃったんだろ、ひばり。(綾に)ねぇ行っちゃったよ」
綾、特に反応しない。
女子1「ねぇ綾いいの、追いかけなくて」
すっと背筋を伸ばし答える綾。
綾「いい」
女子1「……」
察して、綾から視線をそれとなく外す女子1。
○ハンバーガーショップ・中
ひばり、ソメタニと食べている。
ソメタニ、ストローの袋を吹いて飛ばして、
ソメタニ「(嬉々とし)じゃあ、弓道部もサボって、授業もふけて。お兄さんコースまっしぐらってわけか」
腕組みしうなづく。
ひばり、ハンバーガーにかじりつきながらにらんで。
ひばり「それで先生には『死気体』って言われて」
ソメタニ「何それ」
ひばり「”死ぬ”に気力の”気”に”体”でしきたい」
ソメタニ、スマホで検索し、
ソメタニ「……出た出た。へぇ弓道界には『死気体』って言葉あるんだな」
ひばり「でもそんなの突然言われたってわかんないよ」
ソメタニ「そうか? わかる気がするけど俺は。魂が抜けちゃってるってことだろ、あんたのさ――」
○ソメタニのアパート・ソメタニの部屋
ひばり、ソメタニの作業を見ている。
ソメタニ、台上には弓を構えたケンタウロスの粘土人形を固定している。
金属タンクから垂らした釣り糸に矢をぶら下げて、三脚のカメラのシャッターを一度押す。
そして、また釣り糸の位置を調整して、シャッター。
を繰り返す。
× × ×
モニターには星座をバックにケンタウロスが弓矢を放つクレイアニメが映し出される。ケンタウロスの腕の動きは力強く、矢は美しい放物線を描いて飛んでいく。
感心するひばり。
ひばり「すごい! 生きてるみたい」
得意げな笑みのソメタニ。
ひばり「だから、撮ってたんだ……」
ソメタニ「自惚れんなよ。まさか俺があんたのファンだと思ってたの(笑って)」
ひばり「違うけどっ」
と言うが顔を赤くするひばり。
ひばり「ねぇ私もやってみたい」
ソメタニ、黙って台から離れる。
ひばりも粘土の人形を動かして撮影を始める。
見ているソメタニ。
パシャッとシャッター音。
ソメタニ「その綾って子。何でそんなことやったんだ」
ひばり、粘土を触る手が一瞬止まるが、
ひばり「知らないし聞きたくない」
シャッターを押す。
ソメタニ「ふーん。鬼ママにも聞けないよねあんた」
ひばり「……聞けないって何が」
ソメタニ「何でもだよ」
ひばり「……」
コマ撮りを続けるひばり。
× × ×
ひばりのクレイアニメがモニターに映し出される。
拙くヘナヘナな動きで、ソメタニとの違いに愕然とする。
ひばり「難しーい……コツとかあるの」
ソメタニ「ない」
ひばり「えー」
ソメタニ「人形ってさ、それこそさっきの死気体と生気体があると思うわけ」
ひばり「確かに、私のこれは死気体だね」
ソメタニ「animateって『命を吹き込む』って意味があんの。うまく動く時って、俺が動かしてるんじゃなくて、人形そのものの人格みたいなもので動いてる気がすんだわ」
ひばり「それって魂があるみたいなこと?」
ソメタニ「(うなづき)」
ひばり「へー」
ソメタニ「だからさ、(胸をたたいて)ここがさ、しっかりしてれば、ちゃんと動かせるし動けるんじゃね? 俺はそう思う」
ひばり「……」
○森崎家・ひばりの部屋(夜)
制服のままベッドに寝そべるひばり。
天井を見つめている。
と、駆け足で階段を上ってきた幹子が入ってくる。
ひばり、ビクッとし起き上がる。
幹子、いきなりひばりの頬を叩く。
ひばり「(頬をおさえ)な、何お母さん」
幹子「ひばり、正直に言いなさい。最近成績も落ちたみたいだけど、一体何があったの」
ひばり「え、何もないけど……」
幹子「嘘おっしゃい。今日担任の先生から電話があったんだから」
ひばり「……」
幹子「部活も最近行ってないって聞いたけど、本当なの?」
ひばり「違うっ」
幹子「変な人と関わったりなんかしてるんじゃないでしょうね。遅く帰ったりして、まさか不純異性交遊を……」
ひばり「違うって」
幹子「ねぇ、誰なの、家の前まで来てた子がいるのは知ってるのよ。言いなさい」
ひばり「……やましいことは何もしてないもん」
幹子「だったら堂々と言えばいいじゃないの、ねえ」
ひばり「弓道部の友達といるだけだって」
幹子「(イラつき)だから誰なのって」
× × ×
ソメタニの顔。
× × ×
ひばり、目が泳ぐが答える。
ひばり「部長の橘さんて人……」
○高校・屋上前・階段(日替わり)
外からの陽が窓から差し込んでいて明るい。
ひばりが階段を一段一段ゆっくり上がってくる。
上で待っていた宗助が気づいて。
宗助「森崎のお母さんから電話があってさ」
ひばり「……すいません」
宗助「大丈夫か、弓は調子戻るまで休むのは構わないけど。夜遊び的なことで娘の帰りが遅いのはあなたのせいなのかって聞かれた」
ひばり「……」
宗助「なんて答えたと思う俺」
ひばり「?」
宗助「はい、そうですって言っちゃった」
と切なそうに笑う宗助。
ひばり「え?」
宗助「なんか悔しかったから。あいつなんだろ、あのカメラの――」
ひばり「――そうだけど、そうじゃないです……」
宗助「もういいよ、どっちにしたって意味ないよな俺らもう」
ひばり「……ごめんなさい私が……」
ひばり、うつむいて……
○同・弓道部・部室(日替わり・夜)
部活後の誰もいない部室に入ってくるひばり。
退部届を先生のデスクの上に置いて出ていく。
○同・弓道場
弓袋と荷物を持ったひばり、帰ろうとしていたが、振り向いて。
ひばり「……」
〇同・射場
弦音の音が響いている。
矢は持たずにひたすら弓を引いているひばり。
何度も繰り返すが首をかしげる。
的を見つめるひばりの目。
〇的
ひばりの声「的って何?」
弥太郎の声「的は通過点でしかない。遠くにある自分本来の的と射手を直線で結ぶ。その線上にたまたま『それ』があった時――あたる」
ひばりの声「わからない。自分本来の的? そんなものないよ」
〇高校・弓道場
制服に着替えた綾がやってくる。
綾「……ちょっと何してんの」
ひばり、はっとして弓を置き、そそくさと道場から出ていこうとする。
綾を無視し、すれ違うが、
綾「待ってよ。話すことある」
ひばり、一瞬止まるが振り向かずに。
ひばり「部活やめたし、私はない」
綾「私がやったの。矢を隠して――」
ひばり「――知ってる」
と再び歩きだそうとするが、
綾「でも、謝るつもりないから」
の言葉にはたと足を止める。
綾「あんたがむかつくからやってやった。部長をあれだけ傷つけて。私も、部長が好きだったから……ひばりだから譲ろうって思ってたのに」
ひばり「……」
綾「ひばりのすべてが嘘くさくて嫌だった。だから清々してる」
ひばり「……ごめん」
綾「そうやって適当に謝って絶対に言い返してこないとことか、全部受けとめたふりして、何っにも、何ひとつ受け止めてない空っぽなとこ、大嫌い」
ひばり「……」
綾「ねえ、何とか言ったらどうなの」
ひばり、振り向いて、
ひばり「(涙をためて)私だって自分が嫌い!」
と言い残し逃げるように去っていく。
綾、立ち尽くして……
○ソメタニのアパート・ソメタニの部屋(日替わり)
ひばり、ソメタニと粘土人形で遊んでいる。
台上には二階建ての家。ひばりの家を彷彿とさせる。
ひばり「(2階に)ここが私の部屋」
一体置いて、
ひばり「(その隣の部屋に)で、ここがお兄ちゃん」
とまた置く。
それを見て、ソメタニも手早く粘土をこねる。
ソメタニ「じゃーん、これが鬼ママ」
目のつりあがったママ人形を家の中に置く。
ひばり「(ふき出して)やだー似てるじゃん、何でわかるの」
悪い笑顔になるひばり。
ソメタニ、小さな弓矢をひばりに手渡し、にやっとする。
× × ×
粘土人形でロールプレイするひばりとソメタニ。
ソメタニ「そんで部活やめてどうすんの」
鬼ママ人形に攻撃するひばり人形。
ひばり「知らない。部長にもフラれちゃった」
ソメタニ「へぇ」
鬼ママ人形も反撃、強い。苦戦するひばり人形。
ひばり「でも、何かほっとしたんだよね……何でだろう」
ソメタニ「おいおい、ひでーな」
ひばり人形が兄人形の部屋に助けを求めに。
ひばり「私って自分がないのかなあ……」
ソメタニ「ないでしょ」
兄人形は鬼ママ人形に攻撃するが、ひばり人形にも時々打撃を加えてくる。
ひばり「お兄ちゃん何考えてんだろう……」
ひばり人形も鬼ママ人形も兄人形も相打ちで死亡。腹には矢が刺さり貫通している。
ソメタニが血のりを付けて。
ひばり「ふふっひど過ぎ!」
と言いながら、矢をグサグサ刺し続けるひばり。
粘土の切れ端でできた小さなパパ人形が帰ってきて、
ソメタニ「(とぼけて)おっ」
とソメタニがパパの声を演じて締める。
ハイタッチするひばりとソメタニ。
ひばり「サイコー」
と、大口を開け笑うひばり。
ソメタニ「……あんた、そんな顔してたんだ」
ひばり「え」
ソメタニ「そんな風に笑ったの初めて見た」
ひばり「君だって――」
ひばり、ソメタニに近づいて両手で眼鏡を持ち上げて、
ひばり「――そんな顔してたんだ」
ひばり、至近距離からソメタニの目をのぞきこむ。
ひばり「……」
ソメタニ「……」
ふたり、しばらく見つめ合っているが……
ひばり「ねえ、今何考えてるの」
ソメタニ「(にやっと)キスしたくなったとかって、そういうこと?」
ひばり、とっさに身体後ろに引き恥ずかしがる。
ひばり「ちがっ、ばか」
ソメタニ「本当はさあ――」
ひばり「?」
ソメタニ「(真顔で)親父のこと思い出してた。死んだクソ親父のこと」
ひばり「……」
ソメタニ、台の上の粘土パパを親指でグッとつぶす。
ソメタニ「俺さ――」
続く
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