第3話

○同・ソメタニの部屋(夜)


頭にタオルをかぶったひばり、床に座っている。

ソメタニ、引き出しを開けたり閉めたりし着替えを探している。

ひばり「あんたの言った通りうちの家族めちゃくちゃなの」

ソメタニ「……」

ひばり「お兄ちゃんはひきこもってる。それでお母さんも毎日イライラして、だけどお父さんは部外者風情で……」

ソメタニ「(黙って聞いて)」

ひばり「昔から親は厳しくて、でも私妹だからそこまで期待されてなかった。でも、お兄ちゃんが籠ってしばらくしてから、お母さんが『ひばり、ひばりー』ってなって……」

ソメタニ「ふーん」

ひばり「何でも管理されるようになって、お母さんの希望する大学に行けって毎日言われる」

ソメタニ「兄さんは思い通りにならないからポイってか、それで次はあんたに。典型的な毒ママだな」

ひばり「……お母さんを悪く言わないで」

ソメタニ「は?」

ひばり「厳しいのは私たちのためなの。お兄ちゃんだってもっと頑張ってさえいれば……」

ソメタニ「厳しいって……それ正気? 兄さんの頑張りが足りないって言うのか」

ひばり「そうだよ……だって、そうするしかないじゃない。かわいそうだけど、私だって毎日苦しい」

ソメタニ、着替えをひばりにぶん投げる。

ソメタニ「あーっ何いい子ぶってんだよ。そのうち同じことになるよ、あんたも」 

ひばり「(ぽかんと)……?」

ソメタニ「自覚ないのか。すまん、俺はあんたの兄さんに状況がかぶってた方だからつい――」

ひばり「かぶってるって」

ソメタニ「中学ん時親父にボコられながら勉強させられてた。死んだから解決したけど」

ひばり「……そうなんだ、お父さんが」

ソメタニ「そう、病死」

ひばり「……」

ひばり、疲れすぎてうとうとしている。

ぼーっと見渡していると、前に黒い布で覆われていた台がオープンになっているのに気づく。

台の上には粘土でできたミニチュアの家や人形が置かれており、その傍にはカメラが三脚の上に据え付けられている。

ひばり、腕を伸ばして人形にさわろとする。

ひばり「ふふ、かわいいね。君が作ったの」

ソメタニ「おい、ばか、触るな」

ひばり「おっかしー。何で穴を隠さないでこれを隠してたの、変な人」

ソメタニ「(恥ずかしそうに)……知らん」

ほっとした表情でほほえむひばり。

ひばり「また、見せてよ」

悪い気はしていないソメタニ。

と、ひばり、いつの間にか寝息を立てている。

ソメタニ「あ……」

ソメタニ、ひばりを抱えようとするが、

ソメタニ「重っ」

ベッドに寝かせタオルケットをかけてやる。

ひばり、穴がある壁側を向いている。

もう一度転がして逆向きに寝かせ直すソメタニ。

床に布団を引いて自分の寝床を作る。

ソメタニ「……」


○ファインダー越しの映像(日替わり)


歩きながら昼休みの校舎風景を撮っている様子。

廊下ですれ違う女子生徒らは撮られたのに気づいて眉をひそめ散っていく。

渡り廊下、ひばりがビニール袋をさげ歩いてくる。

ちょっと固定ぎみになるカメラ。

と、ひばりがこちらにずんずん近づいてくる。

アップでちらっと笑顔が映って。

フォーカスリングをつかむように覆いかぶさる手。映像、止まる。


○高校・校舎・外


日陰の辺りに並んで座ってパンを食べるひばりとソメタニ。

ソメタニ「うまっ! 何これ」

ひばり「スペシャルコロッケ焼きそばバーガー、知らないの。購買並んだんだから。こないだのお礼」

ソメタニ「そんで、あれ以来兄さんは」

ひばり「特に。部屋に入るとかの接触さえなけりゃ……」

と言いつつ、スマホで先日見つけた『れんげ畑』の評判について検索している。

『あの色んな所で叩かれた最弱相談者が最後に行きつく砦的なやーつ』などのコメントが。

ソメタニ「何それ」

ひばり「(引っ込め)関係ない。でも、状況が変わったりはしないよ。全然」

ソメタニ「じゃあ一番手っ取り早い解決法教えてやろうか」

ひばり「何?」

ソメタニ「元凶の鬼ママを殺すこったよ」

ひばり「はー? ふざけないで」

ソメタニ「ふざけてねえし」

ひばり「ちょっと君が言うと本気にしか見えないからやめて(苦笑)」

ひばり、ソメタニの頬をつねる。

ソメタニ「ちょっ、何だよ」

とソメタニが焦ったのを見て、

思わずひばり吹き出してしまう。

つられて笑ってしまうソメタニ。

ひばり「ていうか君って本物の変態?」

ソメタニ「は?」

ひばり「だってまた盗撮してるし、ほんと意味わかんないもん」


○同・弓道場(夕)


道場に円形に集まる部員ら。

その中央で帰りの挨拶をしている宗助。

宗助「――連絡事項。来月に控える県大会のメンバーが決定したのでここで発表していきます。女子団体戦――『大前』山田、『二番』森崎――」

自分の名にビクッとなるひばり。

宗助「――『中』清水、『落ち前』伊藤、『落ち』高島。続いて男子は――」

宗助、淡々と続ける。


○同・女子更衣室(夕)


沈んだ面持ちで着替えているひばり。

綾が見かねて、

綾「元気出しなよ。ひばりが『落ち』(エース的役割)じゃなくなって私もびっくりしたけど、先生のプレッシャー感じないようにって配慮もあるんじゃない?」

ひばり「ありがとう。本当に調子は微妙だし今は『二番』の方が気が楽」

見ていたマナとメイ。

マナ「選抜に入ってて当たり前なんですから贅沢な悩みですよー」

メイ「贅沢と言えばーひばりさんには部長もいるじゃないですか。最近はどうなんですかー」

マナ「そーそーどこまで進んでるんですか」

ひばり、黙る。

マナとメイ「(黄色い声)えーっ!」

綾「こらこら、困ってるじゃない」

ひばり「進展? どころか最近部長とはあんまり関わってないかも……」

メイ「えーっ何でですか」

綾、ひばりに釘付け。

ひばり「何でかな……」

マナ「やだーはっきりして下さいよ。そのうち誰かにとられちゃいますよ」

ひばり「(曖昧に苦笑)じゃあ私はこれで、お先」

と、ひばりそそくさと出ていく。

綾「おつかれー」

マナ、ひばりの気配完全に消えてから、

マナ「(綾に)ひばりさん何考えてんでしょうね? 私見たんですよ。あの盗撮野郎、ソメタニでしたっけ? 最近つるんでるみたいですよねー」

綾「……」


○森崎家・ひばりの部屋(夜)


ひばり、パソコンで『れんげ畑』を開いている。

Yが、「直心」という僧侶とやり取りしている。

直心「ご友人に相談されたことはありますか」

Y「親の事は誰もわかってくれず、自分がわがままだと言われて以来話さなくなりました。理解してくれる人がいないことが自分の中でより孤独感を強め――」

ひばり「……」

「お悩みに答えてくれる僧侶募集中」をクリック。

寺院情報、宗派の項目に適当に情報を入力し登録しようとするひばり。


○神社・弓道場・前(日替わり・朝)


入口に『高校生弓道大会』の看板が立てられている。

多くの道着を着た高校生らが出入りする。


○同・その付近


道着姿のひばり、人気のない空いている芝生辺りでエア『離れ』(=矢を放つ)しアップしている。

宗助がやってくる。

宗助「森崎、頑張ろうな」

ひばり「はい、部長も」

宗助「うん」

ひばり「(ほほ笑んで)」

「ねえ」と宗助、ひばりに寄って行こうとする。

と、茂みからがさっと音が。

二人、振り向くが誰もいない。


○同・荷物置き場


ひばり、矢筒を出し準備している。

その様子を見ている綾。

ひばり「どうしたの?」

綾「……ううん、お互い力発揮できたらいいねって思って」

ひばり「うん、終わったら打ち上げにパフェいこうよ」

綾、笑顔で返す。

弥太郎がやってくる。

弥太郎「そろそろ女子団体始まるからいったん集まりなさい」

ひばり「はーい」

バッグを閉めて出ていくひばり。

綾、ひばりの背中を見送って……


○同・射場


他校の団体戦の選抜メンバー女子5名が一列に並ぶ。

あわてて駆けこんでくるひばり。

ひばり「誰か私の乙矢(はや)知らない?! さっき確認したはずなのに無いの」

皆の視線が集まるが、知っている者はいないようだ。応援で待機しているマナが、

マナ「大丈夫ですか!? もう次ですよね、私探します」

と立ち上がる。

と、そこに矢を持った綾が落ち着き払って立っている。

綾「これ、使って。私の」

ひばり「綾」

綾、ひばりのもとにやってきて耳打ち。

綾「甲矢と乙矢取り違えるなんて初歩的なミス、先生に知れたら大目玉だよ。黙っててあげるから、とりあえずこれを」

ひばり「ありがとう、助かる」

と、乙矢を受け取るひばり。

審判「次! 茗荷校、早くして」

ひばり、他4名に追いついて、射位につく。

息を吐いて目をつぶる。

ひばりの右隣、山田が一射目を放つ音。

次がひばり。

乙矢は唇にくわえる。

次に甲矢を手にし、構え、一気に矢を放った。

的の端側だが、何とか的中している。

応援席から歓声が。

宗助「よし!」

メイ「やった! やっぱりひばりさん本番に強いっ」

ひばり「(ほっと)」

5名がひととおり済んで二周目に。

山田が射て、ひばりだ。

ひばり、綾から受け取った乙矢を手に取り見る。

と、矢じりにかけて何だか曲がっている……

ひばり「!」

ひばり、少し間おいて、足踏みを始めるが落ち着かない……

一つ前の動作に戻ってまた足踏みからやり直す。

ひばりの次が射順の『中』清水がやきもきしてひばりを見ている。

その視線に気づいたひばり、仕方なく乙矢を放つ。

が、進路は途中で曲がって地面を滑るように落下。

マナ「あーっ!」

落胆の表情を浮かべるひばり。


○高校・弓道場・射場(夕)


夕暮れに染まる道場。

ひばり、一人で弓を構えている。

的をじっと見つめるが……

構えをやめるひばり、矢入れまで寄っていく。

中の矢を一本取り出してはストンと戻し、確認していく。

と、一本の矢を見つける。

ひばり「……これだ。何でこんなところに」

その羽中節(はなかぶし)を見つめる。

と、羽根の間にわずかに赤い繊維が。

×      ×      ×

横向きの綾の道着姿。袴から赤い帯が見えている。

×      ×      ×

うつむくひばり。


○同・的場(夜)


陽が落ちた。

その暗さで的の白い部分と黒い部分がぼんやりして。

的に矢は一本も刺さっていないが、周りには何十本も落ちている。

最後に飛んで来た矢は的まで届かず、芝の中に埋もれる。


○同・射場


肩で息をするひばり。

額の汗をぬぐう。

床を足でダンッと踏みしめる音が虚しく響く……


○同(日替わり)


ひばりを見ている後輩らがひそひそと。

声「どうしちゃったの。試合以来ひばりさんおかしくね?」

声「あんなに急いで離れに入るスタイルだっけ」

ひばり、平静を装い弓を引き続けるが、全く中らず。

もう一度、弓を引きなおそうとする。

ひばりのM「3秒間は絶対離さない。1・2……!」

が、ひばりの意志と関係なく矢は離れ飛んでいく。

落胆に動きを止めるひばり。

と、弥太郎がひばりのもとにやってくる。

弥太郎「……早気(はやけ)だな」

ひばり「何ですか」

弥太郎「弓道病の一つだよ。『会(かい)』を保てずに勝手に飛ぶだろ。今のお前は『死気体(しきたい)』だ。しばらくやめて自分を見つめ直すのが最善かと思うが」

ひばり「しきたい? やめる?」

弥太郎「(うなづく)」

急に激高するひばり。

ひばり「どうして! 私上達したくて一生懸命やってるだけなのに。嫌な思いだって我慢して……」

弥太郎「責めているわけじゃない。芯が揺らぐといくらやっても逆効果だ――」

ひばり「もういいです! 前から先生の言う事は意味不明だったし、生徒のことなんか何一つ見れてないじゃない!」

弥太郎、黙って首を傾げる。

涙があふれ出すひばり、道場から走り出ていく。

宗助、遠巻きにその姿を心配そうに見て……



続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る