第2話

〇歩道


ソメタニの後を少し離れてついていくひばり。

ひばり、ソメタニの背中見つめ、

ひばり「何で部室じゃなくて家においてんの……(小声)気持ち悪い」



〇ソメタニのアパート・玄関


ソメタニについて入ってくるひばり。

ひばり「おじゃまします」

と、部屋の奥の方をうかがうが、

ソメタニ「親は仕事出てる」


〇同・ソメタニの部屋


ソメタニ「ちょっと」

と、先に入って部屋の前でひばりを待たせている。

ひばり、ドアのすき間から少しのぞいて。

ソメタニ、部屋の奥の台のようなものを大きな黒い布で覆い隠すと、

ソメタニ「いいよ」

とひばりを誘導するが、ひばりは入り口で固まっている。

ソメタニ「……」

ソメタニ、ひばりがベッド脇の壁の穴を見ていることに気づく。

壁に寄りかかれないほど、蹴ったような穴が複数あり、修復されていない。

ソメタニ「(平然と)ああこれ。昔のやつ」

ひばり「……」

ソメタニ、立ち上がって、

ソメタニ「壁ドンとかできないし逆に安心じゃん。ま、貧乳興味ないからそんなケースありえないけど」

ひばり「! キモッ」

と、とっさに胸をかばうひばり。

ソメタニ「(笑って)別に帰っていーよ。こっちは困んないし」

ひばり「いや、用済んだらすぐ帰るし」

と強がるひばり、一歩を踏み出す。

ソメタニ、テレビにケーブルを繋ぎ、動画再生の準備をする。

ひばり、ベッド下の床に正座する。

ソメタニはベッドに座って、テレビに映るひばりの動画を見る二人。

ひばり「……」

ひばりのアップがモニターいっぱいに広がる。

ひばり「わっ……ほんとに私撮ってる、ねえ何で」

ソメタニ「あんたが勝手に映り込んで、そのまま出ていかなかっただけだろ」

ひばり「むちゃくちゃ言わないでよ」

×      ×      ×

動画を見つめるひばり。

ひばり「動きは悪くはないのになあ」

ソメタニ「いやいや、完全に精神のブレから来てるやつでしょ」

ひばり「……」

ソメタニ「最近のあんたって人形みたいにからっぽで、ただの入れものみたいな……そんな感じじゃね? 何かあったんだろ」

ひばり「はあ? ないけど」

ひばり、立ちあがる。

ひばり「もういい、収穫なしか――」

と、出ていこうとするが、

ソメタニ「ないことなんかないだろ」

ひばり「!」

ソメタニ「……なぁ、何であいつは家に入れなかったの」

ひばり「……」

ソメタニ「俺んちには普通に来ておかしいだろ」

ひばり「だから関係ないって――」

ソメタニ「そんなに言えないことなんだな」

ひばり「……」

ソメタニ「(鼻で笑い)まあ察しはつくが。考えられる理由その1.貞操的なものを重要視している。考えられる理由その2.汚部屋だから――」

ひばり、固唾をのんで……

ソメタニ「――考えられる理由その3.見せられない物または人がいる(ニヤッと)」

ひばり、笑うが声は震えて、

ひばり「誰にでも当てはまる漠然とした言い方ってインチキ占い師みたい」

ソメタニ「じゃあ3か」

ひばり「……うるさい。君こそ、こんな部屋、見せたくないものなんじゃないの」

ソメタニ「べつに。荒れてたことがあったのは事実だし」

ひばり「……帰る!」


○歩道(夜)


物憂げなひばり、ダダッと走りだして、


○公園脇の歩道(夜)


も走り抜けて。


○横断歩道(夜)


わき目もふらず赤信号を突っ切るひばり。


○森崎家・玄関(夜)


「ただいま」と入ってくるひばり。

幹子がかけよる。

幹子「どうしたの遅かったじゃない」

ひばり「……道場の掃除頼まれちゃって」

幹子「そんなのあった」

ひばり「あ、あるよ。不定期で」

幹子「学校も酷いわねこんな遅くまで生徒を拘束するなんて。今度お母さんが伝えておくから」

ひばり「えーいいよ」

幹子「よくないでしょ。ひばりの時間は貴重なの」

ひばり「うん」

幹子「推薦の保険のためにも普段の勉強の時間も確保しておかなきゃ」

ひばり「……」


○高校・廊下(日替わり)


昼休み。

お弁当を持ったひばりが綾と歩いている。

向こうから一人でソメタニが歩いてくる。

ソメタニ、食い入るようにこちらを見つめ……

が、ひばり目を合わせず綾に腕をからませ、

ひばり「綾、行こっ」

と、廊下を曲がって階段を降りようとする。

綾「またあいつ見てたね、気をつけてよ」


○階段・踊り場


立ち止まって振り返り階段上を見るひばり。

校内の生徒らが邪魔そうにひばりを避けていく。

ひばり「……」

綾「ひばりー」

ひばり「あ、待って」

と綾を追いかけるひばり。


○森崎家・ひばりの部屋(日替わり・朝)


鳥のさえずり。

ベッドで眠るひばりの頬に朝陽が差して。

幹子の声「ひばりー?」

ノックなしにガチャリとドアを開け入ってくる幹子。

ひばり、薄目を開ける。

幹子「起きなさい」

と、ふとんをはぐる。

やっと目覚めたひばりの耳もとで、

幹子「今朝幸文が出かけたみたい」

はっとするひばり。

幹子「片付けるからひばりも手伝って」


○同・幸文の部屋・前


着替えたひばり、突っ立っている。

ひばり「本当にいないの」

幹子、掃除用具やゴミ袋を持ち階段を上ってきて、

幹子「下で何か食べてたみたい。それと靴もないから」

ひばり「でも……」

とドアに手を当てて見上げる。

幹子「行くわよ、今のうちなんだから」

と、マスクをひばりに渡し、ドアを開ける。


○同・中


カーテンが閉まっていて暗い。

獣っぽい臭いに鼻をおおうひばり。

幹子、ずんずん踏み込んでいって、窓を開ける。

一気に陽が差し込む。

と、部屋の荒れがより鮮明に見える。

足の踏み場なく物やゴミが散乱している。

ゴミ箱はとっくにキャパオーバーし、ティッシュが床に溢れている。

飲みかけのペットボトルの液体は変色し、菓子のカスが床にもベッドにも散らばって。

蹴り過ぎて剥がれている壁。

×      ×      ×

マスクをつけたひばりと幹子、ゴミ袋に物を投げ込んでいく。

幹子がノートパソコンを開き触っている。

幹子「……入れない。ひばり、何かパスワード思い当たるのない?」

と、ひばりにパソコンを押し付ける。

ひばり「えっ知らないし、そんな勝手に開けるのってお兄ちゃんに対して――」

と遠慮がちに答えるが、

幹子「――親だから知る義務があるでしょ、それにこんな親不孝者にプライバシーなんてないわよ」

ひばり「!」

幹子「ひばりだったらわかるでしょ」

と、再びひばりにパソコンを押し付ける。

ひばり、渋々受け取り、タイプしてみるが、パソコンの画面には「パスワードに誤りがあります」と表示される。

ひばり「やっぱり誕生日は違うか」

幹子「(イラつき)それくらいお母さんだって試したわよ。あーもう大体片付いたからいいわ、こっち(ゴミ袋)は母さんが下に持ってくからひばりは勉強を始めて」


○同・ひばりの部屋


ひばり、机で問題集を解いているが、手が止まる。

×      ×      ×

ひばり(7)と幸文(9)。

二人で駄菓子『もぐもぐもぐも』を作り食べている。

幸文が舌を出すと毒々しい紫色。

それを見て笑うひばり。

×      ×      ×

ひばり、はっとする。


○同・幸文の部屋


音を立てずもう一度入ってくるひばり。

幸文のパソコンを再び開いて、

『m』『o』『g』と打っていくと……

ログインができるように。

と、『れんげ畑~あなたの心の駆け込み寺~』という仏教系相談サイトが。

ひばり「?」

「相談する」をクリックすると、以前の投稿者名が自動入力されており、「Y」と入っている。

過去の相談を開くと、「1年半ひきこもっていますが自分の至らぬ点を教えてください」という件名の相談履歴。

相談本文は長い。スクロールしていくひばり。

ひばり「……」

と、階段を静かに上がってくる音が聞こえてくる。

ゆっくりと、一歩一歩。

ひばり「(小声)まずいっ」

大急ぎで×を連打しサイトを閉じ、履歴を消す。

立ち上がって部屋から出ようとするひばり。

が、ドアの前で幸文と鉢合わせに。

幸文「(見下ろし)……」

幸文の風貌は、以前より10キロ以上太っており、髪や髭は伸び放題。着替えていない服は部屋以上に強い臭いを放っている。

幸文、怒りで目をぎらつかせている。

ひばり「(息をのむ)……」

ひばり、そそくさと出ていこうとしているが、

ドアをふさぐように幸文が立ちはだかる。

まごつくひばり。

が、がんとして動かない幸文。

幸文「……」

ひばり、わずかなすき間から通り抜けようと幸文にぶつかりながらも強硬突破で廊下へ。

と、幸文は追いかけてきて階段を降りようとしたひばりの腕をつかむ。

ひばり、怖がって、

ひばり「やだっ。離してっ」

と、腕を引きはがそうと必死に。

幸文、その反応に動揺しわずかにその腕を緩め……

ひばり「あっ!」


○同・階段


ひばり、階段を転げ落ち1階で倒れる。

幸文はガン飛ばして乱暴にドアを閉める。

ひばり「!」

幹子、慌ててひばりのもとに飛んでくる。

幹子「(悲鳴をあげ)大丈夫なのひばり?」

ひばり、左足に痛みを感じ手で覆う。

が、立ち上がって、

ひばり「大丈夫、折れてるとかじゃなさそう」

幹子、ひばりの足をさすって猫なで声。

幹子「はーよかったわ。大切なひばりが骨折でもしたらお母さんおかしくなっちゃう。でも念のため病院は行きなさいね」

ひばり「うん……」

急に冷たく低い声になる幹子。

幹子「幸文にやられたのね」

ひばり「そ、そうだけど……そうじゃなくて、わざとでは――」

幹子。わざと大声で2階に向かって怒鳴る。

幹子「あーあーついに暴力ときたか。終わったね、妹に負けたからってそうやって腐って。ほんっと情けない!」

ひばり「……」

幸文の部屋からの反応は特にない……

幹子、同じ勢いでひばりにも。

幹子「あんたもどんくさいんだから。なんと避けるとかできないの。全く二人して親に苦労かけて。足だからいいけど、手だったら弓もできないし、そしたら大学も……」

ひばり、ショックで一瞬固まる。

ひばり「……じゃあ病院、行ってくる」

とその場を後にする。


○同・リビング


ひばりが入ってくると、礼二(50)がソファでテレビを見ている。

ひばり「お父さん、いたんだ」

礼二「(笑顔で)おはよう、ひばり」

ひばり「……今階段から落ちたんだけど」

礼二「おう、それは大変だ」

ひばり、礼二の初耳感に不可解な表情で。

ひばり「……足、痛いんだけど」


○車内


運転する礼二。

後部座席、暗い表情で窓外を眺めるひばり。


○森崎家・2階・ひばりの部屋(夜)


薄暗い部屋。

パジャマ姿のひばり、包帯が巻かれた足をベッドに入れ、まぶたを閉じる。

×      ×      ×

ドン! という音に目を開くひばり。

幸文の部屋からだ。

ひばり、恐怖に身動きできず……

ドン! ドン! ドン! 連続して蹴り続ける音。

鳴りやむ気配はない。


○同・階段(夜)


灯りはつけないまま、ひばりは気配を消すように左足をひきずって降りていく。


○同・1階・リビング(夜)


幸文が壁を蹴る音は階下まで響いている。

柱時計がボーンボーンと二度鳴る。

ひばり、リビングを通り抜け、両親の寝室のふすまの前まで音を立てぬように歩いていく。

と、幹子と礼二のひそひそ声が聞こえてくる。

礼二の声「そんなに心配なら自分が見にいけばいいだろ」

幹子の声「いやよ何で私に行かせようとするの」

礼二の声「大丈夫だよ、こっちは疲れてんだから寝かせてくれよ」

幹子は多分黙っている。

ひばり、立ちつくしたまま、ふすまを開けられない。


○歩道(夜)


雨が降っている。

パーカー一枚を羽織ったひばりがあてどなく歩いている。

ぼやけた月がうっすらと道を照らす。

向こうに見たことのある建物が見え……


○ソメタニのアパート・前(夜)


2階のソメタニの部屋は灯りがともっている。

見上げるひばり。


○同・玄関・中(夜)


インターホンの音。

眼鏡をかけ直して出ていくソメタニ。

「何だよこんな時間に」とぼやきながらやってきて、のぞき穴に目を当て。

ソメタニ「!」

玄関ドアを開けると、

ずぶ濡れのひばりが立っている。

ソメタニ、ひばりの足元含む全身見る。

ひばり、捨て猫みたいな目で……

ソメタニ「……何か用」

ひばり、ドアの隙間から無理やりあがりこもうとする。


続く

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