放たれたい
理犬(りいぬ)
第1話
○まぶしい光の中
すっと鼻から息を吸い込む音。
ギギイと引き絞られる弓の音。
と、びよんと振動をくりかえす弦音。
を追いかけるようにバン! と何かにあたった音。
その何かとは――
――的だ。的のど真ん中に3つの矢が刺さっている。
ズームアウトすると、夏の濃い緑に面した弓道場が広がっている。
○高校・弓道場
沈黙。
をやぶって、蝉の鳴き声が一斉に聞こえだす。
矢の主は、袴姿ですらっとした少女。黒い髪を後ろの高い位置で一本にくくっている。
高校2年生の森崎ひばり(17)だ。
「3連だ」「しかも姿勢きれい」と感心する後輩ら。
が、周りに一切動じない凜としたひばり。
また、無音になる。
○同・ファインダー越しに映るひばり
次の射の『会(かい)』の姿勢に入っていくひばり。
両足のスタンスを開け踏みしめ。
呼吸に連動しわずかに上がる肩。
さらにズームし、ひばりの横顔がアップに。
彫りの深い整った顔だち。
さらにズーム。
と、まつげの先が震えているような……?
と、矢はすでに飛んでいて、的に刺さる音が鳴って。
カメラ振ると、他の3矢とは離れ、的内ぎりぎりに入っている。
○同・弓道場
4射目の矢を見つめるひばり、ナーバスな表情。
看的係が見に行き、判定を下す。
両手で○を作って高くかかげる。
看的係「あたーりー」
後輩ら、感嘆の声をもらす。
射順が済んだひばり。余韻を残すようにそのままの姿勢で静止した後、ゆっくりと礼。
踵を返しその場を去って行く。
カメラの主、文科系っぽい眼鏡男子の染谷正貴(17)は制服姿だ。
ソメタニ、ひばりの後ろ姿をいぶかしげに見ている。
○同・女子更衣室
着替えている後輩のマナ(16)とメイ(15)。
マナ「かっこいいよねひばり先輩」
メイ「皆中につぐ皆中。うちらなんてまず的まで届かんし(笑)」
マナ「部長もガン見してたよね?」
メイ「えーあの二人ってそういう仲なの? あたし部長目当てで部活入ったのにー」
ひばりと友人の工藤綾(17)が入ってくる。
後輩ら、ひばりを見て何事もなかったかのように、「おつかれでーす」と荷物をまとめ始める。
綾「――その二人に関しては。みんなの認識で合ってるということで」
マナ「聞こえてたんですか、部長とひばりさん?」
綾「そ。だからジャマしないでね(笑って)」
メイ「そうなんだー」
ひばり「ちょっと、綾何で言うの」
綾「こういうことは早めに望み絶っとくべきでしょ。(後輩らに)先月部長に告白されたんだってー」
マナ「お似合いですね」
ひばり、照れ笑い。
メイ「話変わるけどまた来てましたね、ひばりさんばっか撮ってるカメラ男。映像部通じて撮影許可取ってるとは聞いたけど怪しくないですか」
ひばり「そんな人いた?」
綾「いたよ、集中しすぎて気づいてないんだよひばりは」
メイ「友達とかじゃないんすよね」
首をかしげるひばり。
綾「ストーカーじゃん、気をつけないと」
マナ「部長に追っぱらってもらえばいいじゃないですか」
沸く綾、メイ、マナ。
ひばり、あいまいな笑みで。
○同・校門前
やってくるひばり。
真面目そうなイケメン、弓道部部長の橘宗助(18)が待っている。
宗助「おう」
○川沿いの歩道
歩くひばりと宗助。
宗助「お腹すいた? どこか寄ってく?」
ひばり「……いいです」
宗助「そっか」
ぎこちない二人。
ひばり、そわそわしているが宗助の方は見ていない。
宗助はひばりをちらちらと気にして。
○森崎家・前(夕)
玄関前に立っているひばりと宗助。
ひばり、目をそらして、
ひばり「散らかってるっていうか」
宗助「気にしないよ。だめ? 本当に」
ひばり「ちょっと」
宗助「じゃあ土日は」
うつむくひばり。
宗助「何で、ほんとは嫌なの」
ひばり「ううん……」
宗助、ひばりの腕を強引につかんで詰める。
ひばり「やめて下さいっ聞こえるし」
と、そこにカメラを提げたソメタニが歩いてくる。
ソメタニ、ひばりたちに気づいたが、見て見ぬ振りで通り過ぎようと……
が、ひばりが大声で叫んで。
ひばり「ちょっと! 君!」
ソメタニ「は?」
ひばり「撮って! 撮ってよ!」
と自分の方を示して。
ソメタニ、めんどくさそうに後ろ歩きで戻ってきてカメラを構えるふり。
と、宗助は顔を赤らめて、
宗助「んだよっ 何の証拠だよ」
と悔しげにその場を立ち去っていく。
間があって。
ひばり「……ありがとう」
ソメタニ「何で拒否ってんの。付き合ってんでだろ」
ひばり「関係ない、君に」
ソメタニ、立ち去ろうとするが振り向く。
ソメタニ「さっきさ――」
ひばり「?」
ソメタニ、弓を引く真似をする。
ソメタニ「――最後に打ったやつ。震えてたろ」
ひばり「……関係ない!」
と、そのままドアを乱暴に閉める。
ソメタニ「!」
○同・中(夕)
玄関ドアの前に立ったまま動けないひばり。
ふーっと大きくため息。
○同・二階(夕)
階段を上ってきたひばり。
閉じられているドア。
を、通り過ぎ、奥の自分の部屋に入っていく。
○同・食卓(夜)
ひばり、母親の森崎幹子(45)と夕飯を食べている。
黙々と食べていて、会話はない。
ひばり、やっと話題を見つけた様子。
ひばり「お父さん遅いね」
幹子「教育委員会の会合だから夕飯もいらないって」
ひばり「……相談してくればいいのに」
幹子「!」
と眉をひそめ箸を置く。
ひばり、おそるおそる見上げる。
幹子「幸文のこと言ってるの?」
ひばり「そ、そうだけど」
幹子「何のつもり? そんなことしたらお父さんの立場がどうなると思って」
ひばり「……だけど」
幹子「誰かに言ったんじゃないでしょうね? 幸文のこと」
ひばり「言ってないよ」
幹子「ひばりも大学の推薦狙えるって時にね、よくないでしょ、そういうの広まると。気をつけなさい」
ひばり「……はい」
〇同・キッチン(夜)
洗った食器の水を切るひばり。
調理台に盆にのった一人分の夕食が置いてある。
ひばり、器を触って、
ひばり「(冷たい)……」
を、電子レンジに入れようすると、
幹子の手が伸びてきて、
幹子「いいわよ、どうせ持ってって上げてもすぐ食べないんだから」
と、器を引き戻しまた盆に。
ひばり、盆を持っていこうとする。
が、幹子はそれを奪うようにして、
幹子「やらなくていいのひばりは」
と出ていくが、また戻ってきて、ひばりに耳打ち。
幹子「関わっちゃダメ、あいつに」
ひばり「!」
〇同・2階・ひばりの部屋(夜)
机に向かって勉強をしているひばり。
が、気が散って教科書を閉じる。
ひばり、見上げて……
視線の先、一枚の絵。
子供らしい水彩画で家族4人が描かれている。父、母、男の子と女の子。みんな笑顔でよりそって。
きちんと額装され表面はガラスで保護されている。
○同・廊下
音を立てずドアを開け部屋から出てくるひばり。
○同・2階・ドア前(夜)
ドアの前の床に夕食が置かれたまま。
その前にたたずむひばり。
ひばり「……」
息を吸ってから、控えめにノックをし、
ひばり「(小声)置いてあるよ、お兄ちゃん」
が、ドアの向こうからの反応は、ない。
ひばり「……」
もう一度、さっきより強めにノックしてみる。
と、ドン! と中から乱暴に壁を蹴る音が。
ビクつくひばり。
○同・ひばりの部屋・中(夜)
ベッドに転がるひばり。
横寝の姿勢で、
ひばり「しゅっ」
弓を引くしぐさ。
壁に向かって小声で、
ひばり「ばんっ!」
ふとんをかぶる。
○同・幸文の部屋(ひばりの回想・2年前・夜)
ひばり(15)、問題集とマグカップを持って入ってくる。
机に座っているひばりの兄の幸文(16)。
横にしゃがんで幸文に勉強を教えてもらうひばり。
幸文「今年は一緒に受験だな」
ひばり「がんばろうね、余裕でしょお兄ちゃん」
幸文「二度目だもんな、さすがに受かるよ」
○高校・受験結果掲示板前(ひばりの回想・2年前)
受験生がつめかける有名高校。
ひばり、自分の番号見つけ
ひばり「やった、あった、あった!」
と、笑顔になる。
が、また掲示板に視線戻すと、
ひばり「お兄ちゃん……」
○森崎家・ダイニング(ひばりの回想・2年前・夜)
夜、窓の外は雪が降っている。
ひばりと幹子(43)と父親の礼二(48)、出前寿司が載ったテーブルについて待っている。
気まずそうな表情のひばり。
礼二「遅いな、幸文」
幹子「(イラつき)ひばりは会わなかったのよね」
ひばり「……はい」
幹子「(舌打ち)合わせる顔がないのよね。ハッ、中学浪人とか普通ありえないのにそれでまたダメだなんて。一体親にどれだけ恥かかせるつもり! 飽きれるわっ」
と吐き捨てるように言い放つ幹子。
と、同時にドアの前に人の気配が。
ひばり「お兄ちゃん?」
と、階段をかけ上がる音が聞こえ……
ひばり「……」
○高校・弓道場・射場(現在)
ザッと飛んでいく矢の音。
大きく外れた安土に刺さっている。
後輩男子1「ひゃっ! ひばり先輩、危ないっすよ。今矢取りっすから」
と、刺さった矢を手早く引っこ抜いて回収していく後輩男子1。
ひばり「わっごめん、ぼーっとしてた」
と手を併せるひばり。
名誉顧問の弥太郎(70)が指導に来ている。
横一列に並び部員が順に矢を放っていく。
を眺めながら弥太郎がひばりのもとへやってくる。
弥太郎「雑念は消さなくてはいけないものじゃない。雑念自体動力の一つだからだ」
ひばり「? はい」
弥太郎「全ては、地球の真ん中に吸い寄せられるだけ。射手と地球の内核を結んだその線上に的があるだけのこと。大事なのは的のもっと奥、その先を見極めること……」
ひばり「?」
ひばり、繰り返し弓を引くがますます当たらない。
やけになって引こうとすると、弥太郎がぐいと手を止め首を横にふり、
弥太郎「看的に行け」
と的付近の看的小屋を指さす。
ひばり「……はい」
○同・看的小屋
小屋に向かっていくひばり。
と、宗助と綾が中にいる。
ひばり「あ」
宗助、気まずそうにひばりから目をそらす。
ひばり「代わります」
宗助「じゃあ」
と早々と出ていく。
が、綾は宗助の背中に、
綾「直接言えばいいじゃないですか」
と、きつめに声をかける。
× × ×
ひばり、看的版の○と×をくるくる回す。
綾「(声張って)あたーりー」
ひばり○に変える。
綾「無理してつき合わせてんじゃないかって心配してるよ」
ひばり×に変えて。
綾「彼氏だったら、色々話せるじゃん」
ひばり×に変えて。
綾「ていうか、何か悩んでる? 私だって聞くし。水くさいよ」
ひばり「ありがと……でもほんとに何もないし大丈夫」
と、的を交換しに走っていく。
○同・弓道場
部活が終わって誰もいない。
ひばり、居残って弓を引き続けるがあたらない……
ひばり「……」
遠巻きにまたソメタニが撮っているのに気づいて、イラつくひばり。
ひばり「ちょっと撮んないでよ!」
と、ソメタニに寄って行ってにらみつける。
が、ソメタニは飄々として、
ソメタニ「何だよ撮れとか撮るなとか」
ひばり「(むっと)」
ソメタニ「あたんなくてみっともないからだろ? まあ、こうなるとは思ってたけど」
ひばり「何がわかんのよ、弓道やったこともないくせに」
ひばり、ソメタニに背を向け去って行こうとする。
が、はたと振り向いて。
ひばり「君、前の映像はいつから持ってるんだっけ」
続く
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