3. 空疎 / 独りぼっち / 砂漠

 そうだ、僕は始め、より沢山の仲間たちと共に砂漠を歩いていたはずだった。

「本当にそうなのかしら?」

 隣に佇む、短い黒髪の少女が問い掛けてくる。


「そう思っていたのは、あなただけかもよ?」

 そうかもしれない、と思った。僕は一歩踏み出すごとに重くなって行く自分の足を見つめた。

 そこにはもう、血まみれの棒切れのようになった骨と皮だけしか無かった。


「もう痛みを感じることも忘れてしまったの?」

 そうではない、と思いたかった。けれども、そうであるとも思った。僕は一歩進むごとに暗くなって行く砂漠の空を見つめた。


 もうすぐ夜が来る。

 長く冷たい夜だ。


 その時に、果たして傍らの少女は僕の傍に居てくれるのだろうか。

「あたしは何も気にしてない」

 そう呟いて、少女は微笑む。くりくりとした、大きくパッチリと開いた両の眼が、妙に不気味な眼光を湛えているのが気になった。


「なぜ?」

 僕はそこで初めて声を発したのだった。自分がこんな声をしていたとは、知らなかった。

「何かを想っても、意味なんかないのよ」

 そう言って少女は再び勝ち気に微笑む。


「だって、誰も居ないじゃない。こんなところ」

 少女は楽しそうに走り出して、ただ虚ろなほどに広い空に両手を広げた。今や太陽は沈み、肌寒い風と共に紫色の光が空を満たしている。

「でも、綺麗じゃないか」


「あたしが綺麗ってこと?」

 背を向けた少女を、僕はしばらく見つめた。


 そうであって欲しいのなら、そうであれ。

 僕は確かにそう、願った。


 夕暮れの砂漠に白いものが降り始める。いつしか赤茶けた、錆色のコートとを身に纏った彼女の目の前で、僕は紫色の空から、何かが舞い降りるようにして砂漠に雪が降りてくるのを見た。


「あたしはもう、いつしかあなたを永久に置いていってしまったのね」

 そんな言葉を、さも昨日の夕飯でも語るかのように気軽に言う。

 僕は彼女が何を言っているのか理解できなかったが、何かとても大切なことを語っているのだと分かった。


 いつしか僕は雪の降りる砂漠に倒れて、そこから暗くなって行く空を見つめていた。

「あなたはあたしに置いてかれたから、もう独りぼっちであることにすら気づかないし、気づけない」

 そんな悲しいことを言うなよ、と言葉を発したつもりだったが、もうすでに僕の喉から出るのは弱々しい吐息だけだった。


「やがて永久に置いていってしまったあなたのことを、あたしはどう想えば良いのかな」

 どうとでも思え。そう言いたかった。

 さっきから彼女の言葉は抽象的すぎて、何を言っているのか殆んど分からなかった。いい加減に僕は苛立ち始めていた。

 力尽きて倒れてなお、僕は怒りを忘れていなかった。


「喪った仲間のことを、思い出せる?」

 思い出せるに決まっている。そう思って、必死で思いを巡らせた。誰の顔も浮かんでは来なかった。


 そこにはもう、僕一人しか居なかった。


「おい…」

 自分の喉から、今さらのように声が漏れるのが聞こえた。

「どこに行ったんだ…出てこいよ…」

 僕は必死で、最期の体力を尽くして声を発していた。


 けれども、もう返事が聞こえてくる事はなかった。

 やがて紫色の空は永久に暗闇に満たされ、そうして独りぼっちになった僕は、ただ冷たく不条理な世界のなかで眼を閉じた。

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Heavy rain / above your head 汎野 曜 @SummerShower

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