Happy Troubling


 彼女は少しのろのろとした私の歩調に合わせてくれている。

 空港から電車に乗って、部屋までの道すがら——水面に揺蕩うようなこの時間は、結構居心地が良い。




 ——私も好きだよ。


 口にしてみればなんとも単純なものだった。心の中に広がるのは、言いようのない充足感。

 だが油断は禁物。何せ彼女は数え切れないほどの前科持ちなのである。


「妬くよ、私」


「安心して。晴海以外に興味ないから。今のとこは」


 ウェーブのかかった茶髪の毛先をいじりながら、彼女は猫のようにほくそ笑む。


「はぁ……。ホントにアンタは」


「ちょっとは信じてよ。半年も隣空けて待ってたのに」


「引きこもりが何を言う」


 雨宮は部屋を出たその日から事務所を辞めて実家に帰っていた。スマートフォンには連絡がつかず途方に暮れて——マジ泣きしそうになって——いたところを星の巡り合わせなるかな、押入れの奥に貼ってあった実家の住所を見つけ、こうして連れ出すことに成功したのだ。

 ——成り行きで彼女のご両親に挨拶つかまつる羽目になったのだけれど、もしや外堀埋めてきてる感じのやつなんだろうか。


 まぁ、デザイン部は寂しくなってしまったが、職場恋愛じゃなくなったので、『ヨシ、結果オーライ』ってことにしておく。


「バイトはしてましたぁ。言っておきますけど、何度か言い寄られたの、ちゃんと断って——っ」


 雨宮が可愛らしく尖らせた唇に、そっと自分のそれを重ねる。触れた肩からすっと力が抜けていく。

 しばらく忘れていた、どうしようもなく愛おしい感情。それが少しでも伝わればと思って、すごく長い時間そうしていた。


「いいよ、今のとこは信じてあげる」


「……晴海って意外といじわるなのね」


「今度ダブルデートでもしようか」


 雨宮は「ははん」と目を細くする。


「八雲君でしょ。晴海がいいって言うなら、あたしは構わないわよ。会ってみたいしね、晴海の元カレ」


「腹出てるよ」


 思い出すのは別れ際、彼は汗を垂らしながら「ごめん。好きな人に告白する」と言ってのけた。その、ぱつぱつになったTシャツの横っ腹といったら。


「八雲くん、あんなにムキムキなのに? おっかしーっ」


 彼女が私の隣で、鈴を転がすようにけらけら笑っている。

 そしてはたと、


「あ——、あたしは太らないからね?」 


 いや、別に私がデブ専なわけではない。断じて。

 ——雨宮は今のスタイルが一番だよ。触り心地も良かったし。

 とか、奥歯が痒くなりすぎて言えたもんじゃない。あと二言目は完全無欠に変態のそれだ。




 雨宮は根っからのトラブルメイカーで、私はその渦中にいる。

 今度こそ私は心から願う。どうかこのまま、幸せなトラブルだけが続きますように、と。




   ***おしまい***

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私のトラブルメイカー 白湊ユキ @yuki_1117

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