鳥かごの中の白雪姫

 その少女は、人間がすっぽり入る大きさの鳥かごに入れられて、僕の部屋にやって来た。

 雪のように白い髪と肌に、紅薔薇のような赤い瞳と唇が印象的だ。たぶん、僕と同じくらいの年齢。

 名前を問うと、彼女を連れて来た商人は、名前がない代わりに白雪姫と呼ばれていたと答えた。


「珍しい見た目をしているもんだから見世物小屋にいたんですが、この度売りに出されましてね。お坊ちゃまのお部屋で集められている鳥かごのひとつに加えていただくのはどうかと思いまして」

「僕が収集しているのは鳥であって鳥かごじゃない。でも、いいよ。買おう」


 少しは暇つぶしになるかもしれない。僕はたくさんの鳥と一緒に、白雪姫を部屋に飾ることにした。



 白雪姫は生きているのに人形のようだった。

 笑いもしなければ泣きもしない。一言も喋りすらしなかった。

 僕の大好きなチェリーパイを分けてあげても、美味しいのか美味しくないのかわからない無表情で咀嚼するだけ。

 大きな鳥かごの扉を開けて部屋の中を歩き回れるようにしてあげても、彼女はじっとかごの中で三角座りをしたまま、ぼんやりしていた。

 なんだかつまらないなと思った。



 ある日の午後。外の天気は雪だった。

 僕は雪が好きで嫌いだ。あの真っ白につもった絨毯の上に、思いっきり倒れ込んで空を見上げてみたい。誰の足跡もついていない場所を駆けまわるのはとても楽しいだろう。

 けれどその後はきっと、僕の身体は焼けるように熱を持ち、呼吸は苦しくなり、重しをつけられたように動かなくなるのだ。

 頬杖をついて窓の外を眺めていると、となりに白雪姫が立った。同じようにちらつく雪を見つめている。

 驚いて彼女の横顔を見ると、紅色の瞳は今までに見たことがないくらいに輝いていた。

 そして何かをつぶやいた。

 小さな鈴の音のような声だった。

 そしてそれは外国の言葉で、僕にはなんと言っているのかわからなかった。



 とてもきれい。

 彼女は雪をみてそう言ったのだと、家庭教師が教えてくれた。

 話す言語がわかったことで、僕たちは意思疎通が取れるようになった。

 それと同時に明らかになったのは、彼女はさらわれて行方知れずになっていた異国の王女だったということ。

 僕の屋敷は大騒ぎになり、あっという間に大人たちが迎えに来て、白雪姫はお城に帰ることになった。

 別れ際、白雪姫は僕に手紙を手渡した。

 言葉が通じるようになっても彼女は相変わらず無口で、僕たちは親しくなったわけではなかった。それに、僕は金でお姫様を買ってしまった後ろめたさもあって、仲良くなれなかった。

 おそるおそるその手紙を受け取ると、彼女は寂しそうに微笑んだ。

 人形のようだった白雪姫も、やっぱり人間なんだと思った。



 僕は家庭教師の手を借りずに、自分で辞書を使ってその手紙を読んだ。


あなたも私も鳥。

私は出ていくけれど、あなたは部屋から出られない。

私もきっとまた、お城でかごの中の鳥になる。

だから、どこにいても私たちはさみしい。

私が手紙を書けば、あなたはさみしくなくなるかしら。

あなたから手紙が届けば、私はさみしくなくなるわ。



「雪がやんだみたいだね」


 家庭教師が窓の外を見て言う。


「ねえ先生。少しだけ庭に出ない? 先生と雪遊びがしたいんだ」

「駄目だよ。体の弱い君がこんな寒い日に外で遊んだら、きっと風邪をひいてしまう。さて、今日の授業は終わりだ」


 知っているさ。どうせこの大人はそう答えるって。

 家庭教師がいなくなってから、続き部屋のドアを開ける。からっぽになった大きなかごと、色とりどりの鳥が入れられた小さな無数のかご。

 僕は手近なかごを掴むと窓辺へ行き、窓を開けて、鳥かごの扉も開ける。

 中にいた黄色いカナリアが青空に飛び立つ。

 順番にかごを持ってきては中の鳥を解き放つことを繰り返し、やがて部屋の中は僕とからっぽの鳥かごたちだけになった。

 疲れきった僕は、ふらふらとベッドに倒れ込んで目を閉じる。



ああ、そうだよ。僕は今でも鳥かごの中。

みんながいなくなると、ここは広すぎる。

君に手紙を書けば、君はさみしくなくなるんだね。

君から手紙が届けば、僕もさみしくなくなるだろうか。

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みじかいおはなし 中村ゆい @omurice-suki

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