第13話

第13話 魔法少女という、災厄


ゆいは一人、ベッドの上で夜空を見上げていた。その顔は笑顔ではあるものの、表情は張り付いて動かず、瞳に光はない。

<わあ、これはすごいね>

不意に声が掛けられる。

「マソミン!」

ゆいが視線を声の方に動かすと、上空からマソミンがふよふよと降りてくるのが見えた。

「ひさしぶり!どこいってたの?」

<色々と忙しかったんだよ。そっちも大変だったみたいだね>

「そうだね、たいへんだったよ」

ゆいの部屋には、壁と天井がなかった。ゆいが魔法を使った余波で崩れ去ったからだ。

彼女の身に何が起こったのか。簡単だ。要するに、真と同じようなことが起こった。真との唯一にして最大の違いは、両親を殺され、心の何かが切れてしまったゆいが、魔法を全力で振るったということ。

彼女のベッドの下には、切り裂かれた人体のパーツが無数に無惨に無造作に転がっている。廊下にも、階段にも、庭にも、道路にも。無論、種子によって強化されたゆいの体には傷一つついていない。

<ところでゆい、突然ではあるんだけど>

「ねえマソミン」

マソミンの話を遮り、ゆいが話しかける。

<なんだい?>

「マソミンならしってるよね。わたしたちになにがおこったのか。そのりゆうも」

<ああ、その話か>

「おしえて?」

<いいよ>

マソミンはふわふわとゆいの正面に移動する。ゆいの表情は相変わらず動かない。

<さて、どこから行こうか。一番気になるのはやっぱり能力の暴走かな?あれは種子の成長によるものだよ>

「せいちょう?」

<そう、成長。簡単な話さ、彼女たちに埋まった種子は成長し芽を出し花を咲かせる。その度に力を増して、ちょうど実をつけたところで彼女たちの制御できる範囲を超えた、というわけさ>

「それはマソミンがわるいの?」

<ううん?種子が埋まった時点でその後は勝手に成長するからね。成長剤の投与はしたけど、まあせいぜい数か月早まった程度だよ。遅かれ早かれこうはなってた。ああ、ゆいの種子は大丈夫だよ。成長しないように調整されてるからね>

「とめられなかったの?」

<無理だね。種子は取り出せないし、成長を阻害することもできない>

「ふーん、でもせいちょうざいはつかったんだよね?」

<ああ、種子を失った僕は代わりに実を回収する必要があったからね。まあでもさっきも言ったけど、タイミングの違いにすぎないよ>

ゆいは視線を落とし、床に転がっているものを見る。

「このひとたちは?」

<さあ?これに関しては僕も知らないね。大方、恐怖に駆られた民衆が暴徒と化したか、あるいはどこかの組織が種子の力を得ようとしたのか>

「そっか、うん。わかった。つまり」

――シュカッ。

「マソミンがわるいんだね」

ゆいの魔法により、マソミンの姿が真っ二つになる…が、すぐに元通りになった。

<で、だ。僕の仕事は終わったからもう行こうと思うんだけど、ゆいの種子をどうしようかと思って来たんだよね。ゆいのは他の子のと違って『調整品』だから取り出せるんだけど>

「マソミンがわるい」

―シュカッ

<あのさー、無駄だってわかんないかな?僕のこの姿は実体じゃなくて投影体、要するに映像なんだからゆいの能力じゃどうにもできないよ>

「おまえがわるい」

―シュカッ

<聞こえてないか。まあいいや、種子はそのままでいいね?必要そうだし、取り出す手間も省けるしね>

「おまえがわるい」

―シュカッ

<じゃあ僕は行くから、お達者で>

「おまえがわるい」

―ビキッ

<え…?>

去ろうとしたマソミンの姿にヒビが入る。今までとは違い、元には戻らない。投影体ではなく、その向こうの本体に損傷がいっている。

<え…あ…?なんで…>

「おまえがわるい」

―ビキキッ

亀裂は更に深まっていく。

<ゆ、ゆい、待って、何かおかし>

「おまえがわるいおまえがわるいおまえがわるいおまえがわるいおまえがわるいおまえがわるいおまえがわるい」

亀裂はついに、マソミンの体を一周し、そして。

<やめっ>

「おまえがわるい、だから、うたなきゃ、かたき」

―バキン

マソミンは真っ二つに切断され、投影体は跡形もなく消え失せた。死んだ、のだろう。おそらくは。

「あはっ、あははっ、あはははははははは!みんな!やったよ!かたきはうったよ!あはははははははは!」

ゆいは笑った。高らかに、嬉しそうに。笑って、笑って、笑い続けて。突然ピタリと停止する。

「…こんなもんかぁ」

その表情には、何もない。怒りも、悲しみも、喜びも、達成感も、虚無感さえも。ただ空っぽの表情があった。

「なんにも、なくなっちゃったなぁ」

仲間も、家族も失った。友人知人や親戚はいるものの、周りに広がるこの惨劇は誤魔化しようがない。日常はもう、戻らない。

「…めんどうだなぁ」

遠くからサイレンの音が聞こえる。これは確か、パトカーだ。今度は警察の人を殺すのか。何もかもが面倒になってきた。しかし投降するのも、自分たちが悪いと認めたようで嫌だ。自殺しようにも、銃も効かないこの体では並大抵の事では死ねそうにない。

面倒だ。

面倒だ。

何か手っ取り早い方法はないものか。

そう思いながらふらふらと動いていたゆいの視線が、それを捉えた。

「…あっ」

私の魔法はこうだから、あそこをこうしてこうすれば。そのひらめきに、ゆいの顔がぱぁっと明るくなる。

「そっかぁ!なーんだ、かんたんかんたん」

思い付きを実行すべく、ベッドから降りる。軽い足取りで階段に向かい、そしてそこに積まれている邪魔な肉塊を魔法で細切れにして除去していく。

「さーや、ちゃん。もとこ、ちゃん」

軽い足取りで階段を下りていく。今吹っ飛ばした女の人の顔には見覚えがあったような気がするが、気にしないことにした。

「たかみ、ちゃん。まこと、ちゃん」

そのままリビングを通って、庭へ。今蹴飛ばした男の人の頭には見覚えがあったような気がするが、気にしないことにした。

「いま、いくねぇ」

庭の片隅まで歩き、わずかに露出した地面を見つめる。

「またいっぱい、あそぼうねぇ。いっぱいひとだすけ、しようねぇ」

そしてゆいは、切断の魔法を行使した。

地面に対して。

否、地球に対して。


星が割れる。真っ二つに。

地表を覆っていた大気が、新たに出現した断面という名の地表に向かって流れていく。

その自重に対して不安定な半球という形になった、もともと一つの二つの天体。自転と重力のエネルギーによってその形を保てなくなり、ぐしゃぐしゃと崩れていく。やがてそれらは引き合いぶつかり、粉々に砕け散るだろう。

そんな星の行く末を知るまでもなく、荒れ狂う大気と崩壊する地面の中、地球上の全ての生物は理解した。自分たちは今日、終わるのだと。

ある者は絶望し。

ある者は後悔し。

ある者は慟哭し。

ある者は憤怒し。

ある者は放心し。

ある者は悲嘆した。

そんな中、一人の小さな少女だけは、希望を胸に抱いていた。どんな敬虔な信者でも信仰を捨て諦めるような状況でも、彼女にはまだ、頼れるものが、すがれるものが残っているのだ。

彼女はうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、心の中で強く祈った。

(助けて、魔法少女さん…)


終わり

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魔法少女、たち あしなが豆ふぐ @secret_on_my_leg

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