小さなお客さん
もげ
小さなお客さん
「これ、おいくら?」
アルダリアは読んでいた本から顔を上げて、声の主の姿を探した。
照明を抑えた薄暗い店内には古い家具や雑貨、分厚い本などがあちこちに積み重なっているためとても視界がいいとは言えない。
しかし、声はアルダリアのいるレジカウンターのすぐ向こう側で聞こえたと思ったのだが。
見渡してみても肝心な姿が見えない。
「ここよ、ここ」
「はいはい?」
なるほど小さなお客さんがカウンターの向こうで背伸びしているのかと心得て、彼女は本を置いてぐっと首を伸ばすと、はたしてそこには白い毛むくじゃらがちょこなんとうずくまっていた。
「おやまぁ」
アルダリアは老眼鏡をずり上げて、その毛むくじゃらに並んだ黒く丸い目を見つめた。
ふわふわもこもこの体躯に、頭の上にくっついた長い耳。
「珍しいお客さんだこと」
ずるりと眼鏡はずり落ちて、裸眼で見てもやっぱりそれはうさぎだった。
「これ、これが欲しいの」
ぴょこん、と耳が跳ねて、白うさぎは短い前足を上げた。そこに乗せられていたのは、赤いガラスのおもちゃのネックレスだった。
不器用な手で大事そうにそれを掲げている。
「イルタンの眼、紅かったらよかったのにっていっつも言われるの」
鼻がひくひくと動いて、黒い大きな瞳が赤いガラスをうっとりと見つめる。
「眼は交換できないけど、これを首から下げたら『ふかかち』がつくと思うの」
「付加価値かい?」
イルタン――恐らくそれがこのうさぎの名前なのだろう――は、ぴょこん、と跳び上がった。
「そうなの。アイリーンには負けられないの。アイリーンはイルタンには手のひらにぷにぷにがないから負けだって言うの」
手の平にぷにぷに……。
それではアイリーンとは猫ちゃんかしら?
アルダリアはカウンターから身を乗り出した形で頬杖をついた。
「アイリーンっていうのはお友だち?」
イルタンはくりん、と首を傾げた。
「ん、とね、一緒に住んでるの。セリアちゃんとお父さんとお母さんとイルタンとアイリーンが住んでるの」
セリアちゃん?また新しい子が出てきたわね。アルダリアはふふふと笑った。
「セリアちゃんにはぷにぷにがついてるの?」
「ううん!セリアちゃんには無いの。セリアちゃんはえっと……おばちゃんと同じなの」
「あら」
アルダリアは頬杖をついていた手を前にかざしてみた。セリアちゃんは人間の子なのね。
若い夫婦と小さな女の子、そしてその子を慕う仔うさぎと仔猫。きっと幸せなおうちね、とアルダリアは微笑んだ。
「セリアちゃんが好き?」
「うん!!」
イルタンの耳がぴっと立って、ひげがさわさわとそよいだ。なんと可愛いこと。
「いいわ、そのネックレスはあげる。でもいいこと?それはセリアちゃんにおあげなさい。きっと喜ぶわ」
「んっ?」
「あなたには黒いおめめが似合ってるもの」
アルダリアはカウンターの引き出しを開けて、ふたつの小さな鈴を取り出した。
「代わりにこれをあげる。あなたと、あなたの小さなライバルさんへ」
イルタンはまた首を傾けた。
「アイリーンにも?」
「そう、アイリーンにも。セリアちゃんかお母さんにつけてもらうといいわ」
んっ?とイルタンは首を傾げながらも深々とお辞儀をした。
「ありがとうなの。このお礼はいつかきっとするの。忘れないよ」
「期待してるわ」
アルダリアはにっこり微笑んで、微笑んでいる自分の頬に気付いて目を開けた。
「あらやだ……」
お客のいない店内、いつの間にかカウンターで居眠りをしていたようだ。
誰に見られた訳でもないが、恥ずかしくなって思わず両手で頬を揉みほぐす。年甲斐もなくファンシーな夢を見てしまったわ。
しばらく頬を揉みながらぼうっとしていたが、やがてふふふと笑いがもれた。
いつか小さなうさぎがお礼に来たら素敵ね。
ちりん、と鈴の音がするたび、アルダリアの胸は少女のようにときめくのだった。
(おわり)
小さなお客さん もげ @moge_
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