@~*&年^<月*=日 その③
「なんだよお前かよ!びっくりさせんなよな!」
よく知るその顔に安心し、緊張が解けるのを感じた。そのせいか口が軽くなる。ほっと胸を撫で下ろす俺に反して富樫は目に涙を浮かべながら飛び付いてきた。
「ううううううううう悠太ぁぁぁぁぁ!!!!」
「うお!なんだお前!?」
号泣しながら俺に顔を擦り付ける富樫。ちょ、鼻水!鼻水!!糸引いてるから!
「だって、学校来たら誰もいないし、ドア開いたかと思えば入って来たのは血だらけのムカデみたいなのなんだもん!!怖かったよぉぉぉ、、、、」
いつもは生意気金髪ギャルのくせに何を言い出すかと思えば…………いや怖いな、普通に怖いな。友達かと思えばムカデだもんな、ムカデ。…………………え?ムカデ?ナメクジじゃないのか?ムカデ?
それってつまり、あのバケモノが他にもいて、しかも種類がある、ってことにならないか?教室に入って来たのを富樫は見たけれど襲われなかったんだよな?思い出せ、俺の家のあいつはどうやって俺に気付いて襲ってきた?確か、自撮り棒を落とした時にこっちを向いたよな。そうだ、音だよな。今俺達は出会えたことを喜びあって普通の声量で会話したばかりか俺に至ってはさっき教卓を倒したよな?
…………………………つまり、これは。
来る。必ず。
「おい!逃げるぞ!」
「え、ちょ!?」
返事を待たずに富樫の腕を掴むと教室を飛び出す。彼女を非常階段まで連れて行き、二人で踊り場に立つと俺は富樫に言った。
「屋上まで走れ。全力で。絶対止まるなよ?おけ?」
そう、二人では逃げられない。俺の仮説が正しければ、足音の発生源を一ヶ所にしてしまうと位置がバレて諸共にバケモノの餌食になってしまう可能性が高い。それなら富樫を外へと先に逃がして足音を減らし、壁一枚を隔てつつ今日の風音で彼女の足音を相殺する!駄目押しに俺が校舎内を逃げ回ることで相手は優先的に俺を狙うはずだ。
「悠太は!?どこに行くの!?」
これには答えられないなぁ。
「いいから行けよ」
俺は校舎に戻るとドアに鍵を掛けた。富樫が驚いた顔で窓を叩くが無視する。急いでドアから離れて今からすべき事を確認する。まず最上階へ向かい全てのフロアの非常階段の鍵を締める。富樫は絶対に校舎に戻さない。次に用務員室に行ってエレベーターを停止させ、点検用の出入口の鍵を取る。それを使ってエレベーターのコース内に入り、
できるだけ足音をたてながら階段を上がり鍵を締めてから用務員室に向かう。目当ての物は二つともすぐに見つかった。あれば何かと便利かもしれないからカッターナイフも持っていこうか。ブレーカーを落としてエレベーターに向かう。点検用出入口の前に立つとそれに合う鍵を探す。
「やばい、どれだこれ?」
エレベーター用の鍵は合計八つ。しらみ潰しに差していくしかない!
「これじゃない、これじゃない、あ、差さった!んー、回らん!!」
苦戦していると後ろから音が聞こえてきた。紙と紙を擦り合わせるようなそれ。振り返らずとも正体は明白。富樫の言っていたあいつだろう。
「急げ!急げ!」
既に六本を確認しているがまだヒットしない。音はすぐそこまで来ている。手汗が尋常でないほど出てくる。もともと震えている手に追い討ちが掛かった。
「あ」
落としてしまった。鍵を。カチャン、と廊下に音が響く。先程までは俺の居場所を探っていたムカデは最後の答えを得たと言わんばかりに雄叫び、途轍もない速度でこちらに向かって来る。
「shaaaaaaaaaaaaa!!!!」
鍵を拾い上げ一本を選ぶ。確率は半々。これを外せば待つのは死のみ。意を決して鍵穴に一本を差し込む。鍵は滑らかに吸い込まれて行き、、、、差さった!頼む!回れ!……………カチャリ。
鍵穴が回るなり扉を開けて咄嗟に中に入る。急いで扉を閉めた直後、ガァン!と重い音が響いて扉が少しへこんだ。
「おいおい鉄製だぞこれ…」
仰天しながらへこんだ扉を見ているとガァン!ガァン!と連続して音が響いた。
「ぶち破る気か!?」
急いで梯子に足を掛けて登り始める。カンカンカンと軽い音がコースに鳴り響く。三階を越えた辺りから肩が痛み始め、五階に着く頃には体が限界を迎えていた。もう両肩から先の感覚が無い。手は皮が剥けて出血している。もう、これ以上握れない。でも握れないだけでまだいける。これは想定内。
両腕で梯子を抱くように腕をまわす。格段にスピードは落ちるがこれならまだしばらくは登れるだろう。
「うぅっ、くぉぉぉ、、、」
たまに梯子に擦れる手のひらが俺に苦痛をもたらす。でも、登らないと、生きないと。俺は親父に生かされたのだから。
「よし、着いた!」
六階に到着。痛む手で内側からドアをこじ開けて廊下に出る。ポケットからハンカチを取り出して二枚に引き裂くと両の手を包んだ。
「おぉ、いてぇ、、、、」
これで痛みはいくらかマシになるだろう。直近の教室のドアを蹴破り侵入。一度バレているのだからこの際どんな音が出ようと構わない。窓からベランダに出てネットに飛び移る。ネットをしっかりと捉えて、、、
「っだぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
細いネットが指に食い込む。手のひらと比べて程度の差こそあれ怪我をしていることには変わりない。加えてネットだから梯子と違って足を掛けられない。全体重が負傷した手に集中する。猛烈に痛い。目からは激痛のあまり涙が溢れてきた。
「くぅぅぅぅぅっ!」
歯を食い縛り、懸命に手を伸ばす。屋上まではほんの少しだけ。しかしその距離は俺には何よりも長く感じられた。あと少し、あと少し。自分に言い聞かせる。
「だぁぁぁぁぁっ!!」
叫んで痛みを紛らわせて登りきる。屋上に着くやいなや値からが抜けて思わず倒れこんでしまった。
「悠太!ってあんたどうしたの!?その手!?」
駆けてくる富樫を見て安堵する。これがいけなかった。脳内で分泌されていたアドレナリンが切れ、痛み、疲労が徐々に増してくる。まだ終わりじゃないのに、早くここから逃げないといけないのに。膝に力を込めてみるが立ち上がれない。休みなしで動き続けたにも関わらず興奮しきりだったせいで呼吸が浅かったのか、酸欠で頭痛がしてきた。
だめだ、自分に負けるな!俺!
「あぁっ!」
気合いを入れて立ち上がり、富樫を連れてチャイムへ向かう。ボタンを押してチャイムを鳴らそうとする。鳴らない。
「ん?」
不思議に思い再度ボタンを押すも鳴らない。押す、鳴らない。押す、鳴らない。
「あ!」
ブレーカーを落としたことを思い出した。それは鳴らないわけだ。
「なに?チャイム鳴らしたいの?」
「うん、そうなんだけど俺学校のブレーカー落としてて、、、」
「なんでそんなことしてんの?」
「いやまぁいろいろあってだな、、、、」
「じゃ鳴らしたげる」
「は?」
そう言って富樫は操作パネルの台を蹴り飛ばして豪快に扉を開けると中に潜り込み、、、、
キーンコーンカーンコーン…
おいマジかよ。
「うちの高校古いからね、ゼンマイでも鳴るのよ」
なんでそんなこと知ってんの?普通知らないよね?
「授業サボって屋上来たときに知ったんだー。すごくね?」
いや、すごいんだけども!てかあなた授業サボって何してんすか。
なにはともあれ助かった。これでムカデが屋上に来るはずだからあとは俺達が下に降りて逃げるだけだ。
「よし、チャイムが鳴ってるうちに学校から出よう。ここから逃げるんだ」
「分かった」
二人で非常階段に向かう。下から登ってきていないことを確認してから一緒に降りる。俺には半ば手すりにもたれながら滑り落ちていた、という表現の方が正しいか。
正門まで辿り着くと二人で俺の乗って来た自転車に跨がり学校を離れる。行くあてなど一つとして無いが、少しでも早くここから離れなければ。とりあえず食べ物を買いにコンビニに向かおうか。
足の動く限り漕ぎ続け、学校から離れたコンビニで休憩することにした。
「ここで一旦止まろうか」
そう言って自転車を停めて富樫を降ろし、先にコンビニに向かわせる。
「ねー、とりあえず言うとおりにしたけどちゃんと説明してねー?」
あぁ、そうだな、説明しないと。と思いながら自転車を降りる。思っていたより遥かに身体は疲弊していたらしく、片足を地面に付けるまでが限界だったようだ。バランスを失い派手に倒れる俺。視界が反転し青い空が見えた。
「だいじょーぶー?え、悠太?悠太!?」
遠くで富樫の声が聞こえたのを最後に俺の意識は闇の底に沈んでいった。
Diary やきいも @raderadeko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Diaryの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます