偽りの闇

気まずい。

二人はかび臭く、光も差さない部屋に居た。

そこは、傷だらけのテーブルに椅子が並べられている。

切れかけのランプが二人を照らしていた。

お互いがお互いを気遣い合い、会話が始まらない。

亮吾は「スゥ」と息を吸い込んだ。

「あ、あの……」

言葉を切り出した。

若者は一瞬だけ驚きの表情を見せたが、少し嬉しそうに頬にえくぼを作った。

「おう。なんだ?」

「あ、えっと、その。あの……」

人と面向かって話すことに慣れておらず、どう続ければいいのかが分からなかった。

しばらくすると、耳を赤くしながら俯いてしまった。

若者は、なんとなく察したのだろう。

「んー。茶でも飲むか?」

若者はテーブルに置かれたティーポッドを手に取り、コップに注いだ。

ゆらゆらと立ち昇る湯気から、緑茶のような渋い匂いが鼻を突き抜けた。

「ほら。どうぞ」

亮吾は手渡されたコップを優しく握った。

手のひらに、じんわりと温かさが広がった。

「いただきます……」

亮吾は茶を啜ると、口いっぱいに苦みがまとわりつく。

「ごふっ!」

思わず、吐き出してしまった。

「けほっ……。けほっ……」

「おい、大丈夫か?」

亮吾は口をゴシゴシと拭んだ。

「お茶が、すごい苦くて……」

その目には、薄っすらと潤っていた。

「ははっ、なんだそれ」

若者は笑い声を交えながらいった。

亮吾も釣られて「ふふっ」と笑みをこぼした。

「お、やっと笑った」

「す、すみません。つい」

「なんでそうなんだよ。そういえば、自己紹介もしてなかったな」

「そういえば、そうでしたね……」

ビデンスは手を差し出し、「俺はビデンス・プロスペクターだ。

ビデンスとでも呼んでくれ」と言った。

戸惑いながらも、亮吾は固く握手を交わした。

「佐藤、亮吾です。その、お願いします」

「おう。よろしくなリョウゴ」

お互いの手を離し、ビデンスは真剣な眼差しで亮吾を見つめた。

「それじゃ、本題に移るか。リョウゴが、今どういう状況なのか」

亮吾はゴクリと唾を飲み込んだ。

見ろ、と腰に掛けていた革袋から日焼けした地図を取り出し、テーブルに広げた。

「ここが今いる所、ロイド王国だ。いいか?」

ビデンスは赤い丸に囲われた場所を指さした。

そこには、見たことのない記号が所々に散りばめられている。

「えっとこれは?」

亮吾は黒く塗りつぶされた場所に亮吾は疑問を抱いた。

ビデンスは眉間にしわをよせ、「んー。どうしようか」と弱音を呟いた。

「ここか……。ここは旧ロイド王国。俺の生まれ故郷だ」

「故郷って、旧ということは……。もう、ないんじゃ」

ビデンスは俯く。

「あぁ、そうさ……。そこ一帯はもうない。立ち入り禁止になっている」

「禁止って、なんで……ですか」

ビデンスは「奴が、魔王が現れたからだ……」と憎悪に満ちた顔をした。

ヒリヒリとした空気が皮膚に伝わった。

「魔王って……何でしょうか?」

「俺の故郷を、地獄に変えた怪物だ。奴は巨大で、太刀打ちなんか出来なかった」

ビデンスは息を張り詰まらせながら、「ロイド王国は一瞬にして崩壊した。

だが、生き残った人間もいた」と続けた。

「国王と、その側近数名。そして、俺だ」

「そんな事が……」

ビデンスはゆっくりと息を吐きだし、冷めた茶を啜った。

「なんか、苦いな……。いつもはすぐに飲み干すのにな」

コップをテーブルに置くと、コツンという音が響き渡った。

「それから、なんだがな。俺たちは同盟国の『ゲレオス』に世話になる事になったんだ。

けどな、ロイド王はゲレオス王を殺した」

「殺したって……。助けてもらったんですよね?」

「いや、ロイド王は姿を偽ってゲレオス王に成り代わったんだ。」

理解が追い付かない亮吾は「何のために……そんなことを」と言った。

「多分、故郷を取り戻すためだ。でも、もう10年前の事だ。

役に立つものなんか残ってないのに、王はやけになって魔王を殺そうとしている」

魔王。

その言葉を聞いた時から、亮吾の血の気が引いていた。

何故だろうか。

「おい、大丈夫か?」

はっ、と我に帰った亮吾は「だ、大丈夫です」と返した。

「それに、魔王がいなくなれば、あの化物もいなくなるんだ……」

ビデンスの手の平に爪が食い込んだ。

「あの黒い……人間。ですか?」

「……っ!あぁ、そうだよ……あいつは俺の、同僚だった。魔王から出る細菌を取り込んで発病した。

俺達はそれを『深淵化』って呼んでる。一度かかったら終わりだ。

理性を失って、人に襲い掛かる。だから、あいつはもう人じゃないんだ。分かったか?」

「……はい。その、事情も知らずに、あんな事言って、すみませんでした……」

ふぅ、ビデンスは空気を吐き出した後、茶を一気に飲み干し「分かればいいんだ。気にすんな」と言った。

「王は世界中の研究者を集めて、魔王を殺す方法を探しつくした。

その結果、別世界には能力の高い人間がわんさかいることが分かった。そして、その人間を呼び出す方法も」

「それで、僕がここに居るって事ですか……」

ビデンスは申し訳なさそうに、深く頭を下げた。

「そういう事だ。悪いなこっちの都合で勝手に呼び出して。本当に、すまない」

亮吾は慌てふためいた。

「気にしないでください、むしろ嬉しいです」

ビデンスは驚きながら、顔を上げた。

亮吾は笑いながら「今まで、誰かに必要とされたことがなかったんです。

でも、今は僕を必要としてくれている。それが本当に……」と続けた。

「だから、気にしないでください」

ビデンスは悲しそうに微笑んだ。

「ありがとう。でも、そういう訳にはいかないんだ……」

今度は、亮吾が手を差し出した。

「握手、お願いできますか?」

「リョウゴ……。ありがとう」

ビデンスは手を握った。

初めよりも、力強く。

「それで、これからどうするんですか?」

「リョウゴには、王に会ってもらう。きっと大丈夫だ」

ビデンスは小さく、「次こそは……」と呟いた。

「どうしました?」

「いや、何でもない。じゃ、行くか」

「はい!」

亮吾は歩き出した。

その足取りは、誰よりも、力強い。

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King of light @takutaku091709

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