King of light
@takutaku091709
王の胎児
ザーザー。
薄暗い夜の街に雨が降っていた。
「はぁ」とため息を漏らすと、白く濁った。
錆びきった廃ビルの屋上に、一人の少年がポツンとうずくまっていた。
その少年は、黒いぶかぶかのパーカーを白い肌の上に着込んでいる。
中性的な顔の上には、はっきりと泣き腫らした痕があった。
その少年の名は佐藤 亮吾という。
亮吾はカタツムリのようにうずくまったままだ。
「寒いや……。ねぇ、茂」
ポロっと親友の名が零れ落ちた。
ふと、後ろを振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
どこか期待していたのだろう。
また、手を差し伸べてくれると。
だが、亮吾を助ける人はもういない。
1年前に殺されたのだから。
「結局、駄目だったな……」
一度だけ、生きてみようと必死に頑張った。
だが、失敗した。
立ち上がる。誰にも気づかれないように、そっと。
「高いな……」
屋上から下を覗いた。
そこには明かりも人もない。
ゆっくりと目をとじ、祈った。
次こそは幸せな人生を歩みたいと。
そして、飛び降りた。
*
ドロドロとした重油のような空に、真っ赤な月がふわりと浮かんでいる。
下には苦痛の表情がはっきりと刻まれた死体がゴロゴロと転がっていた。
ある者は悲鳴をあげ、ある者は助けを求めている。
まさに地獄だ。
「なんで、こんな……!」
血で錆びつき光を失った鎧を身にまとった青年が、虫のように痙攣しながら歩いていた。
ガッ。
「うわっ!?」
誰かに足をつかまれ、地面に頭から転倒した。
足のほうに目をやる。
そこには、目も当てられないほどに変わり果てた戦友がいた。
顔の皮膚がドロドロに溶け、歯茎や筋肉の繊維がむき出しとなっていた。
「あぁ、そんな……」
お前のせいで。
お前のせいで。
お前のせいで!
口をゆがませ、声を荒げながら青年を責めたてる。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
兜からあふれ出るほどの涙を流し、許しを請う。
ゆっくりとから無数の手が忍び寄ってくる。
やがて、青年を暗闇が包み込んだ。
「違うんだ……。こんなはずじゃ、僕は皆のために……」
いくら謝罪を並べたところで、許してもらえるわけがない。
頭ではわかっていた。
だが、謝る事しかできない。
青年は何も出来なかった。
寂しいよ。独りにしないでよ。
声がした。
懐かしく、愛おしい、自分を犠牲にしてでも助けたかった最愛の人の声が。
*
「うわぁぁぁ!」
亮吾の身体はばねのような勢いで起き上がった。
全身から汗が吹き出し、服が汗でびしょびしょに湿っている。
心臓が太鼓のようにはね、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。
「何だ、さっきの……」
ハッキリとわかる。
あれは夢なんかじゃない。
忘れたい、忘れてしまいたい誰かの記憶。
「おい、大丈夫か!」
ハッと我に返った。
鉄格子の奥から、背丈が高く、筋肉質な体、錆びがこびりついた鎧を身に着けた金髪の青年が心配そうな表情を浮かべていた。
亮吾は何故か、がらんとした牢屋にいた。
牢屋にはボロボロのベットしかなく、そこに横たわっていた。
困惑しながら辺りをキョロキョロと見渡す。
そこは薄暗く、明かりは松明の炎だけだった。
糸のように細い風が、二人の影をゆらゆらと揺らす。
生ごみが腐ったような匂いが、鼻の奥をツンとさした。
沈黙が続く。
「あの……ここは?」
沈黙を破ったのは亮吾だった。
それに安堵したのか、若者は顔にえくぼを作った。
「ここは地下牢だ。あー、ここで話すのはアレだからそこから出てきてくれ」
優しく語り掛け、ちょいちょいと手招きをした。
「わ、わかりました」
重い頭を持ち上げ、ベットから降りると「キィ」と軋む音がした。
ゴトッ。
その時、鈍い音が牢に響き渡った。
音がした方に目をやると、そこには怪しげに光る赤色の宝石があった。
ヒョイと持ち上げ、明かりに透かすと黒い染みのような模様が浮かびあがってきた。
一瞬だけ、不気味な何かを感じた。
言葉に言い表すことが出来ないほどに恐ろしい。
だが、息をのむほどの美しさだった。
「おーい、早くしろ。もう開けたぞ」
若者は急かすように言った。
「あっ、すみません。すぐに行きます」
隠すようにポケットの中にしまい、足をせっせと動かし牢を後にした。
「じゃ、行くか。離れんなよ」
「は、はい」
こつこつ。
二人の足音が廊下に響き渡った。
石造りの廊下は異様なほど不気味で、微かに呻き声が聞こえてくる。
「あの、なんか臭いませんか……?」
顔をしかめ、鼻をつまんだ。
亮吾が言うと、若者は「はぁ……」とため息をつきながら頷いた。
「ひどい臭いだ。もう、慣れたけどな……」
一瞬、炎が若者の顔を照らす。
その顔は後悔と悲しみが刻まれていた。
亮吾は何も言えなかった。
しばらくの間、沈黙が続いた。
亮吾は他の牢屋を眺めながら、足を進めた。
一つ、二つ、三つと他の部屋もほとんど同じだった。
どろどろとした黒い液体が床に染みついている事以外は。
「タスケ……テ」
亮吾はピタッと足を止めた。
沈黙のせいか、その呻き声ははっきりと聞こえた。
「っ!」
亮吾は驚愕し、目を皿のように丸めた。
その牢の中には、墨汁で塗りたくったように真っ黒で、擦り切れた目隠しをされ、
顔の皮膚が剥がれ落ち、骨しかないと言っていいほどに痩せ細った人間がいたのだから。
いや、怪物と言ったほうがいいのだろうか。
しかし、僅かに人の面影を感じた。
柵の奥から、手が伸びた。
「タ……スケ……」
「あ、あぁ……」
亮吾は恐怖のあまり、体が動かない。
ただただ、瞳に涙を浮かばせる事しかできなかった。
「おい!そいつから離れろ!」
若者は声を張り詰め、叫んだ。
だが、亮吾の耳には全く届いていない。
「ダァァズゲェェ!!!」
怪物が牢を突き破り、亮吾めがけてとびかかった。
思わず腰を抜かす。
「まずい!」
若者の足は「ドンッ」と地面を抉りとり、宙に舞った。
光のような速さで怪物に近づく。
怪物は口を大きく開き亮吾を丸呑みに__。
若者は腕を大きく振りかぶす。
「おらぁ!」
怪物は一瞬にして、地面に叩きつけられる。
「アァァ!」
助けを求めるように叫び声をあげた。
腰に掛けた短刀を、抜刀。
怪物の首から血が噴水のよう溢れ出す。
「目、つむってろ」
亮吾は言われるがまま、ギュッと目をつむった。
「ヤメ……テ」
顔に向けて、斬撃。
頭蓋骨が「バキッ」と割れ、しわしわの脳みそが露わになった。
そこに刃を入れ、切り刻む。
「ア……ア」
何度も、何度も繰り返す。
脳みそと骨がぐちゃぐちゃに混ざり合い、頭蓋骨の血だまりの中にぷわりと浮かんだ。
やがて、怪物はぴくぴくと痙攣し、動かなくなった。
若者は口の中に入った血を「ペッ」と吐き出す。
「はぁ、はぁ……。もう、目ぇ開けていいぞ」
息を切らしながらも、亮吾の肩を優しく叩いた。
ゆっくりと、目を開けた。
「ヒぃ!」
思わず悲鳴をあげ、後ずさりをした。
それもそのはずだ。
亮吾の目には血だらけの若者に、ピンク色の肉塊が映し出されていたのだから。
「ぅぷ。お、おぇぇぇ……」
嘔吐。
胃の中の物をすべて吐き出した。
口の中に気持ちの悪い酸味が広がる。
「この人は……一体……」
「人じゃねぇ!魔物だ!」
亮吾につかみかかり、壁に叩きつけた。
手の甲にはくっきりと血管が浮き出ていた。
亮吾は眉間にしわを作った。
「何なんですか!?説明してくださいよ!いきなり知らない場所にいて、
こんなもの見せられて!意味わかりませんよ!」
亮吾は涙をぐっととこらえ、声を張り上げた。
「そう、だよな。当たり前だ。お前の言うとおりだよ。」
若者は腕の力をゆっくりと抜いた。
「悪かった……。つい、カッとなって」
「いえ、僕の方こそ……。助けてもらったのに」
若者は「スゥ」と息を吸い込み、真剣な顔で亮吾を見つめた。
「本当は誤魔化そうと思っていた。でも、お前には全部話してやる。」
二人の影が徐々に離れていく。
若者が後ろを振り返った。
「ついてきて、くれるか?」
「はい。」
二人は一歩を踏み出した。
前よりも、確かな足取りで。
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