第15話 未来

 これはもしかしたらある未来ーー



「姫様ぁ、どこですか姫様ぁ?」


 頭に角を生やしたメイドが、誰かを探している。


「あ、姫様!」


 小さな角を二本生やし、黒いドレスを着た女の子が、館から出ていくのがメイドの目に映った。


「もうッ、ここは魔族領じゃなくて、人間の国だというのに」


 文句を言いながらも、すぐに黒いドレスの女の子を追いかけるメイドだった。



 我輩は猫である。名前はタソガレ。遥か昔より魔王一族に養われる、由緒ある猫である。


 遥か昔からなんておかしいって? それは仕方がない。たまたまここの魔王一族の初代魔王と懇意になったのはいいが、魔族というのは人間より随分と力の強い生き物なのだ。相手は我輩を撫でるつもりで軽く触れたのだが、我輩の片耳は潰れてしまった。慌てて魔王は我輩に魔法をかけたのだが、それが時を止める魔法だったという訳だ。


 お陰でもうどれくらい生きているのかわからないぐらい生き続けている。


 我輩は今、人間の国に来ている。現代の魔王の妹君が、魔王の外遊に付いていくのに、寂しいからとこっそり我輩を連れてきたのだ。


 妹君はまだ幼く力も弱いため、我輩に触れることができるのだが、ここまで連れて来る方法が良くなかった。なんと我輩をトランクに詰め込んでここまで連れてきたのである。もう、苦しいやら暑いやら、当然、トランクが開いた瞬間、我輩は飛び出し逃げ出した。


 そして現在、我輩は街をブラブラしている。ふむ。人間の国というからどんなものかと期待していたが、魔族領と変わらんな。あるのはビルディングとかいう高い建物ばかり。昔は緑が多くて空気も澄んでいたんだがなぁ。そうそう、こんな風に。


 む? あのビルディングの一角だけ花にあふれているではないか。こっそり近づいて……、


「あん?」


 うっ、人間に見つかってしまった。しかもこの人間の男、目付きが悪いし髭がはえてるし、なんだか恐い。こういう時は、


「にゃあ」媚びるにかぎる。どうだ! この我輩の可愛さアピール! うっ、睨んでいる。はうっ、しゃがんだ! 手が、人間の手がぁ! ……気持ちいい! 何だよ、単に目付きが悪いだけかよぅ。先に言ってくれよぅ。しかしこの男なんてテクニシャンなんだ! 気持ち良すぎ思わず喉が鳴ってしまう。


「おい、まだ猫缶残ってたろ? ってきて」

「また猫ですか? ホント猫好きっすよねぇ」

「うるせえなぁ、黙って持ってくりゃいいんだよ」


 なにやら人間同士会話をしている間も、男が我輩を愛撫する手は止まらない。そうこうするうちにもうひとりの人間がなにやら持ってきた。むっ、この匂い、食事か? 食事なのか? もうひとりの人間が男に手渡し、男がそれを開けて地面に置く。やはり食事! 死なないのに腹が減るのは可笑しな話だが、減るものは仕方がない。では、いただきます! むっ!? 美味い! 美味いぞ! 何よりも柔らかい! 魔族の出す食事はどれもこれも硬いからなぁ。



「ああ! タソガレ見つけたぁ!」


 ぐふっ、食事に気をとられている間に妹君に見つかってしまった。逃げようと思っても食事が美味過ぎて動く気になれん。この食事、罠だったかぁ! はい、妹君に捕まりました。


「にゃあ」

「あら? なんだか元気がないわね? あなた、うちの子に変なもの食べさせたんじゃないでしょうね?」

「普通に売ってる猫缶だよ」

「ふぅん、じゃあよっぽど不味かったのね。うちの子はグルメだから」


 はぁ、また魔族の硬い食事に逆戻りか。こんなに柔らかい食事は、初代のところに勇者とかいう人間がやって来て以来だから、また食べられるようになるのはいつになるやら……。


「そういえば、ここは何をしているところなの? 赤にピンクにオレンジに白、色んな色に色んなかたちのものがいっぱいあるわ!」

「? 見ての通り花屋だけど?」

「お花屋さん? へぇ、人間の国にはこんなに沢山お花が生えているのね」

「沢山って言ったって、ここにあるのは、ほんの一部だよ」

「まぁ、これで一部だなんて、人間界はよっぽど沢山のお花であふれているのね」


 ……まだ帰らないのだろうか? 帰らないならまだ食べかけの食事を続けたいんだが。うぐっ、わかった、わかったから強く抱き締めないでくれ妹君。まだ幼いとはいえ、魔族は力が強いのだから。


 ふぅ、なにやら先程の人間の男と話込んでいるようだが、うむ、妹君の瞳がキラキラ輝いているな。


「これは?」

「パンジー」

「これは?」

「カーネーション」

「これは?」

「チューリップ」

「これは?」

「バラ」

「本当に色々あるのね」

「魔界にはあんまり花はないのか?」

「あるけど、だいたい黒か灰色ね。色はついていないわ」

「なんだつまんねえ世界だな。人間界なんて花達が競うように色んな色してるぞ」

「へぇ、不思議。花ひとつとっても世界によってこんなにも違うのね」


 妹君はこの花だらけの場所をさっきから何周もしている。もう逃げないから離して……くれないようだ。


「あっ、この花は知っているわ! アザミね!」

「へぇ、マイナーな花を知ってるんだな」

「魔族領にも咲いているもの。種類や色はこんなにないけど、黒の先がうっすらオレンジがかってて、まるで今にも夜が明けようって色をしているの。何でも、初代魔王様と勇者が、最終決戦をした場所から生えてきたんですって」

「何か物騒な逸話だな」

「花言葉も知っているわ。ええと確か……、永久不滅の愛!」

「!? ……クッハッハッ、何だよそれ? 魔王と勇者が戦って、永久不滅の愛が生まれましたってか?」

「し、知らないわよそこまで。そういう花言葉なんだもの」


 妹君は顔を真っ赤にしている。こういう時は、


「にゃあ!」

「いって、猫に引っ掻かれたの初めてなんだけど」

「よくやったわタソガレ」

「誉めるとこかそこ?」


 ふたりが仲良く会話をしていると、「姫様ぁ」と声が飛んで来る。全員でそちらの方を向けは、メイドがひとり立っていた。妹君の専属メイドだ。


「こんなところにいらしたのですね。さあ、館に戻りますよ」


 メイドは我輩を抱きかかえる妹君の手首を握ると、強引に引っ張っていって車のなかに押し込み、さっさと車を発車させてしまった。


「あまり勝手に出歩かないで下さい。ヨイヤミ姫様。ここは人間の国、敵国なのですから」

「はぁい」


 妹君は我輩をさすりながら気のない返事をしていた。



「姫様だってよアカツキさん」


 後輩らしき者が、目付きの悪い髭の先輩に話しかける。


「ああ、でも何でだろうな。あのお嬢ちゃんとはまた会える気がするんだよ」


 アザミの花を見ながら、先輩はそう答えるのだった。

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魔王さんと勇者くん 西順 @nisijun624

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