第14話 最期

 ーー五年後。


 魔族軍が撤収した人間界は、また人間同士で戦争ばかりを繰り返す……、訳ではなく、魔族との戦争で各国手の内を見せすぎたことと、以前までいた魔族という戦力が失われたことで、攻めるのに決め手を欠くのか、なにやら笑顔で睨みあっているような状態が続いていた。次に大量殺人兵器が出てくるまでとはいえ、人間達は平和な時を過ごしていた。


 そんななか魔王ヨイヤミは、……普通に人間界にいた。



 魔王ヨイヤミは神の元へ昇り、神を前に宣言した。「もし言うとおりにしなければ、人間界の次はこの天界だ」と。


 まさか魔族の王が天界ここまで昇ってこられるほどの能力を持っていることに驚いた神だったが、なかなか首を縦に振らない。神に魔王ヨイヤミが理由を尋ねると、魔族が人間界に召喚される魔法は、この天界、人間界、魔界を束ね根幹を司る、魂に関したシステムに組み込まれている一部を応用したものらしく、これを書き換えてしまうと三界全てが崩壊、滅亡してしまうためにできないという。


 そこで魔王ヨイヤミが出した折衷案が、「召喚の出入り口を限定する」というものだった。つまり「人間界で魔族を召喚できるのは、魔族領でだけ」ということだ。その程度の書き換えならば、と同意した神によってシステムは書き換えられることになった。人間にしてみれば、自分達より能力の高い魔族を倒すために魔族を召喚したいのに、それをするためには魔族領へ行かねばならないとなれば、本末転倒である。


 そんな訳で縮小したとはいえ、魔族領はまだ人間界に存在していた。



 シャクリとかじるリンゴは甘酸っぱく、魔王ヨイヤミの舌と心を幸福で満たしていく。魔王ヨイヤミはリンゴ園の湖の畔で、腰をおろしてかじるリンゴが好きだった。


 そこに勇者アカツキいや、アカツキ青年が愛馬シノノメに乗ってやってくる。手にはそこらでとってきたのだろう。野花の花束が握られている。


「ふむ。野花というのも野趣があって良いものだな」


 愛馬シノノメから降りたアカツキ青年が差し出した、野花の花束を魔王ヨイヤミは魔法で触らないように受け取り匂いを嗅ぐ。


「ええ、枯れないうちに別邸の花瓶に飾っちゃいますね」


 アカツキ青年はいったん花束を返してもらうと、愛馬シノノメの手綱を取り、別邸へと歩き出す。その後を付いていく魔王ヨイヤミ。


 ふたりの再会は、この日が五年振りだった。


 魔界に戻った魔王ヨイヤミを待っていたのは、大量の書類仕事や諸侯達への挨拶廻りで、中でも大量に投入していた魔族軍が、大幅に縮小することによってあぶれた、大量の魔族の仕事先を探すのには骨が折れた。


 そんな訳で五年振りの長期休暇で、人間界に来ていた魔王ヨイヤミは、「どうせ行くところなんてないんだろう」と半ば強引に勇者アカツキを管理者にした、御料地のリンゴ園に来ていた。



「どうぞ」


 アカツキ青年が取り置きしておいたアップルパイと、出来立て熱々のアップルティーを魔王ヨイヤミの前のテーブルに置き、自分は魔王ヨイヤミの向かいに座る。


「しかし人間というのは器用なものだな。こんな柔らかい物を見事に調理加工するのだから」


 そう言いながらフォークで慎重にアップルパイを食べ進めていく魔王ヨイヤミ。魔族からすると、人間界の物はほとんどゼリーみたいなもので、一部の岩石や鉱物ぐらいしか魔族の力には耐えられないようだ。


「夕食は何にしますか?」


 慎重にアップルパイとアップルティーを食べ進める魔王ヨイヤミにアカツキ青年が尋ねる。


「ふむ。勇者くんは狩りが得意だったな。獲物は任せるよ、食べられない物はないから」

「分かりました。でも「勇者くん」はやめて下さいよ魔王さん。私はもう勇者じゃありませんから」

「フッフッフッ、勇者くんが私のことを「ヨイヤミちゃん」と呼んでくれるようになるまで、キミの呼び名は「勇者くん」だ」

「困った方だ」


 言いながらアカツキ青年は立ち上がると、ドア横に立て掛けてあった弓矢を担ぎ部屋をあとにした。外では愛馬シノノメのいななく声が聴こえる。魔王ヨイヤミはドア側の窓辺に置かれた、今日アカツキ青年が採ってきた野花が生けられた花瓶を見ながら、まったりするのだった。



 気づけば魔王ヨイヤミはうたた寝をしていた。外を見れば夕闇がそこまで迫って来ている。首を傾げる魔王ヨイヤミ。弓の名手であるアカツキ青年なら、自分がうたた寝している間に獲物の一匹や二匹、捕らえて帰って来ていてもおかしくない。魔王ヨイヤミは何か胸の辺りがザワザワしだした。


 とそこにアカツキ青年の愛馬シノノメのいななく声が聴こえる。ほっとしながら魔王ヨイヤミがドアを開けるも、その安堵は見事に打ち砕かれる。そこにいたのは血に濡れた黒馬一頭だけだった。


 無数の切り傷に幾本もの矢を受けた瀕死の黒馬シノノメ。魔王ヨイヤミは慌てて駆け寄る。


「どうした!? 何があったのだ!? お前の主人は、勇者くんはどうした!?」


 魔王ヨイヤミの問いに、黒馬シノノメは傷ついた体を引きずるようにして林に戻っていく。あとをつける魔王ヨイヤミ。痛々しい姿の黒馬のあとをついていくしか出来ないことに、胸の奥からドンドン不安が湧いて出てくる。そしてその不安は最悪のかたちで的中してしまった。


 夕闇のなかにひとりの青年が倒れている。胸を剣で刺し貫かれながら。


 魔王ヨイヤミが駆け寄り顔を確認すると、アカツキ青年そのひとだった。もう、こと切れていた。


 ぼうっとアカツキ青年の胸で黒炎が上がる。驚きすぐに手で黒炎を消す魔王ヨイヤミ。だがその衝撃でアカツキ青年の胸骨が折れてしまった。慌てて魔王ヨイヤミは手を引っ込めて口許に当てるが、今度はアカツキ青年の肩で黒炎が上がる。また胸で。魔王ヨイヤミは自分の意思とは関係なくドンドンと上がる黒炎に戸惑い、そして自身が口許にあてた手が濡れていることで気づいた。自分が涙を流していることに。


 気づいたらもう止められなかった。いや、魔王ヨイヤミは止め方を知らなかったのかもしれない。初めて流した涙だったから。


 辺り一帯は魔王ヨイヤミとアカツキ青年を中心に黒炎に包まれている。少し離れたところから黒馬シノノメが見守っていた。魔王ヨイヤミが燃えゆくアカツキ青年の顔を見れば、穏やかに笑っていた。


「勇者くん。キミは最期まで笑顔なんだね」


 魔王ヨイヤミはアカツキ青年を抱えて自身の気が済むまで泣き続けた。その黒炎は七日七晩燃え続け、消えたあとには何も残さなかった。幾星霜生きた魔王も、最愛の人がいなくなった世界では一週間しか生きていられなかったのだ。

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