第13話 救済

「…………さい」


 始め、ボソリと言った勇者アカツキの言葉は、そこにいる誰にも届かない、独り言のようだった。なので勇者アカツキはキッと顔を上げて、魔王ヨイヤミを見据えると、はっきりと宣言する。


「人間との戦争を止めて下さいッ」


 それは魔王の腹心や部下達には驚くべき発言だった。自国を滅ぼしたのは人間なのだ。ならば少なくとも、自国を滅ぼした隣国だけでも滅ぼして欲しい、と願うのが普通のことではないのか? だが魔王ヨイヤミだけは動揺することなく、自身を真摯に見詰めてくる勇者アカツキから目を離さなかった。


「……何故なにゆえ、その願いにした? 我々なら貴国を滅ぼした国を滅ぼすのも容易いのだぞ?」


 首を横に振る勇者アカツキ。


「私の国が滅んだことは人間の問題であり、魔族は関係ありませんから、あなたにお願いすることではありません」

「ふむ。魔族と人間との戦争を止めて欲しいなら、単純に我々に魔界へ帰れと望むこともできたはずだ。何故そう願わなかった?」

「そんなことをしたら、魔界に帰ったあなた方をまた人間が召喚して、戦争の道具にするでしょう。私はもう誰にも傷ついてほしくはないのです」

「ふむ。魔族も人間も、両方救いたいという訳だな?」


 首肯する勇者アカツキ。


「クックックッ、アッ、ハハハハハハハハハ、聞いたな、お前達!!」

「「「はい!!」」」

「賭けは私の勝ち、いや勇者アカツキの勝ちだな。ではこれより、我々魔族軍は人間界からの撤収を開始する!」


 魔王ヨイヤミの号令を合図に、腹心、部下共に一斉に撤収の準備に取りかかる。まるで始めからそうなると決められていたかのように。勇者アカツキだけが状況についていけず左右を見回していた。そこに魔王ヨイヤミが近づいてくる。


「すまんがキミがここに来る前に、賭けをさせてもらっていた」

「賭け……ですか?」


 小首を傾げる勇者アカツキ。


「ああ、勇者くんの望みが、自国の救済なのは分かっていたからね」

「自国が滅んでいることも、でしょう?」


 ジト目で魔王ヨイヤミを見る勇者アカツキ。


「すまない。キミから勇者を生け贄にする話を聞いた時から、こうなる予想はついていた」

「そんな前から!?」

「ああ、ただし勇者くんの国が特別だった訳じゃない。他の国の勇者が来て、同じことを喋ったとしても同じ結論に至ったよ」

「……そういうからくりだった、という訳ですか」

「大国を除いてね。そして勝手ながら、勇者くんはこのまま国に帰して、戦争で死なせてしまうのが惜しい人物だと思ったので、こちらで保護させてもらったよ」


 嘆息する勇者アカツキ。


「それで、賭けというのは?」

「自国が滅んだと知ったあと、第二の望みを何にするかだ。

 ①もしキミが愛国心から、隣国や世界を滅ぼせと言っていたなら、我々はキミひとりを残して人間達を全滅させていただろう。

 ②もしキミが勇者として、我々魔族を魔界に追い返そうとしたなら、我々はキミを殺して人間達を全滅させていただろう」

「でも私はどちらも選ばなかった」


 頷く魔王ヨイヤミ。


「ああ。キミは魔族と人間、両方を救う道を選んだ。私以外の者達は皆①か②のどちらかを選んでいたから、私のひとり勝ちだ」


 スゴいだろ、と言わんばかりに魔王ヨイヤミは胸を張る。少々呆れ顔になる勇者アカツキだったが、すぐに真顔に戻る。


「だからって魔界に戻らなくても……」

「人間達に召喚されて戦争の道具にされる、か?」


 首肯する勇者アカツキ。


「その心配はない。私だってこの一年、ただ勇者くんと遊び呆けていた訳じゃない。しっかり交渉を進めていたのだよ」

「交渉? あの、各国の王達とですか?」


 首を横に振る魔王ヨイヤミ。


「まさか。あんな嘘つき共と約定を結んだところで、何の価値も意味もない」

「では誰と?」


 小首を傾げる勇者アカツキの前で、魔王ヨイヤミは指を天に向ける。


「神さ」

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