第8話 いいからバウを風上に!

 沈した晶達は、船体にしがみついていた。ライフジャケットを着けていなければ、うねりに拐われて流されていたかもしれない。

 この天候で船体から離れれば、広い湾内で二人を発見することは難しい。


「まじいな。センターボード(*4)が流されちょる」

 470の船腹を見て、豪紀が舌打ちする。下りのスピード重視のため、センターボードを極限まで引き上げていたことが原因だろう。転覆の際にストッパーが外れて、重たい金属板は海の底に沈んでしまったらしい。

 このままでは船体を回復することが出来ず、港に戻れない。

「この海流に乗ったら、外海の黒潮日本海流に持ってかれちゃうかも。監視艇は?」

「近くには居らん。どうせ他ん船を曳航しちょるんやろう」

 豪紀は肩をすくめる。

「あいつらをほたっちょい放っておいてて、さっさとゴールすりゃ、わしらん勝ちだっちゃ。

 ・・・おい、何ゅ考えちょるんか?」

「豪紀と同じこと!」

「こんスケべが!」

「え?」


 歩達に気が付いた晶は、悪態をついた。

「さっさとゴールしなさいよ! あんた達が私たちに勝てるチャンスは今世紀中に、これが最初で最後なんだからね!」 

「えー 私は助けて欲しいけどなぁ。でも奴隷勝負はノーカウントね」

 里美も強風に負けないように大声で叫ぶ。海流に流されて、外海に放り出される恐怖心は微塵も感じられない。

「なんて気ん強い、おなご達なんやろうか」

 豪紀は予備のシートロープを手繰り寄せ、曳航用にコイルダウン輪状に丸めるする。歩は慎重にFJを470に近づけ、相棒と声を揃えた。


『いいからバウを風上に!』


 コースアウトしたFJは、晶たちの船に向かって、大きな軌跡を描き始めた。





*センターボード:船体が横流れを防止するための板。上下のバランスを取るためにも必要で、これがないとバランスの取れていないヤジロベエのように、正しい姿勢を保つことが出来ない。

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