第9話
「もういいぞ。永久乃シンジ、0点」
担任の石頭先生が、そう告げました。
その言葉に、シンジは胸をグサリと突き刺された様な気がしました。
魔法を一切使えていないので、自分で0点である事は理解していましたが、改めて言葉にされると、その衝撃は、想像を超えていました。
涙が溢れそうになるのを、グッとこらえます。
「…すみませんでした。失礼します…」
シンジは小声でそう言うと、俯いたままその場を後にしました。
そして歩こうとして初めて、シンジは膝に力が入らない事に気が付きました。
ふらつきそうになりますが、それでも周囲にそれを悟られないよう必死で平静を装います。
皆が自分の事を見ているのか、見ていないのか、それすらも知りたくなくて、ずっと足元のつま先だけを見つめて歩きます。
誰の顔も、見ない様に。誰にも顔を、見られない様に。
頭の中では、先程の自分のみっともない瞬間の姿がグルグル回り、それを見た皆が、内心で自分の事を嘲り笑っているんじゃないかという妄想が、どんどん膨らんでいきました。
それに合わせて、”自分の居場所はもうここには無いんだ”と、そんな気がしてきたのでした。
(このまま”勇アカ”から逃げ出して、今日あった出来事を、全て忘れてしまえたら、楽になれるのだろうか──)
そんな考えが、シンジの脳裏をよぎった時でした。
背後から、自分の名前を呼ぶ声がしました。
「永久乃シンジ──ぶべっ!」
ベチャッという音に、シンジは恐る恐る後ろを振り返ります。
しかしそこには、誰も居ません。
「……」
そして足元に視線を落とすと、そこでちんちくりんな女の子が、地面に突っ伏していました。
シンジはその女の子に見覚えがありました。
入学式から目立ちまくりの、オモチャの剣を腰に差した、騒がしい女の子でした。
「うごごごご…またドジってしもうた…」
おかっぱ頭の女の子が顔を上げると、鼻から血が出ていました。
「…あの、大丈夫ですか…?」
シンジがポケットティシュを差し出すと、「あ、どうも」と言ってその女の子はティッシュをよじって先端を尖らせ、両方の鼻の穴にそれを突っ込むと、勢いよく立ち上がりました。
「私、只野ユウコと言いますっ!ユッコって呼んでください!」
女の子は、元気いっぱいの鼻声で、そう自己紹介しました。
「…あ、どうも…永久乃、シンジです…」
ユッコの勢いに圧倒されながら、シンジは曖昧に返事をしました。
失敗をしたばかりで、”一人にして欲しい”という気持ちと、学校に居場所が無くなっていく様な気がしていた中で、”自分に話しかけて来てくれる人が居た”という嬉しさがないまぜになって、どう反応したら良いのか、分からなかったのです。
「永久乃君、魔法の使い方、知らないんだよねっ!?」
ユッコは、シンジの心の傷を、ピンポイントでえぐってきました。
「……っ!」
シンジは胸の張り裂けそうな痛みに、二の句が継げられなくなります。
ユッコが筆記試験で0点を取った事を、シンジは知っていました(ちなみにシンジの筆記試験の成績は、0点では無いものの、ユッコ、ブキミについでワースト3位でした)。
自分も0点を取ったのに、どうしてそんな事が言えるんだ──そんな考えが、頭をよぎります。
しかしユッコは真っすぐに、シンジの目を見て言いました。
「それでも、永久乃君が諦めずに最後まで頑張る姿、私はカッコいいと思いました!」
「────────!」
その言葉に、シンジの目から、涙が溢れました。
”自分の事を、バカにしません”と、自分に面と向かって言ってくれる人が居る──
その事実と、その思いやりと勇気に、シンジは心の傷が癒えて行くのを感じました。
拭っても拭っても、涙が溢れてきます。
「ジャーン!ブレイブソルドー!」
ユッコはそう言って、腰からオモチャの剣を抜くと、空高く掲げました。
「私、子供の頃からずっと、この剣で勇者の修行をして来たんだ!この剣には不思議な力があって、この剣を握るだけで、いつだって勇気が湧いて来るんだよ!だからこれ、今だけ永久乃君に貸してあげる!」
そう言って、ユッコはオモチャの剣を自信満々にシンジに差し出します。
「ありがとう」
そう言って、シンジは剣を受け取りました。しかし、何も変化は感じません。
それはただのプラスチックで出来た、”ブレイブソルド”を模しただけの、オモチャの剣でした。
それでも、先程までの絶望は、もう無いのでした。
「うん。そうだね。勇気が湧いて来るよ」
涙を拭いて、シンジは笑顔で答えました。
「ふひひ!でしょー!?」
とユッコは嬉しそうに笑います。
その笑顔を見ながら、シンジは思いました。
もしも”伝説の勇者”というものが実在するなら、ユッコみたいな人間であればいいのに──と。
そしてふと、その時シンジは、クラス中の視線が、自分達に集まっている事に気が付きました。
「そうだ、永久乃君──シンジ君でいい?シンジ君もこっち来ない?」
そう言って、ユッコは先程まで自分が座っていたところを手で示しました。
そこには、どこか不気味な雰囲気をたたえた少女が座っていて、小さく手を上げて挨拶しました。
「彼女は呪井ブキミ!同じ0点仲間だよ!」
ユッコは嬉しそうにシンジを誘います。
その時シンジは、担任の石頭先生が、椅子から立ち上がるのに気が付きました。物凄い眼光でこちらを睨んでいます。
「私さ、何か失敗しちゃった時に、誰かに『失敗しちゃったよー!』って言ったら、それだけで何か失敗がギャグになる様な気がするんだ!失敗した事を報告できる誰かが傍に居るって、凄く心強いんだよ!だからシンジ君もどう!?」
その時シンジは、鬼のような形相で近付いて来る石頭先生に、顔が引きつっていました。
「それにね、私、分かっちゃったんだ!0点でも力を合わせたら、100点に勝ぺっ──!」
担任の石頭先生は、どこからともなく取り出したハリセンで、ユッコの頭を思い切りはたき落としました。
スパーンととてもいい音がして、鼻に差し込んだこより(ティッシュをねじった物)が、スポーンと飛んでいきました。
「只野ユウコ、今は試験中です。静かにしなさい!」
そしてユッコ、ブキミ、シンジの三人は、皆の前で石頭先生にきつく叱られたのでした。
勇者ギルドアカデミー kakinige @kakinige-kouchimasaru
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