伯父の葬儀後、親類が祖母宅に集まった。

 詩織たちが七夕祭りに出掛けた直後、伯父は井戸にロープをつたって降りようとしたらしい。しかしロープが腐っており切れてしまった。そのまま井戸の底に落ちて頭を打ってしまったのだ。その後、帰宅した従兄が発見した。伯父の死は事故として処理された。

 「詩織。お母さん。伯母さんたちの手伝いしてくるから。」

 「分かった。」

 詩織は台所へ急ぐ母を見送ると和室に入った。あの日、瑞希と旧暦の話をして伯父の最後を見た場所であった。

 あっそうだ。とスマホを取り出した。

 旧暦と入力して検索する。あの時、後で調べてみようと考えていたのを今思い出したのだ。

 サイトの一つを見ると今日が旧暦で何日か、季節の行事の説明が載せられている。その中に『明治5年は12月は2日だけ‼』というのを見つけた。

 明治6年から新暦を始まった。その時、新暦の1月1日にあたるのが当時の暦で12月3日だったというのだ。その日から明治6年と新暦が始まりを迎えたものだから明治5年の12月は短いものになったと説明が載っている。

 「明治五年…」

 確か伯父の宝探しのきっかけの紙は『明治五年12月22日』と書いてあった。明治五年の12月が2日までということはあの紙は偽物ってことだろう。それを伯父が本気にしたとなると何とも情けない話だ。

 (あれっ…でも瑞希姉ちゃんが気づくんじゃ…)

 瑞希は暦に詳しかった。文書の日付を見て偽物だと気づけるはずだ。その時、本棚に詩織の手が当たり何冊か落ちてしまった。

 そのうち一冊拾った。ページをめくると祖父がまだ生きていた頃のアルバムだった。着物とカツラを身に着け仲間と共に笑みを浮かべている。芝居サークルに入っていた頃の物だろう。全員で小道具を手にしている写真もある。小学校低学年くらいの瑞希も並んでいた。

 (これって…)

 その写真で祖父が手にしている小道具が気になった。古い文書で伯父が手にしていた宝の紙と似ているが文章はよく読めない。

 (舞台の脚本や小道具を見直して『あっこれ時代考証がおかしい』って言いだしたり)

 祭りの日に祖母が言っていたのは、この紙のことではないのだろうか。存在しない日付が書いてある小道具。瑞希はそれを指摘した。そうかもしれない。

 だとすると瑞希は伯父が手にしているのは舞台の小道具だと教えなかったのは何故だろう。そう思った時、当日の瑞希の台詞が蘇った。

 (私七夕の短冊に『好き勝手ばかりの父がどうにかなりますように』って書いちゃった。)

 確か明夫は瑞希にシャベルとロープの用意を手伝ってもらったとか言っていた。もし瑞希が腐ったロープをわざと明夫に渡したとしたら…。

 詩織はアルバムを抱え和室を出て仏壇のある部屋に駆け出して行った。

 「どうしたの?」

 丁度祖母が部屋から出てくる所だった。入り口から瑞希が明夫の遺骨に向かって正座しているのが見えた。

 「あのさ…あの宝の紙だけど…」

 そこまで言うと詩織は口をつぐんだ。少し置いて口を開いた。

 「あの紙って誰が見つけたの?」

 「瑞希が蔵の中から出てきたって見せてくれたけど…」

 祖母は首をかしげながら答えた。

 「あれ。それアルバムでしょ。どうしたの?」

 「あっこれ…さっき見つけて…片付けてくる。」 

 詩織は慌てるように踵を返した。

 (もう…やめとこう…)

 瑞希本人に追及しても「気づかなかった」と言い訳されるだろう。あの紙が本当に舞台の小道具だとは限らない。伯父の件は事故ということになっている。瑞希には恨みは無い。伯父の死を画策していたとしても警察に売ろうとは思わない。

 立ち去る直前に一回だけ瑞希を観察した。

 伯父の遺骨に向かって笑みを浮かべているようにも見えた。

 

 

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旧暦七夕に… 桐生文香 @kiryuhumi

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