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境内に笹がずらりと並んだ。人々が思い思いの願いを込めた短冊を取り付ける度に笹の繁みが大きく揺れる。
「今年も立派な笹を用意したもんだね。毎年のことだけれども。」
「そうなの…?」
祖母の感嘆を横に詩織は屋台で買った焼きそばを頬張った。
「全くあんたは…。食べ物ばっかり。」
「だって祭りって言ったら屋台でしょ。」
詩織の箸は止まることはなかった。
「それより瑞希姉ちゃんは?いつの間にかいなくなってるけど。」
「芝居演目の人に会いに行ってるよ。死んだおじいさんが地元の芝居サークルに入っていたからね。瑞希も子役でそのサークルに一緒に入団していた時期があったから。知り合いも多いの。」
「そういえば幼稚園ぐらいに姉ちゃんが舞台に出てるの見たことがある。」
詩織は境内の隅に設置された。小さな仮設ステージに目にやった。今は地元高校のダンス部によるパフォーマンスだ。
「江戸や明治が舞台の話が多かったね。」
「それで瑞希姉ちゃんは日本史専攻したの?」
「そうだって聞いてる。それで当時の風習に詳しくなって舞台の脚本や小道具を見直して『あっこれ時代考証がおかしい。』って言いだしたり。」
詩織は瑞希に旧暦について説明された時のことを思いだした。
「ところで、あんたは願い事書いた?」
「『夏休みの宿題終わりますように』って。まあ、残りちょっとだけだけど。」
「ちょっとってどれくらい?夏休みもう少しで終わるのよ。」
祖母は大きく溜め息をついた。
「あんた明夫みたいにならないでね。あんな口だけの人。家からはもう出したくないの。」
「はあい。」
詩織は小言に耳を塞ぎたい気持ちで聞いていた。ただ『明夫みたいにならないでね』だけは受け入れる気にはなれた。
伯父は自分勝手で人を小馬鹿にしたような態度が常だった。仕事が長続きしない人だっていうのにプライドだけはプロ級。母親からも伯父について良い話は聞いたことが無い。一家の収入は生け花の先生である祖母と市役所で働く伯母によるものだと聞く。詩織から見れば従兄にあたる瑞希の兄はもう社会人だ。伯父がいなくなっても一家は困らないだろう。
瑞希から聞いた七夕の願い事を思い出すと実感が増す。一家は伯父にどれだけ苦労させられてきたのだろうか。
詩織がそう思っていると瑞希が駆け足で近づいてきた。
「おまたせ。皆もうすぐ出番みたいで忙しそうだった。6時半から上演だから。」
そう言って瑞希は腕時計の針を見せた。
「っていうか。もう6時回ってたんだ。」
詩織がそう言うと祖母も自身の腕時計を見始めた。
「本当。楽しい時は時間が早いんだから。明夫は今頃ずっと井戸で穴掘りし続けてるのかね。」
祖母が言うと三人はどっと笑いだした。
その時、瑞希のスマホが鳴った。瑞希はカバンからスマホを取り出し耳に当てた。
「お兄ちゃん?…何があったの…えっお父さんが…」
「明夫がどうしたの?」
祖母が訝しげに尋ねる。
「お父さんが井戸の中で倒れてるって…血を流してるから救急車を呼んだって…」
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