旧暦七夕に…

桐生文香

 「毎年思っていたんだけどさあ…何で8月に七夕?」

  詩織はあくびをするように聞いた。

  2020年8月25日。母方の祖母宅がある地域では毎年8月に七夕祭りが行われる。中学生の詩織は祖母と伯父一家の住む家に一人で泊まりに来ていた。

 「それはね…昔と今では暦が違うから。」

 大学生の従姉、瑞希は『2020年 七夕祭り開催』と書かれたチラシをひらひらさせた。二人はボロっとした畳の上に座り卓袱台を挟んで向かい合っている。壁際の本棚には古びた本が並ぶ。

 「今使われているのはグレゴリオ暦と言って太陽の動きを元にしているの。大体明治時代ぐらいから。それ以前は月の満ち欠けを元にした太陰暦…いわゆる旧暦が使われていたの。」

 「旧暦…国語で聞いたような…」

 国語で季語を習った時、旧暦だから朝顔は秋の季語になるのだと教師に言われた記憶が蘇ってきた。

 「で旧暦の7月7日は今年の8月25日今日になるの。」

 「ふうん。でも去年の七夕祭りと日にちは違わなくない?」

 「太陽と月の動きは違うからね。今は1年365日だけど、旧暦だと354日。そのずれで年によって旧暦の日が違うことになるの。」

 「へえ。」

 瑞希は日本史を専攻しているだけあって詳しかった。詩織は内心よく分かってないが適当に相槌を打った。あとでスマホで調べることにした。

 「おおい。そろそろ始めるぞ。」

 野太い声がする。詩織の伯父で瑞希の父である明夫の声だ。二人はその声にイラッとした。普段からの彼の言動が原因だ。

 見ると伯父は手にシャベルを持ち、肩にロープを掛けている。

 「明治の宝がうちに残ってたんだぞ。」

 「宝?」

 「何だ詩織。瑞希から聞いてなかったのか。」

 伯父は馬鹿にするように物知らずを見るようにして言い放った。

 「うちの蔵からでてきたんだよ。宝の文書が。ほら。」

 伯父は薄汚れて古臭い紙切れを服のポケットから取り出した。墨で書かれた達筆で『明治5年12月22日 古井戸の底に財宝を残す』とあった。

 「まさか蔵の中にお宝がまだ眠っていたとはな。御先祖様に感謝しねえとな。」

 伯父は嬉しそうにする。詩織と瑞希は軽蔑して見つめた。

 母方の先祖は明治に生糸商で財を成した豪商だと聞いているが昔の話だ。家業はとっくの昔にやめている。広い屋敷は取り壊され一部を残して売り払ってしまった。残った土地に古井戸と蔵、小さな民家だけが残っている。蔵の中に骨董が数個あったと聞くが伯父が遊ぶ金欲しさで祖母の断りなく売ってしまった。

 「今日の夜に掘るぞ。瑞希手伝ってくれるよな。」

 伯父は瑞希を一瞥する。瑞希は首を横に振った。

 「私は行かないよ。七夕祭りに行くの。」

 「何だ。シャベルとかロープとか用意してくれたから。お前も宝探し手伝うのかと思ったのに。」

 「道具の準備はしたから、それで十分でしょ。後は一人でやって。」

 「ちっ。何だよ。宝見つけても分けてやんねーぞ。」

 伯父は不機嫌そうに和室から出て行った。

 「宝って本当にあるの?」

 詩織は呆れながら瑞希に尋ねた。

 「さあ。勝手にさせておけば。私七夕の短冊に『好き勝手ばかりな父がどうにかなりますように』って書いちゃった。」

 和室に瑞希の大きな溜め息が広がる。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る