ある「ある遺書」(再校『書き損じ』)

忌音生

遺書

 どうも。あなたがこの文章を読んでいるということは、私は腐乱したぐずぐずになっていることでしょう。あるいは灰ですか。いや、ハイになっているかも?

 なんてったって遺書を書くという行動は何回目かの初めてでして。後生一生の大仕事ともなれば、「ラブレターでさえ筆不精」との謗りをほしいままにした僕でも昂奮が抑え切れないものです。龍脳だとかプラグに溜まった埃だとか、平素なら気にもとめない匂いにまで劣情を催してしまいますねえ、ええ。そんな浮ついた気持ちで緩りと書き進めて参りますので、お暇な時にでも読んで頂ければ。葬儀で忙しいですかね?



 まず遺産相続について。そんな大仰な言葉はそぐわないですね。今際の際ビンゴ大会とでも言い換えておきましょうか。当たるもハッピー!当たらぬもラッキー!

 凡俗な18歳が遺せるものなぞ、禍根と悔恨と回顧譚のみだろ、と思わなくもないですが。それでも、おもちゃの宝箱を開いたまま此方に来てしまった気がするので、ロールズよろしく富の再分配という事で、よしなに。因みに法的拘束力はない。


・現金、またはそれに類するもの

 両親に100%キャッシュバックしてください。掻き集めれば30万円分ぐらいはあるんじゃないでしょうか。僕に掛けて(賭けて?)無駄になった教育費はその比ではないでしょうけど、高い勉強代ということで諦めてください。

・漫画/アニメ/ゲーム、あと本

 弟に全て渡してください。弟はいらなかったら捨ててください。君とは嗜好が真逆だったので、だからこそ楽しめるのではないかと思っています。君には少し早いものも混じっていますが、僕がそれらを手に入れたのも同じく尚早の頃でしたし、兄が弟に遺す物として丁度いい馬鹿らしさではないかと。

 利用する度に僕を思い出してください。あな兄弟とは何と美しや。最悪だな。

・その他

 焼き棄てろ。



 次にお別れのメッセージをば。正直こっちから言いたいことはあんまりないんですけどね。言いたいことがある人間(特に未成年)は屋上に立ったら叫び出すもので、言いたいことがない奴だからこそ飛び降りるぐらいしかできないんですね。で、そうは言っても18年分の謝辞を一言も述べず逝くのが無礼だってのは僕にもなんとなく分かってしまうので、義務感で嫌々書いておきます。かったりー。


・両親へ

 産んでくれたことは恨んでいますが、育ててくれたことは感謝しています。

・弟へ

 良い兄ではなかったですね。でも、良い兄弟だったと思っています。

・祖父母へ

 結婚式だと間に合わなさそうだったので、他の冠婚葬祭で代用してみました。

・友達(全体的に)へ

 転勤族だったので、お別れ会は飽きました。

・友達(仲の良かった人)へ

 悲しませるぐらい仲良くなってしまってごめんなさい。

・友達(仲の悪かった人)へ

 化けて出てやるひゅーどろろ!

・彼女へ

 相談に乗ってくれて、ありがとう。



 さて、最後に自殺の動機を書いておきます。僕さえ納得していればそれでいいと思っていたんですが、優しい心根の持ち主にほど要らぬ罪悪感を抱かせる構造が申し訳なかったので。気になる人だけ読んでください。


 まず誤解を解いておきましょう。僕が死ぬのは、受験に失敗したからでも、相関図に目が疲れたからでも、一度死んでみたかったからでも、年来の躁鬱で精神不安定だからでもありません。僕すら知りえない複合要因としてひっそり巣食っているのかもしれないですけど、少なくとも僕が理由として数えていないのは確かです。それじゃ、本当の理由(だと僕が思い込んでいるもの)を説明しましょうか。


 昔から僕は、僕を始めとした人間が大嫌いでして、それゆえに自分と誰かの心的距離を必要以上に近づけないよう気を付けていました。親族とて例外ではなく、特に両親なんて、人生における汚点筆頭である乳幼児の頃を知られているという弱みに怯えて従っている様なものでした。

 そんな感じで17年ほど寿命を擦り減らしまして、高2の夏。偶々知り合った(必然知り合うことはあるのか?)女性とそこそこ仲良くなりまして、低俗に言うお付き合いをさせて頂く運びとなった次第でございます。ぱちぱちひゅーひゅー。まあまあバレてた?

 そうして半年ほど高校生として健全に不健全な諸々を経験していたのですが、不意に著しい不安感に襲われました。自分で言うのも気恥ずかしいことですが、僕は彼女の事を相当に好いていましたし、同等量の熱を彼女から感じていました。

 さて、こんな僕は大人になったら何をするのでしょうか。誰か好きな人と、つまり、今の彼女と全く同じかもしれないし、少し違うかもしれないし、全く違うかもしれない人と、家庭を築いて、気が向いたら子供を成して、そしていつかは死ぬでしょう。僕にはそれが、その想像すらもが、耐えられませんでした。

 最愛の人を失う事も失わせる事も、僕の人生にあってはならない。だから僕は、今失う事にしました。これ以上の好意が私を包む前に。


 僕にとって誰もが「失ってもいいもの」であり、誰にとっても僕が「失ってもいいもの」である内に。


 ま、平たく言えば好きになるのが怖かったって事でしょうし、結局のところ自殺の動機なんていきあたりばったりありきたりばっかりなんです。同情するなら髑髏されこうべ


でも少しカッコつけて言うならば、僕は。



 未来の愛の為に、死ぬのです。



これでお終い。じゃーねっ!

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ある「ある遺書」(再校『書き損じ』) 忌音生 @IMU-OTO-UMI

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