第50話 コボルトと魔法
「『wind blow:κ; do whirlwind;』」
旋風を起こし、コボルトの進路を阻む。
善戦。だが俺たちは今だ、コボルトを倒すことができずにいた。
俺たちより前の三人が、勝敗の違いはあれ全員とも呆気なく戦いを終えてしまっていたせいもあってか、自分たちの戦いがやけに長く感じられる。
エルシーも、固唾を飲んで俺たちの戦いを見守っているようだ。
コボルトは、決して極端に弱い敵ではない。中級程度の慣れた冒険者が、武器を伴ってやっと倒せる程度の敵だ。
ただの犬と侮ることは出来ない。
強さの理由はその身軽さにある。
縦横無尽に地を駆けるその俊敏さゆえに、魔法や攻撃が容易には当たらないのだ。
刀でもあればまた違ったのかもしれないが、無い物を望んでも仕方ない。
そもそも刀を振ることにだって訓練は必要だからな。
加えて、水魔法のような自然魔法では当たってもあまり効果がない。火魔法や毒魔法のような少し難易度の高い魔法でなければ、戦闘不能に追い込むことは到底困難だ。
「すばしっこいわね……『fire burn:ζ;do ignite;』」
それはリアナも承知しているらしく、先ほどから何度か火魔法を試みているようだが、如何せん制御が難しく、うまくぶつけることができていないようだ。
「『wind blow:ω; do wind-cutter;』」
いくら風魔法で弾いても、次の瞬間にはまた爪を突き立てて襲い掛かってくる。他人の戦いを見ているときは分からなかったが、これが結構恐い。
元の世界で昔飼っていた小型犬とはわけが違う。
そう、同じ犬でも、だ。
その時、俺の脳裏にふっと閃くものがあった。
「リアナ! まだ火魔法使える?」
「えっ? う、うん! 大丈夫に決まっているでしょ!」
リアナが声を張り上げるが、明らかに無理している。
火魔法を含む無機魔法は、扱いが難しい。そのうえ、不慣れだと魔力値よりも魔力消費が大きくなりやすいのだ。
俺もこの戦いの中で何度か火魔法を使ったが、大した魔力値の魔法でもないのに体力がごっそりと持っていかれるような感覚がした。
俺より持っている魔力の量が多いとはいえ、リアナも疲れていることに変わりはないだろう。早く勝負を決めなければ。
そう思い、俺はコボルトの方に真っ直ぐ視線を向け、手短に魔法を詠んだ。
「『smell scent:ε,wind blow:μ;synthetic , do unpleasant and windless』」
魔力値13の合成魔法。あまり使わない属性の魔法だが、どうやらちゃんと発動してくれたようだ。
気のせいか、周囲が静かになったように感じる。
そして、2体のコボルトは、互いに近い位置に留まったままで動こうとしない。少し身をかがめて、何かに耐えているかのようだ。
リアナも、何が起きたのかわからない様子で、眉を顰めてコボルトの動きを窺っている。
「リアナ、今!」
叫ぶ。その声は糸電話でも通しているかのようにくぐもった音となって周囲に響いたが、それでもちゃんとリアナの耳に届いてくれたようだ。
少し小走りにコボルトと距離を詰め、詠唱を放つ。
「……『fire burn:ζ;do ignite;』」
魔力値6の火魔法。だが、近接戦で確実にぶつけることができるなら、これで十分だ。
皮膚を焼かれた2体のコボルトは、その場で戦闘不能状態に陥った。こうして俺たちは無事に、実技試験を突破することができたのである。
「お見事でしたよ! リアナちゃん、ノエリアちゃん!」
全員の試験が終わり、解散となった後、エルシーが満面の笑みで俺たちの方へと駆け寄ってきた。
結局俺たち以降で、コボルトに打ち勝つ受験者は現れなかった。比較的年齢層の低い受験者が多かったから、仕方ないと言えばそうなのかもしれないが。
「それにしても、どうして突然コボルトの動きが鈍ったんでしょうね?」
「ノエリア先生の魔法でしょ? よく聞き取れなかったんだけど、あれってどうやったの?」
俺は二人に、戦いで使った魔法の内容を簡単に説明した。
俺が使ったのは、香属性と風属性の合成魔法だ。
香属性は水、風、土、香で構成される自然魔法のうち、最も戦闘で出番がないとも評される属性である。その名の通り、さまざまな香りを生み出すことができる魔法だ。
俺はその香属性で「unpleasant」つまりは不快な臭いを生み出し、そして「windless」で無風状態、つまり、そのコボルトが居る場所だけに、臭いが留まるようにしたのだ。
コボルトは犬、つまりは嗅覚が敏感なのだ。だから、魔力値5程度の些細な臭いでも、その影響を大きく受けるのである。
魔法の発動後、周囲が静かになって声が聞こえづらくなったのは恐らく、「windless」の空気の流れを抑制する効果のためだろう。音も空気を伝わる波の一種だからな。
試験結果の発表は明日らしい。無事に実技試験で最後の一撃を決めることができたリアナは、先ほどまでよりも幾分か上機嫌だった。
家庭教師少女な俺は風を操りたい 鏡ホタル @mira_hotaru
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