第49話 犬の魔獣

「どうだった? 筆記試験」

筆記試験の一時間が終わり、俺たちはエルシーに連れられて、他の受験者たちと一緒に実技試験の会場へと向かっていた。


筆記試験の前に実技試験を受けた人もいたようで、今いるのは俺たちを含めて8人程である。


「まあまあ、かしらね……」

リアナの表情はどこか少し暗めだ。思っていたよりも解けなかったのだろう。


かくいう俺も、そんなに解けたわけではない。魔法科学はともかく、魔獣の知識問題は勘で解いたものもいくつかあった。




所変わって実技試験。課題はコボルトとの実戦であった。


冒険者組合の裏に設置された縦横10メートル強のフィールドでコボルトと闘い、その様子を上位魔術師でありギルドの職員でもある試験官が評価する、というわけだ。


フィールド自体は、杭とロープで作られた極めて簡易的なものだが、簡単な結界が張られていて、身の危険を感じた場合はフィールド外に出ることになる。

無論、減点対象ではあるようだが。


共闘が許可されていたので、俺とリアナは一緒に出ることになった。


このルールは、仲間の冒険者との連携も能力のうち、ということだろう。



それなりの手練れらしい一人目の受験者の男は、難なく火魔法を纏わせた木刀でコボルトを倒していた。


武器の使用は、普段依頼を受ける時に使っているものに限って許可されるらしい。


一方、二人目の受験者の少年は、まだ魔法の詠唱にも慣れていないらしく、瞬く間にフィールドの隅に追い詰められ、半泣きの状態でフィールドから飛び出していった。無論失格だ。


試験だからいいもの、実戦であんなことになればどんな目に遭うかは言うまでもない。


三人目は、俺やリアナよりもさらに年下に見える少女だった。

長く下ろした茶色の髪にウサギの絵柄の髪飾りを付けたその少女は、無表情のままフィールドに静かに入った。


コボルトを前にしてもまだ口を開かない。先ほどの少年と同じ結果になるか、と思った次の瞬間、か細い声で、しかし、ものすごい速さで彼女は詠唱を放った。


「『cast shadow:ωω; do syncope; to only beast;』」

瞬間的な魔法の発動。魔力値は優に500を超える。次の瞬間にはコボルトは完全に倒れ、ピクリとも動くことはなかった。


「……えっと、それでは、次の人。フィールドに入ってください」

そう事務的に言うエルシーも、何が起きたのかよく分かっていないというような表情を浮かべていた。



そしてようやく、俺とリアナの順番が回ってきた。

二人での共闘なので、コボルトも2体だ。難易度に差が出ないように、ということだろう。


コボルトは、ちょうど動物の犬のような見かけの魔獣である。その見かけを反映してか、大きさもちょうど大型犬と同じ程度である。


「『fire burn:δ;do ignite』」

リアナが手始めに短く詠唱する。かつてアレシアさんに教わった火魔法だ。


土の露出した地面なので炎が燃え広がることはなかったが、とりあえずひるませることには成功したようで、コボルトは2体ともまだ動かずに最初の位置を保っていた。


ここからどう仕掛けるか。とりあえず、と俺も1歩前へと踏み出し詠唱を放った。


「『wind blow:ω; do wind-cutter;』」

……効果はいま一つのようだ。


当然だが、魔獣相手に風魔法はあまり効果的ではない。


魔力の消費はないので回避行動の代わりにはなるだろうが、何か別の手を考えなければならない。


「『water flow:ε,wind blow:μ;synthetic , do ice and squall』」


以前授業をしているときに教科書で見た合成魔法の例文だ。魔力値は13である。俺の場合、魔力の消費は5だ。


氷の礫が2体のコボルトを襲うが、そのほとんどが軽く躱されてしまった。

そのままそのコボルトの片方が、身を翻してリアナの方へ駆けていく。


「危ない!」

「『water flow:μ,wind blow:μ;synthetic , do stream and whirlwind』」


それを予期していたかのように、リアナは水を孕んだ竜巻でコボルトを退く。

「舐めないでよね」


リアナが軽く言葉を返す。まだ余裕はあるようだ。

俺はその言葉に微笑みながら、突進してきたもう一体のコボルトを、風魔法を使って軽く躱す。


それほど苦しい戦いではない。

だが、それは時間の問題だ。まだ開始から2分と経っていないにもかかわらず、リアナの消費魔力はすでに20を超えている。

今は大丈夫でも、無限に戦いを続けることは出来ない。


コボルトを戦闘不能にすることが勝利条件である以上、いつまでも回避行動を繰り返しているわけにはいかないのだ。

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