09 知らないドアは
「すっごい...」
ギャラリーの前に到着した私たちは、さっきあれほどまでに魅了され、全力で堪能したオシャレデザートの味を忘れてしまいそうになるほど、目の前の風景に圧倒されていた。
『My god』。直訳すると、『私の 神』になるのだけど、ギャラリーにつくと、一見神様っぽくない男性の肖像画をあしらった、この個展の看板が出迎えてくれた。
優しいタッチで描かれている看板の男性は、何処か悲しげで、それでいて真っ直ぐにどこかを見つめているのが印象的だった。
「圧倒されますね...」
「入りましょっか、久美さん、鈴花!」
「...うん」
私たちは緊張した面持ちでギャラリーへと足を踏み入れた。その瞬間、心の中にある、自分も知らないドアが開かれたようだった。
案内図によると、この個展には3つのブースがあるらしかった。
【出会い】【現在】【予想外】
「この男性って...」
愛萌がそっと呟く。
最初のブース【出会い】
一枚目の絵は、キャンバスの端からスっと手が伸びてきていて、その先にはあの看板の男性がいた。
その後も櫻の木が印象的な風景画や、坂を自転車で駆け上がる爽やかな絵、呑み屋で涙ぐみながらお酌し合う絵。
静けさ、笑い、涙。様々な感情を表現する絵の中に、いつもあの男性がいた。
2つ目のブース【現在】
一枚目の絵は、看板とは違う、スキンヘッドの男性が、筆をとりキャンバスに向かっている絵だった。
「もしかしたら、この人が個展を開いた本人様だったりして」
鈴ちゃんがやけに勘がよさそうなことを、そっと呟いてきた。
何かを必死にメモへ記す人の絵、一人の女性と話す人の絵、大きな絵画をじっと眺める人の絵。
真剣、ときめき、葛藤。その中にもまた、あの男性がいた。
最後のブース【予想外】
「うわっ、びっくりした...」
「真っ黒、いや、真っ暗、ね...」
一枚目の絵は、アニメの世界のブラックホール以上に黒い、いや、愛萌が言い直したように、真っ暗だった。一見すると黒一色に見えるその背景には、様々な色が重ねられていた。その色の重なりが、より一層の暗さを演出しているように思えた。
そのキャンバスの片隅には、初めのブースの一枚目の絵に描かれていた、一本の手が薄らと描かれていた。
この暗い絵の後、そこに光が差していくように、同じレイアウトの作品のグラデーションが続く。
そして出口付近にある、この個展最後の1枚には、看板と同じ佇まいで立つ男性に、笑顔が点っていた。
「なんか、感動しました...。私、絵って結構すぐ飽きちゃうんですけど。なんか、ここの絵はひとつひとつはもちろん、ブースごとに、個展全体としてストーリーが繋がってるみたいで。」
「わかる。ずっと同じ男性がでてきて、その方が色んな表情をみせてくれるの、とっても魅力的だったわ...」
「うん、なんというか...『My god』のgodって、神じゃない??
だから、この個展を開催された槁さんにとって、神のように大きな存在を描いた展示なんじゃないかな。」
「たしかに、さすが久美さん!」
「その神のように大きな存在というのが、一貫して描かれていた男性ってことね。」
3人で思い思いにこの展示について話していたら、遠くから声をかけられた。
「本日は、御来場頂きありがとうございます。今回この『My god』を開催させてもらってます、槁です。」
「こちらこそ、素敵な時間をありがとうございました。」
とっさの対応力かつ、しなやかな口調、お得意の最敬礼をみせる愛萌。
「あの...人違いでしたら申し訳ないんですけど、佐々木さん...ですか?
友人から、本日3人で来場頂くと聞いておりましたもので。」
「あぁ、はい。そうです。ご友人って、日向さんですよね?一度お仕事でご一緒させて頂いていた佐々木です。」
「アシスタントの宮田です。」
「こ、後輩の...富田です。」
「あぁ、すみません、かたっくるしくなっちゃって、
肩の力抜いちゃってください!」
そういうと、槁さんはおひさまのように私達に笑ってみせた。
My god Kaki🥛 @kmrk122
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