黄昏の光は星(セカイ)を越えて

星月 猫

黄昏の光は星(セカイ)を越えて

「これ、預かっててくれ。すぐに戻るから」

あの日、あの時、あの場所で、少年から預かったモノは──


***


ふと、目が覚めたのはありふれた日常の中。

(あ、マズイ寝てた……ノート取らなきゃ…………)

冬の午後の光が眠気を誘う授業中の事だった。

「でーあるからして、ここは……」

先生も気だるそうだ。生徒たちも、コソコソとおしゃべりに夢中である。

(さっきのは……夢かな?何か異世界っぽい感じだった気もするけど。でも、妙にリアルだったよね……)

「じゃー日付を足して……夢見鳥ゆめみどり、これの答えわるか?」

ビクッとした。物思いに沈むと周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。

「……2yです」

蚊の鳴くような声だったが、先生はうなずいて授業に戻ってくれた。

(やれやれ。残り数分を乗り切れば放課後だ。……今日はあそこに寄ってから帰ろうかな)

そこは春に蝶の乱舞が見られる私の秘密の場所。

行き方が複雑なので、誰も知らない……はず。

そんな事を考えていると、チャイムが鳴ったのだった。


ホームルームの終了を告げる挨拶もそこそこに、私は下駄箱へ向かった。

靴を履き替え、校門を出た所で立ち止まる。

そして、小さい頃からのお気に入りである、蝶の形をしたネックレスを付けた。

誰かから貰ったモノの気がするのだが、よく覚えていない。

「これで良し、っと」

駅と反対の、山のある方へ歩き出す。

ちなみに私の家は学校に1番近い駅の近くにある。朝の満員電車に乗らなくて良いのがとても嬉しかった。

慣れた様子で公園の木々をすり抜け、壁を乗り越える。

細い路地を突き当たりまで進んで、ブロックの壁の横にある穴を通れば到着だ。

まだ明るいので、街並みがよく見える。

この崖の真ん中にポツン、と生えている木の前から見下ろす夕暮れ時の街並み。それが私の1番のお気に入りだ。


いつものように、木の生えている場所に向かったのだが……

「ん……ぐぅ……」

そこにはパーカーのフードをかぶった少年が寝ていた。

しかも、かなり気持ち良さそうに。

(え、えぇ……何でここに?と言うかもう暗くなるし、起こした方が良いのかな?)

私がオドオドしていると、少年が身じろぎをして目を開けた。

「…………近い。誰だお前」

「ふぇっ!?!?」

色々考えて居たら近づいてしまっていたらしい。

慌てて顔を離した。

「ここは俺しか知らないはずだ。何故ここに居る?」

「いやいやいやいや、それは私のセリフです!!」

しばらく睨み合っていたのだが、唐突に夕暮れを告げる鐘の音が響いた。

ハッとして私は街の方を見る。

──キラリ

勢いよく振り向いた反動でネックレスが跳ね、黄昏の光を反射した。


「……え、…………ファル?」


沈黙が流れる。

「……あ、もしかして私の事を言ってます?」

きょとんとして首を傾げた。

少年は徐々に何かへの驚愕から立ち直ったらしい。

少し寂しげな表情を向けて来た。

「……いや、すまない人違いだ。…………そうだ。アイツがこの世界に居るとは限らないんだから」

そう言って立ち上がり、ブロックの壁の方に歩いて行ってしまった。

呆然としている私の目線は少年を追いかける。

壁は炎のような色に染まっていた。

(夢の世界に似てる。あの時も私は、誰かの背中を見つめていて……その誰かはどうなったんだっけ──)


「待って!」

気付いたら声が出ていた。


少年が振り向く直前、再び黄昏の光が少年の背中にとある影を映し出す。

それは、片方だけの蝶の翅の形をしていた。

「あっ!」


***


──それは、地球ここでは無いセカイ

けど、機械と電気が人々の暮らしを支えているセカイ

そこで私は、幼馴染の少年とよく一緒に居た。

そこで私は、ファルファッラという名前だった。

何とも変な名前である。

そして彼は、ディエと言った。

女の子みたいな名前である。

そう。

私たちは他のクラスメイトたちから笑い者にされる立場にあったのだ。


とある昼休みの事だった。

その日の教室では、いつものように私への噂や陰口が飛び交っていた。

私はそれらを無視して本を読んでいた。

今どき珍しい、紙の本である。

私は電子書籍よりも紙の本が好きだったのだ。

ふと、影が落ちて来る。

顔を上げると、だらしなく制服を着た少女が居た。

「ねぇあんた、今どき何で紙の本なの?タブレットはどうしたのよ?あ、もしかしてコレだった!?」

ケタケタと笑う少女の手には──黒いタブレット。

私のタブレットだ。

「返して!」

私の方が身長が低いので届かない。

他のクラスメイトたちは笑って様子をうかがっている。


「オマエら、うるせぇよ」


突然、ドアの方から少年の声がした。

クラスが慌ただしくなる。

──え、彼、隣りのクラスだよね?

──やべぇ、アイツを怒らせるとマズイぞ。

──名前でからかった奴を3人病院送りにしたらしい。

などと聞こえた。

少年は噂話しなど気にせずに、タブレットを掲げたまま固まっている少女の所までやって来る。

「そのタブレットは誰のだ?」

「ぇ、コイツのです」

震える声と手で、少女は私を指差した。

少年の目線が私の顔を見る。

(この後、いつもの所に来い)

私が小さく頷くのを確認すると、少年はまだ固まったままの少女を見た。

彼女はヒッ、と声を上げてタブレットを私の机に放り投げ、クラスメイトの所へ逃げて行った。

それを見た少年は──クラスの人々を睨んでから去って行った。


それから数分後、私はお弁当を持って屋上のドアを開ける。

そして、そこに居た唯一の人影に声をかけた。

「ディーくん、お待たせ!」

「ファル、やっと来たのか」

言わずもがな、ディエである。

「さっきの。イジメられてたんだよな?」

私は目線を明後日の方に向け、気の抜けた返事をした。

「あはは、じゃねぇよ。…………ったくアイツら、クラス変えで俺が隣りのクラスになったのを良い事に、ファルにちょっかい出しやがって……」

「あ、そう言えば。何で私が“ああ"なってる〜って分ったの?」

彼は溜息を付いた。

「おまえなぁ……何時もの場所に来なければそりゃ気付くだろ?」

「あっ、そっか!」

ディエ再びは溜息をつき、2人は遅めのお昼を食べ始めたのだった。


そして放課後──。

部活の時間である。

校舎の裏にひっそりと佇む小屋が、私たち『飛行機械部』の部室だ。

部活と言っても既に名ばかりで、私たち以外は早々に退部してしまったのだが。

「ファル、そっち持ってくれ」

「はいはーい」

両腕を精一杯広げたくらいの大きさがあるソレは、骨格を形作る黒い素材と、隙間を埋める透明な素材で作られた“1対の蝶の翅”の形をしていた。

息を合わせてソレを持ち上げ、外に運び出す。

飛行機械とは主に、肩や腰などに装着して飛行する機械の事である。

ちなみに。普通の人が既製品を買う事は出来なくもないのだが、無駄に高い値段のせいか、自作品で満足しておく人も多い代物でもある。

そして、インテリアとしても人気がった。その特性上、美しい鳥の翼のようなものが多いからだ。

でもコレは……?

「ほんとディーは蝶が好きよね」

「……ほっとけ」

この部活の機械は案の定ディーが自作した物だ。

2人は小屋の横に広がる、ちょっとした森を抜け、高台にある広場へ出た。先まで行けばそこは崖になっていて、崖の近くには1本の木がある。

私たちはここで飛行試験をしているのだ。

ちなみに2年前はまともに飛べもしなかったのだが、今は数mの高さまで飛べるようになっていた。

そして私たちは、今日も試行錯誤を繰り返すのであった。


──ある日、そんな日常は唐突に破られた。


何時ものように丘に向かっていた私たちはソレを見てしまった。

丘から見える建物の中でも一際大きな建物──発電所から炎が上がるのを。

大半の機械が止まり、人々が逃げ惑うのを。

炎は風に煽られて次々に燃え移り、街は炎に包まれて行った。

すでに、改良を重ねた翅を付けていたディエは私を抱えて飛び、崖の木の根本に下ろした。

「ディー、早く逃げなきゃ!」

私は混乱していた。

しかし、ディアは首を横に振る。

「もう、逃げ場は無い。

確か、部室に発煙筒があったはずだから取ってくる。それで助けを待とう」

私はディアにしがみつき、嫌だ、嫌だ此処に居て!と繰り返した。

「大丈夫。俺にはコイツがあるんだ」

彼は笑って蝶の翅を指差す。

「すぐに行って帰って来る」

泣きじゃくる私の頭を撫で、ふと思い出したように首から細い鎖を抜き取って私の手に置いた。

「これ、無くすと大変だから預かっておいてくれ」

それは蝶の片翅の形をしたネックレスだった。

彼がとても大切にしていて、放課後になるとすぐに身に付けていたのを私は知っていた。

思わずディアを見る。

「預けたからな?」

そう言って、くしゃりと私の頭を撫でてから、彼は駆け出し、飛び立って行った。


しばらくして、小屋のある方から赤い発煙筒の煙が見えた。

そして数時間後、救助隊が私の所にも来てくれた。

でも、あのネックレスは私の首に下がっていた。


***


──辺りはまだ、夕日に包まれていた。

どうやらあの景色を見ていたのは1分にも満たない時間だったらしい。

怪訝そうにこちらを振り向いたフードの少年の背にはもう、影は見当たらない。

それでも。


「ディー、…………ディエ?」


私の言葉は真っ直ぐ彼に届いたようだ。

彼は目を見開いて私を見ている。

それで十分だ。


私は駆け出した。


あの日、あの時、あの世界で止まってしまった時間を、


この地球セカイで再び紡ぐために。

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