第7話 難航する選手決め


 夏休み明けの教室は、どこか浮き足立っている。部活動を引退して早くも受験モードの者もいれば、さんざん遊び呆けていて完全に遅れをとっている者もいる。

 部活焼けで真っ黒になったヤンチャが声をかけてきた。

 「おい、ヘイボン!久しぶりだな」

 「ヤンチャ、すげ〜真っ黒じゃん!」

 「まあな。俺の青春もこれでひと段落だぜ。次は高校球児として甲子園目指すヤンチャ伝説、第2章の始まりだぜ?」

 野球部は県大会まで進んだが、あと一歩のところで全国大会を逃したらしい。地区大会にはオテンバたちと一緒に僕らも応援に行ったのだった。

 ヤンチャはヤンチャで、自分の夢を追いかけている。その姿が眩しかった。

 「二人とも久しぶり!」

 そう言って、僕の肩を叩いたのはオテンバだった。

 「なんだよ、痛て〜な」

 「元気そうじゃん!」

 そう言うオテンバもまた真っ黒に日焼けしていた。彼女はソフトテニス部の選手だった。

 「おい、テニス部はどうだったんだよ?」

オテンバはおどけたような表情を見せた。

 「ウチはさ、参加することに意義がある、がキャッチフレーズのゆるい部活なの。それでも1回戦は突破したわよ」

 「じゃあ、なんでそんな日焼けしてるのさ?」

僕はからかうように声をかけた。

 「あぁ、これは海、海。親戚のおじさんがさ、民宿を経営してるのよ。そこでバイトしながら遊びまくったわよ」

 「へえ…、優雅な受験生だなぁ」

 その声に僕らは驚いて振り返ると、ハテンコー先生が立っていた。

 「さあ、ホームルームの時間だ」

先生は手をパンパンと叩いて、みんなに知らせた。みんなは、席へと着き始めた。

 僕はふと、先生の後ろに立っている女の子に目を留めた。

 「ナデシコちゃん?」

 彼女は目を丸くして、にこやかに微笑んだ。

 「ヤダ、ヘイボンさんじゃなくって?」

僕はきっと今、頬が下がっているはずだ。

 「だれ、この子」

とオテンバが尋ね、ヘラヘラしているであろう僕の脇腹を突いた。

 「あぁ、小学校のとき、同じクラスだったナデシコちゃん。確か4年生のときに転校しちゃったんだよね」

 「おおーっ!ナデシコちゃん、俺だよ、俺。ヤンチャだよ。懐かしいなぁ」

 「あら、ヤンチャさんも。お久しぶりですわ」

 僕らのやり取りを眺めていたハテンコー先生も話題に入ってきた。

 「なんだ、お前たち、知り合いなのか。じゃあ、話が早いな。まあ、座れ」

 こうして僕らの新学期が始まった。転入生のナデシコちゃんが加わって、ハテンコー学級はさらに賑やかになった。

 だが、思いの外「受験モード」にはならなかった。二学期は体育祭から始まる。何と言っても難航するのは長距離走の選手決めだった。

 男子はすぐに選手が決まった。ヤンチャが手を挙げたのだ。

 「だってよう、一番長く出られるんだぞ。100メートル走なんてすぐ終わるだろ?1500メートル走は10倍走れるからな」

 ヤンチャはどうも算数が苦手らしい。

 ところが、女子の方が決まらない。クラス1の運動神経の持ち主のオテンバも、

「いやよ。長距離走って走ってるときの顔、超ブサイクになるでしょ?そんな顔、みんなに見られながら走るなんて、マジでないから」

と言った調子。学級委員のシュウサイが司会をして「選手決め」をしていたのだけど、とにかく決まらない。

 ハテンコー先生と来たら、その様子をただ眺めているだけで、それも僕らを不安にさせた。

 「まあ、まだ時間がありますから。ゆっくり話し合いましょう」と告げるだけだった。

 二度目の学級会でも「長距離ランナー」は決まらなかった。それで女子だけで集まって決めようという話になって、全員が廊下に出ていったのだけど、こういうときの男子ってちょっと心細い。ハテンコー先生も廊下に出てしまった。

 「なあ、ヘイボン。どうなると思う?」

ヤンチャが尋ねてくる。彼も珍しく(困ったなぁ…)という顔をしている。

「俺さ、考えたんだけどよ。女子って1000メートルじゃん?だったら、最悪俺が走ろうかな…って思うんだよな」

うん、ヤンチャは優しいね、バカだけど…と言いそうになったけれど、彼は彼なりに考えた結果なのだろう。

「こればっかりは僕らには何ともできませんね」とシュウサイも話に入ってきた。

「まあ、でも、ハテンコー先生のことだから、何とかするんじゃないか?」

 ところが、先生は僕らの期待を裏切り、特に口を挟むことはしなかった。ただ、女子たちの戦々恐々としたやり取りを遠くで見守っていたらしい。

 「なんかさ、こういう時こそ、バシっと何か言ってくれるのが、私たちのハテンコー先生だと思うんだよね。黙って見てるだけで全然先生らしい仕事してないし。給料泥棒だよ、あの人」

そんなことを言いながら、オテンバもイライラを募らせているのがわかった。

 それで結局、じゃんけんで決めるのが平等じゃないか、という話になった。晩夏の空にぶ厚い雲がかかり、やがて大粒の雨が降り始め、校庭を叩く音が教室に響き渡った。

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あの頃はハテンコー先生がいた。 くればやし ひろあき @hiroakikurebayashi

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