第6話 夏休みの体験入学
結局、自分がどうしたいか。これが大事なのだと先生は言った。胸の奥から湧き出た思いがガソリンになって人は前に進む。感性はアクセルで、理性はハンドル。
情熱がなければ、前に進めないわけだ。
夏休みになって、僕らは学校とは別の時間の流れの中で生きるようになった。
高校の体験入学にも参加してみた。百聞は一見に如かずということか。行ってみると、学校によって特色があることがわかった。それだけではない。学校によって校内の雰囲気というか、空気感みたいなものも違うのだ。
第1希望の並野高校はなんとなく自分にはピンとこない学校だった。
あの日、ハテンコー先生は僕らにこう語った。
「お前たちの夢を笑う奴がきっといるだろう?100人いたら、100人が無理だと笑うかもしれない。それでもお前はお前のことを信じられるか?信じ抜けるか?「俺はやるんだ」と思えるかどうか。自分を信じられるかだよ」
ちょうど1学期も終わる頃、先生と母ちゃんと3人での進路面談があった。それで勇気をもって父ちゃんと母ちゃんに「医者になりたい」と告げた。ウチの親は賛成するでもなく反対するでもなくただ一言、「そうか…」と静かに答えるだけだった。
ちょうど私立の希望高校を見学したときのことだ。県下でも上位の学校で特別進学クラスと普通クラスのある学校だ。大学進学を考えるなら特別進学クラスがオススメとのことだった。
高校2年生だという案内係りの生徒に連れられて、学校の施設を見学しているときだった。見覚えのある顔に僕は思わず声をあげた。
「おい、シュウサイ!」
そう呼ぶと、彼は一瞬怪訝な顔を見せた後で、僕と目が合い驚きの表情を見せた。
「な、なんだ…ヘイボンくんか」
一通りの見学が終わり、僕はシュウサイと落ち合った。大きなグラウンドは一段下がったところにあってすり鉢状になっており、僕らはそこに腰掛けてグラウンドを見下ろした。部活動体験をしている中学生で賑わっていた。
「なあ、シュウサイ。お前のレベルなら希望高校はないだろ?」
「う…うん、まあ。そうなんだけどね…」
なんだか元気がない。何かあったのだろうか。
「あ…、あのさ。この学校を見に来たの、内緒にしてくれないかな」
「なんだよ、内緒って。そんな、秘密にするようなことでもないだろ?」
シュウサイは口を固く結んだまま、視線を足元に落とした。
「言わねえよ。優秀な奴には優秀な奴なりの悩みがあるんだろうな」
僕はぽつりとつぶやいた。
「僕は優秀なんかじゃないよ。努力して、努力して、努力して、それでやっと今こうしていられるんだ」
黙って彼の言葉に耳を傾けた。心なしか震えているように見える。
「親が望むレールの上をずっと歩いてきた。私立小学校の入試に失敗して、中学入試に失敗して、そのたびに母は泣いてた。じいちゃんとばあちゃんは、母を罵った。父ちゃんは助けなかった。俺、悔しくて…」
「そうか、そうなんだな」
「でも、なんかもう疲れちゃったんだ。ハテンコー先生の話を聞いて、僕は一体、なんのためにがんばってんだか、わからなくなったんだ」
「俺もだよ。あの人、不思議な先生だよな」
それっきり二人して黙り込んでしまった。グラウンドには歓声がこだましている。
「なんか、青春って感じだよな」
「ヘイボンくん、僕は希望高校を受けようと思うんだ」
唐突に言うので、僕はむせてしまった。
「いいのかよ?」
「僕は僕のやりたいように生きてみたい。親のご機嫌を伺いながら生きたくないんだ」
そう言って立ち上がるシュウサイの横顔はなんだか大人びて見えた。
夏休みが終われば、僕らは受験モードに突入する。半年もすれば、みんなとは別々の道を歩むことになる。
僕らは今、一人ひとりが自分の道を歩み始めようとしていた。
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