第一章

 夢や幻想に信憑性があるだろうか。俺は今、ありえないはずの光景を目の当たりにしている。死んだはずの人間が笑い、花舞う大地で踊っている。これはなんだ。自分は何を見ているんだ。

 しかしいつまでもそのままではなかった。眩い光に包まれ、視界は消し飛んでいく。

 ダメだ……待ってくれ。もう少しだけ、あと少しだけでも見させて━━


 ここは……どこだろうか。まぶたをゆっくり上げていくと、屋根が見える。民家のようだ。やや手狭だが。

 果たして俺は生きていた。どう考えてもあの時自分に魔力は残されていなかった。ならあの強風は誰かが起こしたものだ。そしておそらく、俺をここへ担ぎ込んだのもそいつだろう。礼の一言くらいは言わねば。

と、ベッドから起き上がろうとしたが、

「ヴッ……」

 傷か疲労か分からないがどちらにせよ深いらしい、全身に重い痛みが走った。

「あ、まだダメだよ起きちゃ」

 言い放った言葉の主がドアの陰から顔を出す。

「……女か」

 特段意味合いもなく言ってしまったが、相手にとっては癪に障ったようだ。

「なに、女じゃ不満? 男が良かった?」

「いや、特に意味はない……お前が助けてくれたのか」

 訊ねると、女はなおも不満げに言う。

「お前じゃなくて、ちゃんと名前あるから」

 名前を知らないから仕方がないだろう。

「私の名前、言ってなかったね。メリーフ。メリーフ・アンシークよ。呼ぶときはメリーでいいから。

で、助けたっちゃ助けたんだけど、私だけの力じゃないから」

「というと?」

「わしじゃよ」

 もう一人顔を覗かせた声の主は老齢のじいさんだった。

「あんたも助けてくれたのか…ありが━━なっ」

 じいさんが全身を見せるや驚いてしまった。明らかに、年に見合わない体格と筋肉。メリーが俺の体を運べたのかどうか疑問だったが、なるほど運んだのはじいさんのようだ。

「あんたとはなんじゃあんたとは、わしにだって名前くらいあるわい。

クラディウス・アンシーク……クラウスじゃ」

「クラウス、運んでくれたのはわかった、ありがとう。

強風を起こしたのもあんたか?」

 訊ねると、クラウスはかぶりを振った。

「いや、それは」

「私がやったの!」

 ずい、とメリーが顔を寄せてきた。……ちょっと近いな。

「魔法を勉強しててね。あれくらいならヨユーってものよ」

「まあ、そういうことじゃよ。メリーが風で魔物どもを追い払い、わしが運んだ。

してお前さんに聞きたいんじゃが…どうして、あんな場所で戦っておったのかね? あれほどまで追い詰められる前に退く判断くらい、出来たはずじゃが」

 ……話すべきだろうか。先ほど呪いじみた魔法をかけられたことを。これまで積み重ねてきたほとんどが目の前で消えてしまったことを。

「話したくないの?」

 伝えて損になることだろうか。逆に得になるだろうか。

 ……損にはならないはずだ。

「いや、話そう。俺は」

 そうして記憶の上ではほんのつい先ほど起こった出来事を、かいつまんで話した。


「ほほーん……」

「なるほどねー……」

「納得してないで、エレミスを見かけたとか、何か知ってたら教えてくれないか?」

 何かを探している場合、探す前にまず情報が必要不可欠となる。情報収集が第一だ。

 そう思って訊いてみたが。

「何か知ってるかって言われても……」

「何も知らんし見かけてもおらんのぉ……」

 空振りだったようだ。

「はぁ……そうか……やっぱり簡単には見つからないな」

 するとクラウスは決まりが悪そうに、

「役に立てんですまんな。代わりといっちゃなんじゃが、傷が満足に回復するまでこの村でゆっくりしていってくれ」

「えー! おじいちゃん、この人泊めるの!?

この…………あれ、名前聞いてないか」

 そうだ。人に名乗らせておいて、自分が名乗り忘れていた。

「エクトール・ドリアルだ。エクトとでも呼んでくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンパラレル 倉野 一 @tankgorilla

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ